獣魔王
獣魔王は数百年ぶりに目を覚ました
あたりは真っ暗で不安に駆られる
自分の配下はどうなったのだろう?勇者は?あの人は無事だったのだろうか?
ふと、自分を見つめる八人の目に気づく
彼らは尊敬と畏怖の目でこちらを見つめている
体に力が入らない
戸惑っていると八人のうちの一人が何かを手渡した
それを飲むよう促される
怖い、何が起こっているの?
そう思いながらも彼らの逆鱗に触れないようそれを飲んだ
すると、体にみなぎってくる力
以前ほどではないが十分に力が戻ってくる
しかし直後に来る虚脱感
力が抜けるのを感じながら疑問に思う
この人たちは誰なんだろう?
彼らは跪き、忠誠を誓う
え?なにこれ怖い
全く状況がつかめずあたふたしていると、リーダーらしき男が獣魔王が封じられてからのいきさつを話してくれた
どういうことなの?
何で私が、獣魔王なんて名前になってるの?
私と勇者が必死になって守った世界は?
あの邪神はどうなったの?
彼らの報告を聞いていくうちに段々と恐るべき裏が見えてきた
自分と勇者は遥かな昔邪神を打ち倒すべく立ち上がった
勇者はこの世界の神に選ばれたラウロという男
優しく、差別をせず、努力家で、そんな彼に自分も惹かれていった
だからこそ彼を助けたかった
自分は獣人で、人間からは蔑まれていたのだが、彼にはそんなことは関係ない
彼は自分を受け入れ、ともに戦った
苦労の末邪神を倒したが、その過程で神は消滅し、勇者は重症、自分は呪いを受け寿命を奪われ自らでは死ねぬ体になった
しかし、彼らの語った自分の話はかなり…いや、根本から間違っている
まずあたかも自分が世界を滅ぼし自分のものにしようと世界に戦争を仕掛けたように語られていること
その後激闘の末に勇者に重傷を負わせたが、自分はこの地に封じられたのだと
ちがう、何もかもが
私は、勇者と戦ってなんかいない
ショックで目の前が暗くなる
彼らは自分を獣魔王という邪悪な魔物の王だと思い込んでいる
もしばれれば自分は殺されるかもしれない、いやそれだけならばまだいい、彼らの力は見ただけでも絶大なことがわかる
かつての自分に迫るほどだ。もしそんな彼らが自分というくさびをなくせば好き勝手に暴れるかもしれない
自分自身死ねない体だといってもそれは寿命がないだけというもの
力が戻ってもいない今なら剣を心臓に刺せばあっさりと死んでしまう
怖い、私には昔のような力がない
彼らが魔力を回復させてくれてはいるが、かつてとは比べ物にならないほど力はなくなっている
現に今もらった魔力もだんだんと抜けて行っているようだ
私は一体どうすればいいの?
助けて、ラウロ…
彼女の名前はテティ
かつて勇者と共に邪神を倒した英雄にして獣の姫
邪神の呪いを受けて寿命を奪われた悲劇の少女
彼女を助けてくれるものはもういない
勇者ラウロは既にこの世を去っているのだから
彼女は人知れず泣いた
この世界は今倒したはずの邪神が治めている
それが分かったから…
かつて自分たちが暮らしていた頃より明らかに魔物や魔獣の数が増し、人の数が減っている
ゆっくりとだが、この世界は邪神に侵食されているのだ
伝えなきゃ、今の時代の勇者に
きっと生まれているはずだから
それは願いに近く、確証はないがテティはそう思った
だから今は彼らに獣魔王のふりをしよう
既に彼らは街を襲い、私を担ぎ上げて世界を支配しようとしている
今の私では彼らに勝てない
でも、私が抑止力となって彼らをうまく暴れないよう抑え込まなきゃ
そして、隙を見て勇者に会うのよ!
テティは心の中でそう決意した
勇者に本当のことを伝え、邪神を倒してもらうために