2-9
「ここでは罪人に罪を償わせているんだ」
教皇の口からそう告げられた
この部屋は暗く、不気味なうめき声が聞こえてくる
次第に目が慣れ、その目に移ったのはとんでもない光景だった
泣きながら子供にむち打ちをする女性、自分で自分の指の骨を折っている男、ナイフで腕の肉をそぎ落とす老人など血の臭いと悲鳴にまみれた部屋だった
思わず吐き気が込み上げてくるがぐっとこらえて教皇を見た
彼は恍惚の表情でそれらを見ており、時折鼓舞するかのように声をかけていた
「ホラホラ、もっとです。 さらに激しく傷つけなさい。 そうすればあなたたちの罪は許されるのです。 浄化されるのですよ!」
満面の笑みで教皇は笑っていた
狂ってる、このおじさん狂ってるよ
うん、いくよサニー
ルーナは拳に光を溜めると教皇を後ろから小突いた
本当にかる~く小突かなければ殺してしまうので細心の注意を払ってである
その結果、教皇は倒れ気を失った
よし、お姉ちゃん、ここの人達を助け出そう
うん!
教皇を横にどかして彼の持っていた鍵の束を探り取り出すと、次から次へと鍵を開けて中の人々を助け出した
重症者はルーナが治療し、傷一つなく治していった
出ていく人に感謝され、最後の一人が逃げ切ったところでもう一度教皇を見た
すると、教皇はガクガクと痙攣し始めていた
なに? なんだか嫌な気配がする
うん
警戒していると、教皇の体が宙に浮いた
しかし、彼はどう見ても気絶している
目は閉じているのだが、いきなり見開かれ、こちらを見た
その教皇の口から真っ黒なものが吐き出され始める
「ぐぶっ、うぶぐっ、げっ」
ドボドボと出る黒いものはやがて形を成していく
それは真っ黒な人型となり、ズルリと教皇の口から這い出してきた
「うわ、気持ち悪…」
思わず後ずさりするが、それはズルズルとこちらに這って来た
ルーナの前まで来ると立ちあがり、首を通常曲がらないくらいまげてニタァっと笑った
まるでホラー映画のワンシーンを見ているようだ
「まさかこんな子供に止められるとは思わなかったよ」
その気持ちの悪い何かは何と喋ったのだ
ルーナが驚いているとさらにそれは続けた
「魔王たる僕の邪魔をするってことは、君は勇者なんだろうね」
その不気味な魔王と名乗るモノはケタケタ笑っている
「魔王って、まさかこの世界を滅ぼそうとか考えてるの?」
単純明快な疑問を投げかけるが、魔王は少し考えると
「別に、暇つぶしだし…でも、そうだね、ぐちゃぐちゃにするって楽しいよね。 何かがぐちゃぐちゃになるって、すごく、魅力的だと思うんだ」
魔王は歪んでいる。 その歪みはこの世界を滅ぼしかねない
ルーナは魔王を力いっぱいに殴った
「うお!」
間抜けな声をあげてべちゃりと壁に叩きつけられる魔王
「あらら、体が維持できなくなっちゃった。 分身とはいえ僕の百分の一の力くらいはあるんだよ? この世界のAランクには相当するはずなんだけど、君、結構、強い、んだね」
そんなことを言いながら魔王の分身は消えていった
あとに残されたのは教皇とルーナだけだった
しばらくすると教皇が目を覚ました
「む、私は、一体…」
どうやら教皇は元に戻ったようだ
今ここで起こったことを教皇に話すと彼はショックを受けたようだ
「まさか私がそのような悪しきものに…国民にはいくら謝っても申し訳が立たんな」
落ち込む教皇を励ましながら外に出ると、しばらくしてからこの国に起こっていたことを教皇自らの口で語った
世界に影響力のあるアゼンスタ教国の教皇による発言は世界を震撼させた
魔王が再び現れたこと、自らがその魔王に操られ凶行に及んでいたこと、全てを嘘偽りなく話し、彼は教皇の座を降りた
捕まっていた人も国民も彼が操られていただけだとわかったのでそのまま続けてほしいと願ったが、彼は責任を感じ、信頼できる右腕に教皇の座を譲って引退した
魔王が現れ世界を蝕み始めている
ルーナの証言をもとにそのことが分かった
その結果、ルーナは勇者認定されてしまい、目立たないようにマナを溜めて次の世界へ飛ぶという願いは叶わなくなったが、このまま放っては置けないので仕方なく勇者としてこの世界を救うことにした