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二本目:部長とクールとぬりかべと、あと全裸

いやはや、これに手を付けたのはいつぶりだろうか、ちょっと書いちゃあ辞めて書いちゃあ辞めてを繰り返してここまで来ました。それなりに頑張ったつもりですがこの完成度の低さ!びびるわ…マジで


 ポカポカと暖かい麗らかなる春の陽気の下、少年善光はだだっ広い屋上の真ん中で丸まっていた。



 前回、担任教師とクラスメイト全員にハブにされた…というか逃げられた善光は悲しさのあまり、机の下に引きこもってしまった。


 そこをたまたま通りかかった別の教師に保護されるも、事情を聞かれたく無かった善光は礼もそこそこに、逃げ出し屋上にやって来た。


「あ〜あ、何がいけなかったのかなぁ…最初はみんな仲良くしてくれそうだったのに…」


 転校生にとって、転校初日とはこれからの学校生活を左右する程の大一番である。


 そこでうまくやれば最低でも普通の生活は約束される。その人が持つポテンシャルにもよるが、あわよくば大人気者に…などということもある。


 しかし、もし失敗した場合、待ち受けているのはダークサイド…明るい話など望むべくもない!


「…これからの僕の学校生活は全部ダークサイド。僕の場合は…みんな逃げていったから、番長?そうか僕は番長になるのか、フフフ…さよなら僕のライトサイド。こんにちは僕のダークサイド……」


 早くも善光のライトサイド精神がダークサイドに侵食され始めた。


「……ぉぉ」


「…ん?今何か」


 着々とダークサイドに沈み込んでいた善光は、彼の心とは裏腹に暖かく解放的な屋上で微かに届く声を聞いた。


「……ぉぉぉ」


「…やっぱり何か聞こえる」


 間違い無く聞こえる声、丸まっていた善光も何事かと立ち上がった。


「…ぉぉぉお」


「……?」


「…ぉぉおお」


「近づいて来てる」


 その声は、確実に屋上に向かってきている。善光は屋上の隅に設置された貯水タンクの陰に隠れた。


 理由はどうあれ今の善光はサボリの身、基本的に善光はお利口さんなので、出来るだけバレたくないのだ!


「…おおおおおお!!」


 今や声の主はすぐ近くまで迫っている。声が近づく事に善光の緊張も高ぶる。


(どうしよう…バレたら凄く怒られるかも)


 心配の仕方が子供だ。


「おおおおおおあぁぁぁ!!」


 そして、遂に屋上のドアは開け放たれ声の主が現れた。


「ハレルヤァァァ!!!」


 剣道の面かぶり、パンツ一丁で現れたその男はそう叫び一人ガッツポーズをした。


(…!?黒地にピンクのネズミのトランクスに黒の靴下!その格好に有り得ない面と小手、間違いない!)


「ジョニーウォーカーだぁぁ!」


 現れたのは先刻、突如現れ大暴れしていった謎のマスクマン、ジョニーウォーカー木一郎政宗(仮)だった。


 まさかの人物の登場に隠れていた善光は思わず叫んだ。


「俺はジョニーウォーカーじゃねえ!!」


「ええ!?」


「そこか!!」


(っ!?やばっ…)


 声はすれども姿は見えず、不審に思ったジョニーウォーカー木一郎政宗(仮)は声を頼りに持っていた竹刀を投げ槍のように投げた。……善光がいる貯水タンクとは逆方向のフェンスに。


(……えー!!)


 唸るようにして飛んで行った竹刀はガシャンと音を立ててフェンスにぶつかり、地面に転がった。


「…逃げられたか」


 ジョニーウォーカー(省略)は竹刀を拾い上げシヴイ声でそう言った。


(…いやいやいや、僕逃げてないよ!?現在進行形で隠れてるよ!?)


「何を騒いでいる?」


 善光が声を押し殺して、大騒ぎしているとジョニーウォーカーとはまた別の男が屋上に現れた。


「やっと来たか、残念だったな治部(じぶ)俺様が一番乗りだ!」


「フッ…残念なものか、俺はあえて二位なのだ。一位など貴様のような馬鹿にくれてやる、俺ほどの人間ならば余力を残して二位に甘んじるものだ」


 ジョニーウォーカーの後に続いて現れた、治部と呼ばれた男もまた、パンツ一丁に面と籠手のおかしな格好をしていた。


 しかしこの治部という男からは何故か、子供とは違う一皮も二皮も剥けた落ち着いた大人の余裕が感じられた。しかし靴下と黒のボクサーパンツ意外には服と言える物は何も着ていない。間違い無く変態だ。


(またパンツ一丁!?何なんだこの人達、何で服着ないんだ?)


 予想だにしないもう一人のパンツマン(!?)に善光は混乱するばかりである


「後の2人はどうした?」


「知らん」


 ジョニーウォーカーが訪ねると治部がすぐに返事をした。


(どうしよう、逃げるタイミングを完全に失った!)


「ところで、お前は何をしていた?なにやら暴れていたようだが…」


「あー!そうだよ!何だか知らんが俺より先にここに来てた奴がいてな」


 善光は、何とかこの場をやり過ごそうと只でさえ小さい身を縮めていた。


(妙な事に巻き込まれるのはもう御免だ。どうか何事も無く終わりますように)


