迫りくる魔人たち
あまりの力の差によって魔人たちは恐怖に支配された
もはやがむしゃらに勇者たちのいる街へと向かっている
殺されることは恐怖ではないが、獣魔王を殺され自分たちの悲願が達成されないことは彼らにとって死ぬよりもつらいことだった
この世界にうらみのある彼らは自分たちが死のうとも全てを滅ぼしたかった
「で、どうすんだよリーダー。 なんか作戦とかあんのかよ?」
「作戦? そんなものあるわけないだろう」
「ではどうするのですか?」
「獣魔王様のことはピニエに任せるしかない。 俺たちはやれるだけのことをやるんだ」
今はただ獣魔王が力を取り戻すことだけを考えて行動する
少しでもその時間を稼ぐ
今の勇者相手なら彼らであれば余裕で勝てる
だが、ルーナにはどれだけの力をつけようがこの世界の住人では神だろうと勝てない
彼らは死ぬだろう、例外なく
それでも獣魔王に後を託す
復讐を果たすため
獣魔王、獣の姫テティは逃げていた
ピニエによってかなり力を取り戻していたためやっと城から抜け出す力を得たのだ
彼女は高速で野山を駆け抜ける
目指すは勇者の元、彼女に真相を伝え、保護してもらうため
そして、危険な邪神と異世界から来た騎士達について知らせるためだ
やがて魔人たちよりも先に勇者のいる街へとたどり着いた
映像を見ていたため勇者たちの姿は覚えている
必死になって探した
「見つけた!」
街中を歩いている桃のパーティを見つける
あの圧倒的な力を見せたルーナの姿もある
「お願い、私の話を聞いて!」
そう叫んだ
勇者は振り向いてテティを見た
獣人の少女、そう見えるのだが明らかに周囲の人間とは魔力がけた違いなのが分かった
「どうしたの?お嬢ちゃん」
しゃがみ込みテティの話を聞こうとする
「ここでは話せないの、どこか誰もいないとこへ行きましょう?」
落ち着いたテティはゆっくりと勇者と歩き出す
誰もいない路地裏、アルが周囲に結界を張って防音を施した
「まずは聞いて下さい。 私はあなた方が言う獣魔王です」
勇者桃は全く信じれなかった
目の前の獣人の少女の魔力は確かにすさまじく、自分よりもはるかに上だ
しかし、彼女からは獣魔王と呼ばれるような邪悪さは一切感じれなかった
「信じてはくれませんか?」
疑いの目を向けられていることはすぐに分かった
「でも、信じていただくしかありません。 私は、私は獣魔王と呼ばれているけど、勇者を殺してなんかいない! 私はあの人を愛していた! 全ては邪神の仕組んだことで、その、うまく言えないけど、現代の勇者様、あなたは神に会ったのですか?」
まくし立てるようにそう言われ桃はついていけていない
「ちょ、ちょっと待って、何言ってるの?」
「お願い、私は獣魔王だけど獣魔王じゃないの! あなたのであったのは神じゃない! 邪神でっ…」
そう言い終わらないうちに彼女の胸元から腕が飛び出ていた
その手には心臓のようなものが握られ脈打っている
「あ、うそ、お前、は」
テティは血を吐き出しながら後ろを振り返り驚いた
そこにいたのはかつて勇者ラウロと共に打ち倒したはずの邪神が立っていたのだ
それはまるで神のように威光を放ち、冷ややかに笑っている
「勇者よ、この者の話に耳を貸してはなりません」
あまりのことに誰も動けない
だが桃にはわかった
目の前で大量に血を流し今まさに息絶えようとしている少女は嘘をついていない
アリシャは回復魔法を施そうとテティに駆け寄りスティックを振り上げ魔法を発動させる
そのとたん自分の腕が消失したのに気付いた
「え? あれ? 私の手…」
吹き出す血
「あぁああああああああああ!! 手が! 私の手が!」
「ダメよ、こいつは獣魔王、この世界に破滅をもたらす存在なの」
邪神は笑う
その手にはアリシャのスティックを持った手が握られていた
一瞬のうちに引きちぎったのだ
その腕をアリシャの切れた腕の部分にあてがうと彼女の腕は元通りに引っ付いた
「だっめ…逃げ、て」
息も絶え絶えにテティは言う
桃を逃がさなければこの世界は滅びる
彼女は邪神から力をもらったとはいえ真の勇者ではある
彼女がこの世界の希望と言ってよかった
目の前で起こる意味の分からない状況にルーナはどうしていいのか分からず動けずにいた
獣魔王は自分たちが倒さなければならない敵と聞いていた
それに、獣魔王を倒せば神に自分の元いた世界に戻してもらえると思っていた(本当は自分で出来るが気づいていない)
桃はその様子を見て気づいた
獣魔王、この獣人の少女が言っていたことは本当なのだと
目の前の神、いや、邪神こそ本当の敵なのだとわかった
「ルーナちゃん、アル、アリシャちゃん、パリケルさん、本当の敵は…」
「あぁ、間違いないぜな。 こいつこそ、元凶だぜな」
五人は邪神に向き直った
「あらあら、私に歯向かうというのですね? 愚かです。 フフフ、でも、まぁいいでしょう。 暇つぶしに付き合ってもらっているのですから最後くらいは華々しく散らせてあげますわ」
本性を現した邪神
「その前に、魔人たちがこちらに向かっています。 あれらももう用済みですからあなたたちに倒してもらいましょう。 そのあとでお相手してあげますわね」
ニコリと笑っているが、その笑みは邪悪そのものだった
邪神はどこかへと消える
慌ててアリシャが再び回復魔法をかけるためテティに駆け寄った
心臓をえぐられてはいるが持ち前の生命力でなんとか生きている
アリシャの魔法によって一命をとりとめたようだ
それからテティにすべての事情を聴いた
そして、桃は邪神を討ち果たすことを誓う
テティが言うにはこの世界の本当の神は邪神によって締め出されているらしい
邪神を倒せば神は戻ってこれる
ひとまずは今この街に迫っている魔人たちだ
彼らはこちらに獣魔王たるテティがいることを知らない
彼らの旗たる彼女には隠れてもらうことにした
もし彼女が獣魔王ではないと知られると何をするかわからないからだ