第23話 黒い森のジロキチ
ジロキチが足を踏み入れた黒い森と呼ばれる大森林は、シャルの隠し砦を中心に半径約200kmもある。
この森は奥地になればなるほど緑が深くなる。植生は多様化し、様々な動植物が生息している。出現するモンスターや魔獣も、奥地の方が強くなる傾向にある。黒い森の中心地から出発するジロキチは、必然的に最初から強力な個体と闘わなねばならない。
しかし、いま悪戦苦闘している問題はモンスターではない。エラお手製の地図だ。
一目見た瞬間に「無い」と彼は思った。縮尺や等高線が書き込まれた精度の高い地図を期待していたわけではないが、正直に言うと、小学生が作った宝物の地図、と言われても信じるレベルの代物だ。
まずどちらが北か分からない。書かれている情報は3つだけ。
出発地の拠点。高い木。森の外にある城か街
これだけである。
脳裏にちらつく遭難という文字。
(落ち着けジロキチ。焦れば焦るほど、状況は悪くなる。平常心を持つんだ。闇雲に歩いてはダメだ。確実に遭難する。)
地図に書かれている情報通り高い木を目指すしかない。鬱蒼とした森の中は、巨木の枝振りが視界を遮る。樹上に出るしかない。
ジロキチは一際大きな木を見つけポンポンと登っていく。
修行の成果なのか、魔力に適応したおかげなのか、判断しかねるが筋力・持久力・瞬発力の向上は、目を見張るものがある。自分の事ながら、うすうす人間辞めつつあるのでは?と密かに感じていた。
(仕事を辞め人間を辞めて、一体俺はどこにいくのだろうか?)
久しぶりに1人になったせいで、思考が内向きになってしまう。良くない傾向だ。
軽く流す感じで、約100mを10秒で“登る”。短距離走の日本記録並みの速さだ。しかも平行ではなく垂直に駆け上がって。時速に換算するなら時速36キロになる。全力で登れば5秒切るだろう。
(うーん人外だ。この力が学生の頃にあればなぁ。)
頂上付近まで来ると、視界が一気に開けた。見渡す限り木しかない。まるで緑の海だ。
その海の中からポツンと一本の木がそびえ立つ。見つけた。デカイ木だ。推定でも700~800メートル以上ある。確実にスカイツリーより高い。あの場所まで、どのぐらいの距離があるか目算してみるが、巨大過ぎて距離感が狂ってしまう。
たが、これで向かうべき方角を掴んだ。あとは向かうだけだ。
*
いまジロキチはフラフラ歩きながらあの木にむかっている。
体調や疲労しているからではない。初めて目にする異世界の自然を観察したいからだ。木々を伝って進む事も考えたが、特別急ぐような旅でもない。ゆっくり味わうつもりだ。
巨大な柱廊を思わせる木々。
色とりどりに咲き誇る花。
遠くで聞こえる鳥の声。
人間の手が入っていない森は、雄大で荒々しくありながら、繊細で、かつ美しい。太古から続く自然本来のありのままの姿だ。色彩、音、光その全てが渾然一体となってジロキチに迫ってくる。
(素晴らしいとしか言えねぇ。)
巨大な木々の間にぽっかりと開けた広場を目にすると、名前も知らないタンポポに似た一輪の花が咲いていた。この広場は大きさな木々がカーテンの様に光を遮った結果だろう。地面にまで光が届かず、他の花は生育出来なかった。そんな厳しい環境でも、あの一輪のタンポポは咲いている。
それがジロキチの心に訴えるのだ。
(よし、記念に俳句でも詠うか!)
ジロキチのテンションはおかしな方向に進んでいた。しかし、彼は1人、ここに目撃者は存在しない。ならば歌わねばなるまい日本男子として。
ジロキチは赤面しながら、指折り字数を数えていた時、ドシンドシン地響きをたて、風情をぶち壊しながらソレは現れた。
誤字・脱字・ご感想お待ちしています