 が、残念ながらそんな善光のささやかな願いは届かなかった。


「まぁこの俺様が見事退治…」


「ほぅ、アレだな?」


 治部は、そう言って貯水タンクの方を指した。


「そこで俺は敵の攻撃を避けるとともに懐に入り込み、この剣に宿した気を放ったわけだ。これには敵も怯み…」


 ジョニーウォーカーは一人で妄想の中へ旅立った。


 善光は上手く隠れているつもりだった。いや、実際体は綺麗に隠れている…が、問題は善光が担いでいた竹刀袋だった。


「頭隠して尻隠さずとはこの事だな」


 タンクの横から竹刀袋だけが、顔を出していた。コレでは隠れているのがバレバレである。


「バカヤロウ、ちゃんとパンツ穿いてるだろうが!それとも何か?俺のパンツじゃ尻も隠せねえってか?」


「そうだな、お前は馬鹿だな」


 何を勘違いしたのか自分の事を言われていると思い猛抗議するジョニーウォーカーに対して、治部の方は冷静なものである。


「ちょっ、よせやい」


 このジョニーウォーカーという男も大した馬鹿である。


「……何してる?」


 二人がそうして話しているうちに、また一人この屋上に現れたようだ。


「ん?」


 二人が声をかけられ振り返ると、そこには壁があった。


 ドアを完全に塞いでしまったその壁は肌色をしていて、若干暖かく、柔らかかった。


「むぅ…このモチモチ感…ダイゴか!」


「…ん」


 ジョニーウォーカー(仮)がそのモチモチの壁に手を当てそう言い放つと、三人目の剣道部員がその姿を現した。


(あぁ…また増えたのか、こう連続で変態が出るともはや驚かないや。どれどれ今度のはどんな……っっ!!)


 なんかもう色々と投げはじめていた善光は、少々呆れ気味にダイゴと呼ばれた三人目の剣道部員の姿を確認し、もう今日だけで何回目かもわからない驚愕を体験した。


(…でっか!!!)



 ダイゴと呼ばれた三人目の剣道部員はとにかく大きかった。


 善光も通って来た屋上の入り口、おそらくどこの屋上も同じ造りであろうその入り口の天井部分よりもダイゴの頭の位置の方が若干高いのだ、少なくとも二メートルはあるだろう。


 そして、2人の人間が肩を並べて通れる入り口を一人で塞いでしまうほどの横幅。まるでぬりかべだ。


 そして彼もまたパンツに面と籠手の変態スタイルだ。が、彼のはいているパンツに問題がある。


 「これでいいのだ」のフレーズでお馴染みのあの漫画、アレに登場する黒くてにょろにょろっとした何やら憎めないあのキャラクターうなぎ〇ぬ、ご存知の方も多いはずだ。


 ダイゴのはいているドデカいトランクスにあのキャラクターが…いやあのキャラクターに酷似した生物がプリントされていた。


 にょろにょろっとした黒い体に、何一つ加工の施されていない実写の黒猫の顔。あのにょろっと長い体に、そこら辺をうろついている黒猫の顔が……さしずめ、ウナギネコ、とでも呼べばいいのだろうか……うわっきもちわるっ!!!お世辞にも良い趣味とは言えないパンツである。



「あと一人か…まだしばらく待つ事になりそうだな」


 治部はそう言うと垂についているゼッケンの中から文庫本を取り出し読み始めた。


 [垂の正面の部分についているゼッケンは実は袋状になっていて取り外しが可能なので、ポケットの代わりになって大変便利なのだ!但し、あんまり重い物をいれると動いているうちに落ちてきて悲しいので、ピンなどで止めねばならないのだ]


「あー、なんかおなかへってきたなぁ…なんかあったかな」


 ジョニーウォーカーはそう言うと治部にならい、ゼッケンの中をゴソゴソと(あさ)った。


「…ない!なーんもない!食べかけの蒸しパンしかない!石のようにかたい蒸しパンしかない!」


 通常なら机の隅っこから発掘されるはずの物が出てくるあたり、この男の背景が伺い知れるような気がする。


 ジョニーウォーカーはしばらくゼッケンの中を漁った後、ダイゴと治部の方を見つめたまま動きを止めた。


「おなかへったなー!」


「ごめん…何も無い」


 ダイゴが何も持って無いと分かると今度はターゲットを治部に絞った。


「おなかへったなー!」


「……」


 治部はそんなジョニーウォーカーを無視し、ひたすら手にした文庫本を読みふける。


「おなかへったなー!」


「……」


「治部!おなかへったなー!」


「……」


 執拗なアピールをものともせず、ひたすら無視を決め込む治部、クールだ。


「……っ!」


 ようやく諦めたかと思われたその時、ジョニーウォーカーは治部の両肩をガッシとつかみガクガク揺すった。


「おーなーかーへったなーー!」


 今時小学生でもこんな駄々のこねかたはしないだろう、がこれは見た目のしょぼさのわりに攻撃力が高い。


「…っええい鬱陶(うっとう)しい! 「武士は喰わねど高楊枝」 を知らんのか!」


「そんなものは知らん!!」


 治部が腕を振り払って一喝するも、負けじと謎の気迫で切り返す。


「まったく貴様という奴は…少しそこで待っていろ!」


 少々怒り気味にそう言うと治部は読んでいた本を閉じ、スタスタと歩き出した。




 そのとき善光は、持って来ていた 「名古屋銘菓なごやん」 をおやつとして食べていた。


(はぁ…おいし)


「おいお前何か喰うものを持っていないか?」


「え!?あ、なごやんならあと一つだけ」


 突如、声をかけられた善光は多少驚きながらも普通に対応した。


「そいつをよこせ」


「あ、はい」


 治部は善光の手からなごやんを奪うように取り、ジョニーウォーカー達の方へ戻って行った。


(なんて態度の悪い人だ!お礼も言わないなんて、こんなならあげなきゃよかった!)


