第1話 運送業も大変だ
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ピンポンと来客を告げるベル音が鳴り、安アパートの二階で眠っていた彼は気だるそうに起き上がった。
彼の名は銭形 次郎吉。
都内に本社を置く自動車関連の部品メーカーに勤める営業マンだ。
勤務評定は並、遅刻や無断欠勤はしないが、業績はいつもギリギリである。
「休日ぐらいはゆっくり寝かせてくれよ……………。」
取引先との接待が深夜にまで及び、飲めない酒を無理やり飲み、ヨイショと売り込みをしていた。
ヘロヘロで帰宅した後、風呂にも入らずベッドへ直行し爆睡していたところだ。
正直、うんざりもするだろう。
「また勧誘かよ……………。」
上京してはや10年、通勤ラッシュは我慢出来ても、嫌がらせの様な勧誘だけは未だ許せない。
イラつく気持ちを押さえドアスコープから覗き込むと、配達屋の制服を着た青年が大きな荷物を抱え立っていた。
「銭形さーん、お届けものです!」
珍しいこともあるものだ。
ジロキチは通販を滅多に利用しない。荷物を送ってくるのは実家ぐらいだ。
それ以外に思い当たるフシも無く、実家なら前もって連絡があるはず。
しかし、そんな話を聞いた覚えはなかった。
疑問に思いながらも、荷物を受け取るために玄関へ向かう。
「ゼニガタ ジロキチ様ですね?」
届け先を確認する為だろうか、丁寧に名前を読み上げる配達員は、続けて品名を読み上げ始めた。
「お届けものですが、品名は…………。はっ?、し、しょ、初心者用の冒険者セットですね……………。」
何度も伝票に目をやり間違いないのを確認しても、不審げに品名を読み上げた配達員。
彼の気持ちも解る。
そんな中2溢れる商品がなぜ自分の手元に届く?
ジロキチ自身、何かの間違いではないのか?と、訝しげだった。
「はっ?初心者用の冒険者セット…………?」
寝起きだったこともあり困惑気味に聞き返してみるも、やはり間違いないと何度も念を押してくる。
伝票を確認するが品名には確かにそう書かれていた。
それでは同姓同名の別人名義だろうと思い、届け先を確認するが住所は自宅で間違いない。
(むぅ、俺名義でウチの住所、間違いねぇな。配達屋のミスって線もねぇか…………。)
送り主に目を通すと〈株式会社NRO〉と書かれていた。
まごうことなきジロキチの勤務先だ。
(何だウチの会社かよ……………。)
送られた目的は不明だが、これは自分宛で間違い無い。
しかし、わざわざ配達しなくても会社で渡せばいいだろう、と首をかしげた。
だが、なぜ初心者用冒険者セットなのだろうか?
ジロキチの会社は自動車関連の中小部品メーカーである。
当たり前だが、こんな謎の商品を取り扱う筈が無い。
新商品の可能性もあるが、営業部の一社員の自宅に郵送する理由が無い。
全く意味が分からない。
とはいえ、会社から送られてきたものを受け取らない訳にもいかない。
(正直、分からんが、拒否するのも怖い。休み明けから、上司の小言で始まる一週間なんて考えたくもねぇ。)
それに玄関前で冒険者セットなどと大声で連呼されると、確実にご近所の評判は下がるだろう。
ここは素早く引き取るしかないと考え、荷物を受け取る決断を下す。
だが、彼はこの決断を一生後悔する。
後悔先に立たず。仕方のない事であった。
「頼んだ覚えないですけど、僕宛で間違いないです」
「それではハンコをお願いします。」
配達員は事務的な笑みを浮かべ受領印のハンコを催促する。
彼の気持ちも解る。まだ午前中だ。
こんな所で押し問答するヒマが有るなら、一刻も早く配送に戻りたいのだろう。
昨今の運送業界は人が集まらず、かなり大変だと耳にする。
この無駄な時間で彼を拘束するのも何だが申し訳ない。
ジロキチは急いで部屋に戻り印鑑を持って玄関に向かった。
手早く押印して大きな荷物を受け取るが、思いの外、荷物が重い。
ズシリとくる重量に落としてしまいそうになる。
(かなり重てぇぞ、一体何が入ってんだ?)
「重いですから気を付けてお持ちください。それでは失礼します」
こちらを気遣う発言をしながら、丁寧にドアを閉め若い配達員は立ち去った。
(若いのに礼儀正しくて、今時珍しい好青年だ。)
ジロキチも若いころはあんな感じで、客先で挨拶していたのだ。ビクビクしながら先輩に促されて。
緊張で声がうわずりお客さんと先輩に笑われた。
勢いだけは誰よりもあった。
しかし、噛み合っていなかった。それも良い思い出だ。
空回りしていた自分が懐かしくもあり恥ずかしくもあった。
(昔を振り返るのは年取った証拠かな)
そんな思いでしみじみしていると、バァンと乱暴にドアが開かれ、慌てた様子で配達員が言った。
「申し訳ありません。着払いでした。」
最初は展開遅めです。