 善光は不満げに治部を見送った後、自分の食べかけのなごやんを口にヒョイと放り込みしばらく噛んだあと、盛大に噴き出した。




「おい!なごやんを手に入れてきてやったぞ!そいつを喰って大人しくしていろ!いいな!」


 何事も無かったかのように戻って来た治部は、善光から奪い取ったなごやんをジョニーウォーカーに投げて渡した。


「え〜なごやんかよ、俺あんま好きくねーんだよなコレ」


 ジョニーウォーカーは籠手を外しブツクサ言いながら、ペリペリと包装をはがした。


「貴様…もういい!そいつを返せ!俺が喰う!」


 治部は怒りを露わにしなごやんを奪い取ろうと手を伸ばすも、すんでのところでかわされた。


 ジョニーウォーカーはその隙に一瞬面を外すとなごやんを口に放り込みまたすぐに面を装備し、何も持っていません!とばかりに両手をパーにして突き出し治部の方へ向き直った。


「ざんえんえひはー!ほうはべひゃいはひはー!(残念でしたー!もう食べちゃいましたー!)」


「おのれぇぇ!!」


 子供の喧嘩か。


「…治部、治部」


「なんだ!?」


 その光景をぼんやりと眺めていたダイゴが低く野太い声で小さく声をかけた。


「…アレ、どこから持ってきた?」


 ダイゴの言う 「アレ」 というのは、善光から奪い取ったなごやんの事である。


「アレ!?…ああ、アレか、むこうの貯水タンクの裏に隠れているつもりの奴が持っていた」


 そう言って治部が指差した先では、黒い皮の竹刀袋がひょっこりと頭を出して、ゆらゆらと左右に揺れていた。


「……誰?」


「知らん」


「…知らない人から、貰ったの?」


 タンクの方を見ていたダイゴは、そう言って今度は、口の中でなごやんをモゴモゴやっているジョニーウォーカーの方を見た。


「……そんな物、食べて大丈夫かな」


 心配するダイゴをよそに当人はモゴモゴやっていたなごやんをゴクリと飲み込んだ。


「案ずるなダイゴ、通常の毒物を致死量盛った所で奴は死なん。既に実証済みだ」


「…え」




 その頃善光は選択を迫られていた。


(ど、どどどどうしよう!!僕がいることが完全にバレてる!!!なんで!?どうして!?)


 治部がなごやんを奪いに来た時は突然の事で気がつかなかったが、彼が去った後に善光はようやく気付いた。自分がいかに危うい状況に置かれているのかを。


 …実際そんな対した問題では無いように思うが、善光には死活問題らしい。


(い、いい今はパニックになってる場合じゃない!き、決めなきゃ!)


 善光は善光なりに活路を見いだそうと必死だった。


(ここで捕まるのをジッと待っているか、一人残らず……やっつけるか!)


 他にも方法はあるはずだ!!


(ど、どうする?どうしよう!や、やっぱり暴力でどうにかしようってのは良くないし…)


 やはり善光は基本的に良い子なのだ。


(第一、顔を見られたらなんにもならな…い…)


 …良い子のはずだ。


(…そうか、顔を見られなければ…)


 !?


(相手は三人、最速最短で急所を狙っていけば何とかならない訳じゃない!)


 …非常に残念だ。


 善光は背負っていた竹刀袋から一本の竹刀を取り出し、軽く振ると…静かに飛び出した。




 善光が結論に達し、タンクの裏から飛び出す少し前、三人の剣道部員は相談をしていた。


「さて、あそこの貯水タンクの裏に隠れてる奴の事だが…どうする?」


「……隠れてるならそっとしておいてあげればいい」


「なんだ?だれが隠れてるって?」


 ジョニーウォーカーを除いて、善光の存在に気付いていた二人が善光をどうすべきかについてだ。


「しかし、奴が何者なのかがハッキリしないのが問題だ。果たして放っておいて大丈夫なのか、大体初めて見る顔だったが…」


「でも…せっかく隠れてるのを捕まるのはちょっと可哀想な気がする」


「なー!だれが隠れてんのー!?おしえろよー!どこだよー!なー!」


 真剣に相談する二人、その横で地団太を踏むジョニーウォーカー、そして全員パンツに面スタイル、なんだこの画。


「もーいい!どーせ隠れれる場所なんて少ししかねーんだ!俺が見つけてやる!!」


 そう言ってジョニーウォーカーは屋上の出入り口の上にあがる為の梯子に手をかけた。いきなり見当違いだ。


「ここか!?」


「…馬鹿は放っておけばいい。それで、やはり俺は捕獲が得策かと思うのだが…」


「…治部、あれ」


 ダイゴが指差した先では、ずっと見えていた竹刀袋とそこから出て来たであろう竹刀がゆらゆら揺れていた。


「まさか…来るつもりか?」


「……多分」


 二人は悟った。しまっていたはずの武器を取り出したということは、こちらを敵と認識したのだと。そして恐らくは、相手から仕掛けてくるだろうと。


「むっ!何やら邪悪なフォースを感じる!!」


 ジョニーウォーカーは何か別の物を悟ったらしい。


「ダイゴ、貴様は入り口を固めておけ、この俺に向かってくるというのならば逃がしはせん」


「…ん」



 ここで彼らの位置関係を説明しておこう


 およそ20メートル四方の正方形からなる図を上空から見た画を想像して欲しい、ちなみに上を北とする。


 20メートル四方にフェンスで区切られた屋上のちょうど、ド真ん中にジョニーウォーカー、ダイゴ、治部の三人がいる出入り口がある。


 北に向かって開いた出入り口にダイゴ、そこから正面1メートル先に治部、出入り口の屋根にジョニーウォーカーがいる。


 ダイゴのいる出入り口から北東の位置の貯水タンクに善光、そして出入り口の屋根にジョニーウォーカー。


 わかりにくい説明だが、わかってもらわないと困る。これが限界だから。




 出入り口から善光がいる貯水タンクまでは7〜8メートルほどの距離がある。善光の奇襲に気付いていなければちょっと危ういかもしれない。


…だが彼らは気付いている。


 ダイゴは治部の指示通り改めて出入り口に向かい、そこに仁王立ちし完全に逃げ道を封鎖した。


 治部は相手…善光の出方を伺うため、 少しダイゴから離れた。


 ジョニーウォーカーはフォースを感じた。


そして、善光が動いた。


「ーッ」


 貯水タンクから飛び出した善光は、まず一番近くにいたボクサーパンツの男…治部に狙いを絞り、向かっていった。


「えっ!?」


 しかしすぐに異変に気付いた。奇襲をかけた筈なのに、ボクサーパンツの男が待ち受けていたかのように真っ直ぐにこちらを見ていたからだ。


「コソコソと隠れていれば見逃してやったものを、俺に牙をむいた事を後悔するが良い!!」


 治部は左上から右下に切り払うようにして竹刀を振り下ろし、スッーと構えた。


「ごめんなさい!!」


 そんな治部に構うことなく全力で真っ直ぐ向かっていき何故か謝罪の言葉を叫ぶ善光。


 善光は、竹刀の柄から静かに右手を離すと大きく踏み込み、竹刀を押し出すようにして左手を伸ばした。


「がはっ!?」


 治部はなにやら突然強烈な衝撃を受けた。


 衝撃を受けた箇所を目で確認すると、善光の竹刀の先(剣先)が自分の喉に当たっていた。


 善光は突きを放ったのだ。


 治部は思った。


「何事だ?」 と。


 ただただ真っ直ぐ向かって来ていただけの、小柄な奴が竹刀から右手を離したかと思えば突然、喉に強烈な衝撃を感じ両足の踏ん張りが効かなくなった。


 突きを受け、そのまま後ろへ倒れて行くなかで、もう自分には目もくれず次の標的に向かって行く善光を見た。


「ま、ま…て…!」


 何とか捕まえようと手を伸ばすも、一歩届かず手は空を切り、彼は背中から地面に倒れ込んだ。


(油断していたとはいえ、この俺がたった一撃の突きで倒れるだと!?)


 大した怪我は無いものの、直ぐに立ち上がり追いかける事は出来そうにない。今自分に出来る事は何も無く、ただ無様に寝ていることしかできない。


 治部は今まで生きてきて、これほど惨めな思いをしたのは生まれて初めてだった。



「治部!!」


 出入り口を固めていたダイゴはゆっくりと倒れて行く治部の姿を見て叫んだ。が、彼がその場から動く事は許されなかった。


 治部を一突きで沈めた相手はもう向かって来ている。なんとしてもここで止めなくてはならない。


「通してください!!」


「ここは…通さない!!」


 ダイゴが構え、善光の突きが射程圏内に入った時、あの男が動いた!!


「今こそ俺の技の魅せどころぉぉっ!!」


 突如、上から降るようにして聞こえた声に善光は一抹の不安を感じ思わず足を止めた。


 善光はこの男の声を聞くと不安にならずにはいられないのだ。


「なん…うわぁっ!?」


 声のするほうを見上げると、あの男…ジョニーウォーカーが飛んでいた。


「36の部長技!!その1ぃ!」


 ジョニーウォーカーは今や屋根から、善光目掛け飛び立っていた。


「うわわわわっ!」


 善光はどうしたらいいのかわからずただ狼狽した。


「空中殺法!!落下することにより生まれる力を利用し、さらに手にスナップを利かせることで、なんていうかこう…すごいことぐばはぁぁっ!」


 ジョニーウォーカーは何やら叫びながら地面に打ちつけられた。


「え!?」


「…え」


「馬鹿が…」


 その場にいた全員が、地べたに転がるジョニーウォーカーを見た。


「ま、まだ…必殺技の…名前の…途中だったのに…卑怯だ…ぞ…」


「ええ!?あれ必殺技の名前!?」


 善光は何もしていない、何かをする暇すら与えられ無かった。


 ジョニーウォーカーは何もしないうちからただ単に落ちたのだ。


りんごが木から落ちるように、彼もまた落ちた。りんごと違うのはなんか叫んでた事くらいだ。


「えぇ?何これ?どうしたらいいの?」


 目の前でゴミのように転がるジョニーウォーカーを見て、善光の緊張の糸は切れてどっかに行ってしまった。


「今だダイゴォ!!捕獲だぁぁ!!」


「ん!」


 善光がポカーンと見つめているとジョニーウォーカーは突然起き上がり叫んだ。


「え?あ!!わぁ!?」


 ダイゴよりもワンテンポ遅くジョニーウォーカーの声に反応した善光はすぐに状況を理解したが、時既に遅し…ダイゴは善光の両脇に手を滑り込ませ、小さな子供にたかいたかいをする形で持ち上げた。


「つかまえた」


「はっはー!!油断したな!さっきのアクシデントは実はお前を欺くための…え〜と…あの…なんてったっけ…かも…かも…鴨?」


「…カモフラージュ」


「そう!それだ!!お前を欺くためのーーそれだったのだ!!!」


「もう忘れた!?」


 ダイゴに持ち上げられたままでも善光の突っ込みが冴える。将来有望である。


「い、いいぞ、ダイゴ、そのまま、そ、そいつを、持ち上げていろ」


 そんなやりとりをしていると、善光に倒された治部が起き上がり、途切れ途切れにそう言いながら重い足取りでダイゴ達いる屋上出入り口に向かった。が、格好のせいでなんか雰囲気が台無しだ。


「ウハハハハハハ!偉そうな事言っといて真っ先にやられてやんの!!しかも一人だけ!だせえなぁ治部!」


「…ぶふっ」


 そんな治部をみて腹を抱えて笑いだすジョニーウォーカー、それにつられてダイゴも少し吹き出した。


「くっ…おのれ、この俺がここまで馬鹿にされるとは!この憤りをどのようにぶつけてやろうか…おいお前!!」


 治部は怒りを露わにして、竹刀を善光の顔に突きつけた。


「どんな理由があろうが、この俺にこれほどの恥をかかせたのだ…タダで済むと思うなよ?」


「よっ!でました名ゼリフ! 「タダで済むと思うなよ」 だいたい大した事になんねんだよな」


「黙れ!」


 治部が喋っているところにジョニーウォーカーが茶々を入れる。だが確かにあの台詞を吐く奴は大体ショボい。


「いいか?この先何があっても俺は必ず貴様に復讐する。死にたくなる様な目に遭わせてやる、今から覚悟しておけ」


「……」


 静かに、それでいて心臓を抉るような口調で脅す治部に対して、善光は何も言わなかった。


(ひょーーーーーー!!!!)


 前言撤回、ビビって何も言えなかったのだ。


「言うべき事は言った。俺は少し休憩するとしよう」


「何言ってんだお前。素直に 「喉が痛くて辛いんですぅ」て言えよ」


 その場にドカッと座り込む治部の横で、ジョニーウォーカーがカラカラと笑いながら嘲笑する。


「黙れ、それよりも今はそれをどうするかじゃないのか?」


「あ?ああーそうかそうか、そういやなんか捕まえたな」


 2人はまるでバッタかなんかを捕まえたかのような口振りでダイゴに持ち上げられたままの善光を見た。

 善光は借りてきた猫のように大人しくしていた。


「あばばばばばばばばばばばば…」


 顔面蒼白とはよく言ったもので、善光の顔からは血の気が引き、まさに青白く。口の端っこから恐怖と不安に支配された声が漏れ出していた。


「……なーんかお前、見たことあんだよなぁ」


「あば?」


 この世の終わりのような顔をしている善光の顔を眺めていたジョニーウォーカーが腕組みをしながら、恐らくは過去に見覚えのあるであろう少年の顔を探し自らの頭の中の記憶の海に潜っていく。


「………」


 記憶の海の中で次々に浮かんでくる記憶を掻き分けアレでもないコレでもないと、深く深く潜っていく。

 それを固唾を飲んで見守るダイゴ、善光、治部の三人。


「………はあぁっ!!」


 記憶の海の奥深くに潜り込んでいたジョニーウォーカーが目当ての物を見つけたのか、ようやく浮上してきた。


「俺…今日、食パンにマーガリン塗ってねえ」


「…え?」


「…あ?」


「…はぁ?」


 なにやら神妙にそう言ったジョニーウォーカーに遅れて、三人が思い思いに言葉を発した。

 それぞれ発した言葉は違えども意味合いは同じである、つまりは。


(((意味が分からない)))


 という事である。


「朝飯の食パンにマーガリン塗らずに喰っちまってた!!」


 信じられない!と言わんばかりに、大袈裟とも思える身振りで自分の身に起きた悲劇を語るジョニーウォーカー。


「「「…はあ」」」


 三人揃って同じ反応である。というよりも突然そんなこと言われたら、多分誰だってこのような反応しか出来ないだろう。


「はぁーあ、やりきれんわー、ありえんわー、侘びしいわー、ミロ飲みてー」


 ドッ、と壁にもたれかかりそのままズルズルと力無く倒れていくジョニーウォーカーは今やぬいぐるみのように脱力しきっている。


「おい、貴様が食パンにマーガリンをつけたかどうかなどどうでもいい。今はこいつをどうするかだろうが、大体貴様はこいつに見覚えがあるんじゃないのか?」


「はぁー?そいつが誰とかもうどうでもいいっての、多分あれだ…なんか…その辺の草とかと見間違えたんじゃね?」


 マーガリンを塗らずに食パンを食べた事がよほどショックだったのか、ジョニーウォーカーは恐ろしく適当になっていた。


「いやいやいや、その辺の草は言い過ぎでしょう。正直認めたくは無いですが、今日僕はあなたと会ってますよ」


 じっとダイゴの手の中で状況を見守っていた善光だったが、ついに我慢しきれずに口を開いた。そりゃその辺の草は言い過ぎだ。


「あー?そうだっけか?まぁーとりあえずミロかってきてくれよ」


「今はミロ関係無いでしょう!」


「じゃあアンバサでもいいや」


「アンバサ!!」


 ちっとも話が進まないまま、善光が持ち上げられてから10分程経過した。


「はぁーあ、んで?なんのはなしだっけ?ミロを飲むタイミングのはなしだっけか?そりゃーサッカー終わったあとだろ」


「違いますよ!僕とあなたが会ったか会ってないかでしょ!ミロとか別に好きな時に飲んだら良いじゃないですか!!」


「バッカお前、ミロは運動のあと以外で飲むと右ひじが破裂すんだぞ」


「そんなバカな!!」


 もちろんそんな物は迷信ですらない(と思う)ので皆は好きなタイミングで飲んでくれてかまわない。


「……あ、思い出した。お前今日なんか廊下のへんチョロついてた小学生だろ」


 ダラリと体を横にしながら、ようやく善光の記憶を引っ張り出して来た。間違った形ではあるが。


「ほう…貴様小学生か、言われてみれば随分と小柄だな」


「…小学生が、こんな所に来ちゃ駄目だ」


 大変な誤解なのだが、ボクサーパンツとウナギネコ(きもちわるっ!)のトランクスの2人はそれぞれ納得した。


「ぼ、僕は小学生じゃ無いです!!」


「馬鹿な、中学生か?」


「…中学生がこんな所に来ちゃ駄目だ」


 まだ真実は遠い。


「僕はれっきとした剣ヶ崎高校の一年生です!!」


「ば、馬鹿な!貴様が高校生だと!?」


「…高校生がこんな所に来ちゃ…あれ?」


 まさかの事実に辺りはシン…と静まった。


「本当にこのような者が高校生なのか?いや、しかしスパイの可能性も…」


 治部はありもしない善光の 「裏」 を探りはじめた。


「……いい」


 ダイゴはときめいた。


「確か名前はーーあ、確かジョニーウォーカー喜一郎正宗とか言ったっけか」


 そんな各々の空気をぶち壊すようにして、黒いトランクスのジョニーウォーカーがそう言うと。


「ほう…随分と奇特な名前だな、ハーフ…いやクオーターか?」


「…格好良い」


 善光以外の二人はそれに違和感を感じる事無く反応した。


 そして、善光は今おきた不可解な出来事に心底戸惑っていた。


「いや、いやいやいや、ジョニーウォーカー喜一郎正宗はあなたの名前でしょう?」


 だらしなく寝転がった黒いトランクスの男を指差して善光は言った。


「あ?いやいや、俺はそんな名前と違いますけど?」


「……?」


 善光の表情が凍りつく。


「よく考えろよお前、そんな名前の奴いるわけねぇだろー?


「…えぇぇぇぇぇぇ!?」


 今やダイゴに抱え上げられていることも忘れ、善光は目の前でだるそうに寝転がる黒いトランクスの男に集中した。


「だって、だってあなたが言ったんじゃないですか! 「俺の名はジョニーウォーカー木一郎正宗だ!」 って」


「なんだ貴様、そんなしょうもない事を言って回ってるのか」


 ダイゴの足元に座り込んでいたボクサーパンツの治部が、いつの間に取り出したのか、つい先程も読んでいた文庫本のページを捲りながら呆れた調子で言った。


「なんだ?俺がそんな事する奴に見えるかよ」


「見えるから言っている」


「…そんな事しかしてなさそう」


 今やジョニーウォーカーでは無くなった黒いトランクスの男に、治部がピシャリと言い切り、ダイゴが追い討ちをかける。


「なんだよお前らー、俺のイメージっつーたらホレ、食パンにマーガリンつけてそうとかあるだろ」


「…それ、大体みんなつけてる…と思う」


「そして今朝はそれをし損なったと、そうするともはやそれは貴様のイメージ像としては使えんな」


 こんどは低く野太いダイゴの声に続き、冷たく鋭い治部の声がトドメを刺す。なかなかどうして良いコンビネーションだ。


「そーなんだよなー、食パンのついてないマーガリンなんかもうただの朝ご飯だろー」


「…あれ?マーガリンに…食パンを?」


「ただの朝食の何が不満だ」


 パンツ姿の三人はもはや善光の存在を忘れて話し込んでいた。善光を抱え上げているダイゴでさえもだ。


「あのー」


「はぁーあ、なんか眠くなってきたなー」


 元ジョニーウォーカーの黒いトランクスの男は相変わらずだらしなく寝転がっている。


「あのー」


「…今日は、あったかいから、昼寝には、ちょうど良い」


 ウナギネコ(きもちわるっ)のでかいトランクスのダイゴは空を見上げて気持ちよさそうに深呼吸をした。


「あのーすいませーん」


「まったく、何故こんな日にこんな馬鹿げた格好で走り回らねばならんのだ」


 ボクサーパンツの治部は文庫本を読みながら悪態をつく。


「…あのぉぉ!誰かぁぁ!!僕はここにいますよぉぉ!!!」


 突然、善光は腹の底から叫んだ。


 別にこの時善光はどこかに隠れていた訳ではなく、しっかりとダイゴにたかいたかいをされていた。

 善光は、ずっと喋っているのにも関わらずあまりにもスルーされるので、だんだん悲しくなって来て、皆に自分の居場所を知らせたくなったのだ。

 その叫び声は、夕方によく聞く犬の遠吠えのようになにか物悲しい声だったという。


「いや、知ってるよ。お前がそこにいる事知ってるけど…だから?」


「…急に叫んだら、びっくりする」


「やかましい奴だ。これでは読書もままならん」


 残念なことだが、この中に善光の悲しみを汲み取れる者は一人もいなかった。

「ああ…どうして僕ばかりこんな目に逢うんだ」


 善光はダイゴに持ち上げられたまま、両手で自分の顔を覆い、自らに次々と降りかかる不幸を呪った。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!…や、やっとついた」


 善光を含む屋上の4人が、いい加減この場の雰囲気に違和感を感じなくなって来た頃、四人目の剣道部員が息も絶え絶え、その姿を現した。


「おー!随分遅かったなー!」


「…最下位」


「罰ゲームだな」


 先に屋上に到着していた治部達が、四人目の剣道部員に声をかける中、善光はずっと両手で顔を覆っていた。


(はぁ…また増えちゃった。でももうこの大きな人で随分驚かされたからな…これ以上は驚きようが無いや)


 ダイゴが現れた時のインパクトが大きかった分、もうこれ以上の驚きは無いだろうと踏んだ善光は大した覚悟もせず顔を覆う指の隙間から四人目の部員の姿を盗み見た。

 …結果、この覚悟の無さが悲劇を招く事になるのを善光はまだ知る由も無かった。




「……っ!!??ギャアアアアアアアアア!!!!」


 善光はそこにケダモノをみた。


「うおっ!びっくりしたー」


 黒いトランクスの元ジョニーウォーカーが耳を貫くような善光の叫びに驚き後ずさった。が善光はそれどころでは無い。


「ぜっ…ぜっ…ぜっ…ぜっ…」


 その時の善光の顔色は、顔面蒼白どころか顔面蒼になってしまっていた。


「全裸だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


(全裸だぁぁぁ…全裸だぁぁ…全裸だぁ…)


 やまびこである。


「…失礼ね、誰が全裸よ」


 善光の叫びを聞いて四人目の剣道部員は不満そうにそう言った。


 この四人目の剣道部員は、確かに 「全裸」 では無かった。

 他の剣道部員のようにちゃんと面と籠手を装着し、靴下をはいている。ちゃんとつけているのだ……パンツ以外は。


「へ、変態だぁぁ!本物の変態だぁぁ!」


 善光はダイゴの手の中で暴れた。 「一刻も早く逃げなくては!」 それだけが善光の頭の中を支配していた。なにせ相手はモロダシである。


「おお、必死だ必死」


「おそらく猛獣に出くわしてしまったら、人間はこの様な顔で逃げるのだろうな」


「あ、危ない…お、大人しくして…」


 治部達は必死の善光の様子を傍観し、ダイゴは突然暴れだした善光を逃がさないようにするので手一杯だ。


「もう、好き勝手言って、アタシのどこが猛獣だっての?こ〜んなに美しいのにぃ」


 (ほぼ)全裸の剣道部員が悩ましげなポーズをとり、元ジョニーウォーカーと治部にすり寄っていく。なにやらエロスな雰囲気。

「いるだろうが、そこに猛獣が」


「おお、たしかに猛獣だ」


 治部達はそう言って、四人目の剣道部員のある部分をジッと見つめた。


「…も〜やだわ〜そんなにジッと見ないでぇ〜恥ずかしいじゃない」


 そう言って四人目の剣道部員は恥ずかしそうに両手で隠した。


 股間を。


 しゃべり方で勘違いをしている人の為に言っておこう。この四人目の剣道部員は男だ。男である証拠として、股間に猛獣を宿している。


「何を恥ずかしがる事がある。恐らくこの辺りで貴様にかなう者などいないだろう」


「ほんと立派だよなー、まさに男のシンボルって感じだ」


 二人はその 「立派な猛獣」 を眺めながら感慨深く頷いた。


「あわ!あわば!あばばばばば!」


「もう…で、この子は一体何なの?誰?」


 そう言って猛獣の飼い主である全裸の剣道部員は、先ほどからダイゴの腕の中で錯乱状態の善光を指した。


「え…さぁ?なんかいたから捕まえた。」


 相変わらずバッタかなんかを捕まえたような口振りだ。


「なんかって……いいわ、じゃあ直接聞きましょ」


 全裸の剣道部員は、元ジョニーウォーカーにはロクな情報が無いとわかると、今度は善光に近づいていった。


「ねえ、ちょっといいかしら?」


「あぁぁー!!あばばばばばばばば!!!」


 全裸が近づいた事により善光の錯乱はさらに激しい物となった。猛獣が原因だ。


「…これじゃ埒があかないわね、ダイゴ、もう少し高く上げて、その子をこっちに向けてくれる?」


「…ん、こう?」


 暴れる善光を見て何を思ったのか、全裸の剣道部員は、善光をさらに高く掲げさせ、ダイゴと向かい合わせになっていた善光を自分の正面に向かせた。


 ダイゴと善光だけを見ると、ライ〇ンキングのあの名シーンみたいだ。


「ありがとうそれでいいわ、少し落ち着いて貰わないとね。…それっ!」


 全裸の剣道部員はおもむろに右手の籠手を外すと、クルクルと軽く肩を回しそのままの勢いで、下から打ち上げるようにして善光の股間を鷲掴みにした。


「あばぁぁぁぁっ!?………」


 ひとつ悲鳴をあげ、善光の身体から力がぬけていき糸の切れた操り人形のようになってしまった。


「これでよし、つ・い・で・に・それっ!……えっ!?」


 見事に善光を黙らせた全裸の剣道部員は、鷲掴みにした善光の 「例のあれ」 を軽く揉むと、何かを感じ取り二、三歩退いた。


「ん?なに?どうした?」


 その光景を見守っていた元ジョニーウォーカーが明らかな異変を感じ、全裸の剣道部員に訪ねた。


「この子…付いてないわ」


 全裸の剣道部員はヨロヨロとおぼつかない足取りでさらに後退した。


「うっそマジで!?」


「馬鹿な!どうみても男だろう!」


「…そんな、まさか」


 全裸の剣道部員の言葉を聞き、他の三人の剣道部員達もこれでもかと言わんばかりに驚いてみせる。


「…ううん…はっ!」


 騒然とする剣道部員達、その中で善光がようやく意識を取り戻した。


「僕は何を…あっ!はっ!あぁぁっ!!」


 あまりの事に記憶が曖昧な事になっている善光だか、時間がたつにつれ記憶は鮮明になり自分に起きた悲劇もしっかりと思い出したようだ。


「あっ!なっ!あば!あばば!」


「待てぃ!気持ちはわかるがとりあえず落ち着け!質問に答えろ!」


 再び錯乱状態に陥ってしまっては手がつけられない。ということで元ジョニーウォーカーは両手で善光の顔をバシッ!と掴み衝撃を与える事でなんとか正気に戻すという、少々荒っぽい策を試みる。


「あばっあば……はい」


 頬を張られ、若干無理矢理ぎみに正気に戻された善光は焦点の定まらない目で、元ジョニーウォーカーの顔を見た。


「よし、お前名前は?」


「し、新堂善光です」


「そうかじゃあ善光、次の質問だ。お前…男?女?」


「……え?いやいやいや、男ですよ。どこをどうしたら僕が女にみえるんですか?」


 この辺で善光の意識も完全にハッキリとし、しっかり突っ込めるようになってきた。


「ほら、やっぱり男じゃんか」


「うそ〜、だってホントに存在を感じなかったのよ〜」


「貴様の勘違いじゃないのか?」


「…よかった」


 善光の事はそっちのけでまた相談をしだす剣道部員四人。


「あのーすいませんが、もうそろそろあなた達がなんなのか教えては貰えませんかね?」


「なんなのかって、どうみても剣道部だろうが」


「そんな剣道部いませんよ」


 確かに装備が面と籠手と垂とパンツでは剣道みたいな格好をした変な人である。


「聞けぃ!善光!」


「は、はい!」


「俺達こそが剣ヶ崎高校の誇る剣道集団!剣ヶ崎高校男子剣道部だ!!そして俺がこの部の長!つまり部長!」


 黒いパンツの男、元ジョニーウォーカーが右手に持った竹刀を高々と掲げ、ついに正体を明かした。


「その名も藤田紅葉(こうよう)!紅の葉と書いてこうようだ!どうだ善光!恐れ入ったか!!」


 一体何を恐れたら良いのか、と思うところだが善光は恐れ入っていた。


「そ、そんな馬鹿な…」


 善光は震える声でポツリと言うと、誰かが嘘だと言うのを待ってみた。


「部長くらいで何を偉そうに、実際に指揮を取っているのは俺だ」


「紅葉ちゃん、いつも以上にハイねぇ」


「…紅葉、うるさい」


 が、誰も否定をしなかった…ということは事実である。


 善光が憧れ、楽しみにしていた剣ヶ崎高校男子剣道部の長は、現時点で善光が敬遠したい男No.1元ジョニーウォーカー…いや、藤田紅葉その人なのだ!


「う、嘘だ…嘘に決まってる…」


 善光はとにかく信じたくなかった。自分の憧れていた部がこんな変態の集まりだったのではそりゃ受け止めきれないだろう。


「嘘じゃねぇよー、あ!そういえば自己紹介してなかったな!オイお前ら、善光に自己紹介しろ!」


 抜け殻のような善光を見て、黒いパンツの男、紅葉は何故か嬉しそうに他の部員達に自己紹介を促した。


「ふん、まぁ良いだろう。善光とか言ったな、よく聞け!俺の名は治部亮介(じぶりょうすけ)!この名をしかと心に刻み込んでおけ!」


 ボクサーパンツの男、治部が実に偉そうな態度で言うと。


「…井口ダイゴ、よろしく、善光」


 身長二メートル越えの壁、ダイゴがおずおずと続く。


「そして、ワタシがこの男子剣道部の華、糸魚川凡戸(いといがわぼんど)。よろしくね善光」


 最後に4人目の剣道部員、猛獣の持ち主である全裸の凡戸がセクシーなポーズで善光にトドメを刺した。


「…はぁ」


「いやーめでてぇなぁおい!新入部員だ新入部員!やっはっは!コイツはアレだな!今日あたり歓迎会を…」


「みぃいつけたぞ!剣道部どもぉ!」


 部長の紅葉がいかにもうれしそうに話していると、階下から怒号が響いた。


「うおっ!もう見つかったか!治部、ダイゴ、凡ちゃん、逃げるぞ!」


「言われるまでもない」


「ん」


「追いまわされるのもなかなか興奮したわぁ」


 教師らしき人物の声を聞いて一目散にフェンスに向かって走り出す紅葉、そして残る剣道部員3人もそれに続いた。


「あ、そうだ!善光!」


 フェンスまでたどり着いた紅葉が思い出したかのようにして、振り返った。意識がはっきりしない善光もなんとなく反応する。


「明日の朝一番、俺達の部室に来い!待ってるからな!!」


 なんとなく紅葉を見ていた善光の耳になんとなく紅葉の声が届いた。そして、剣道部員達はフェンスを乗り越えそのまま姿を消した。


「…!?」


 屋上のフェンスの外側といえば、大抵は歩くこともままならないような足場があるだけで何もない。出てしまえばもう落ちるぐらいしか出来る事が無いような場所だ。


 で、そんな場所に出た剣道部達が消えたって事は、つまりは落ちたって事だ。


「うわあぁぁぁぁっ!!落ちたぁぁぁぁっ!!」


 衝撃的な集団飛び降りの光景は善光の朦朧とした意識を覚ますには十分過ぎた。


「あっ!あばっ!あばばっ!」


 善光はしどろもどろになりながら、剣道部達が飛び降りたフェンスに駆け寄ると…


「しっかしまぁ〜しつこいなぁ先生方は、こんなとこで油売ってねぇで仕事しろ仕事」


「その仕事をしようにも仕事の相手にあたる生徒が半裸で走り回っているのだから仕事にならんだろう」


「そりゃそうよねぇ、このアタシが裸で走り回ってるとなれば仕事なんてほっぽりだして見に来るわよねぇ」


「…それは、違う」


 飛び降りたはずの4人が和やかに談笑しながら、いつから用意されていたのか、フェンスに括られた4本のロープをつたってスルスルと降りて行くところだった。


「なな!何してんですか!?あ、ぁあぁぶないですよ!」


「おぉなんだぁ?善光、お前もボサッとしてねぇで逃げねぇと、とっつかまるぞ〜」


 善光の心配をよそに紅葉はスルスルとロープを降りて行く。


「つかまるって…僕は別に何も」


「ぬおっそんなところから!先生方、一階だ!奴らロープで一階に降りるつもりだ、我々も急いで向かうのです!」


 先ほどの怒声の主であろう、ガッシリとした体型の教師が善光のすぐ隣にやって来て、善光と同じようにロープで降りて行く剣道部達を見守った。


「ああ、間に合わなかったか」


 紅葉がそう言うのと同時に、善光の肩に手がかけられた。


「え?」


「奴らは他の先生方に任せるとして、お前はとりあえず俺と生徒指導室に行こうな?」


「待ってください!僕は叱られるような事は何も…」


「授業中に屋上でサボっているのが叱られるような事では無いと?」


「……あ」


 これで善光は本日2回目の生徒指導室である。




 こうしてスリルとサスペンス、あと沢山の変態に満ち溢れた編入初日が幕を閉じた。


 が、4人の男子剣道部員達が織り成す、破滅的でかつ変態的な1大すぺくたこーに彩られた善光の受難の日々はまだまだ始まったばかりである。


(もう…あの人達とは絶対に関わるもんか)

……な?


 やりっ放しで放りっぱなしの作品ばかりの下駄ですが、どれも気が向いたら適当にやろっかな!て思ってる奴ばかりですが…それでも、そんな下駄でも面白いぞ!と思ってくれる読者の方々、できるだけはやく病院に行って下さい。

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