5-22
その少女は名前も目的も自己という存在すらも分からなかった
何もわからない中ただ一人で彷徨い続ける
ただ一つ、自分と同じ雰囲気を持つ何かを追っていることだけは分かった
「うー、ああ、あー」
もはや言葉すら忘れ、意識のみで動く
黒く染まった体色のせいで行く先々で恐れられ、度々攻撃を受け、時には首をはねられたこともあった
しかしその都度体は勝手に再生し、攻撃してきた相手を気にすることもなく彷徨う
「あ、あぅうぁ」
不気味にに思う者たちも特に何もしてこない少女に恐怖を感じるものの、危害を加えてこない彼女をさまようがままにさせていた
「お嬢ちゃん、一体何を探しているのかな?」
時に声をかけて来る者もいたが、彼女はその言葉を理解できず首をかしげる
それで大概の者はたじろいで去ってしまうが、根気よく彼女を理解しようとする者もいた
だがそのことごとくも何も分からない彼女に見切りをつけてあきらめていった
ただ数多くの人々に話しかけられたことで、彼女は徐々に言葉というものを思い出していく
ほんの少しだが意思疎通ができるようになってきたのだ
「探す、私、誰か」
短い切れ切れの言葉だが、それが彼女の今の精いっぱいの思いの伝え方だった
しかしやはりその程度で自分の目的を伝えきれるはずもなく、相も変わらず彼女を理解する者はでない
既にすり切れた魂の彼女にとっては彷徨い、言葉を発するだけでもかなりの力を使う
すでに存在が消えかけているのだ
それでも彼女は微量に漂う周囲の力を取り込んで何とか命を繋いでいた
どうしても会いたい誰かに会うために
その誰かの気配をただただ追い求めて
たどり着いたとある世界
そこで一人の少女と出会った
いや、その少女にとっては再開だったのだろう
「ルーナちゃん!?」
その少女は記憶のない少女にその名前を告げた
とたんにルーナと呼ばれた少女は記憶の一部が蘇る
「ルー、ナ、そう、私、それは、私?」
様子のおかしいルーナにさらに少女は続ける
「ど、どうしたの? なんだか様子が…。 分かる? 私だよ、ミミだよ、三兎ミミ、覚えてない」
ルーナは首をかしげる
完全には記憶が戻っていないようで、その少女が誰なのか分かっていない様子だ
「ちょっと待って、トップギアさんとグランナイトさんを呼んでくるから!」
ミミという少女にその場で待つよう言われたルーナはおとなしくその指示を聞く
ルーナ自身も自分のことが分かるならと考えたからだ
それから数分で恐るべきスピードで肌に張り付くようなぴっちりとした青いスーツを来た男がルーナの前に走って来た
「ルーナちゃん! ってあれ? 本当にルーナちゃん? なんだか前に会った時と様子が…。 一体何があったんだい?」
その男は自らをトップギアと名乗り、ヒーローという職業をやっていると言った
だがルーナはその男を見てもピンとこないようで、ただ首をかしげて話を聞いていた
そこに真っ赤なスーツを来た男が車で目の前に乗りつけた
「ルーナちゃん!」
その男もルーナのことを知っているようで、心配そうな顔をしてルーナを見る
以前に会った時とあまりにも変わっているが、その雰囲気は忘れることはない
「ルーナちゃん、どうしたって言うんだ。 君のその姿は、あまりにも…」
黒く染まった体表にボロボロのみすぼらしい姿
それが今のルーナの姿で、記憶も大半を失っている
ようやく自分の名前は思い出せたものの、それ以外思い出せることはなかった
そこから彼らは自分達の知っているルーナの人と成り、仲間の情報などを全て教えたが、記憶は戻らない
そんなさなかにミミがふと一つの名前をつぶやいた
「サニーちゃんは? 確かルーナちゃんの中にいた妹の」
その瞬間ルーナは目を見開いた
「その子! 私探す!」
その名前はルーナの魂奥深くに刻みついていた名前
それが誰なのかもわからないが、探している誰かであるとは分かった
「サニーちゃんと離れたの!? じゃぁ妹を探してるんだね!」
「探す、サニー、妹?」
その名前の持ち主が妹であると認識はなかったが、そう聞いて増々探さなければという強い気持ちがわいてくる
だがそこにいらぬ記憶がよみがえった
自分を殺した誰か
それがそのサニーであったということを思いだす
だから彼女は勘違いしてしまった
それは自分の敵であり、殺さなければならない存在だと
「よかった、じゃあサニーちゃんに会えるといいね」
「ありがとう、探すサニー…」
「うんうん、ルーナちゃんはこの世界を救ってくれた大恩人だからね。 きっと見つかるよ!」
ミミは以前のように再びルーナに別れを告げる
「ありがとう、絶対見つける。 コロスタメニ」
「え?」
最後の部分が聞き取りにくかったが、聞き返す間もなくルーナは転移して行ってしまった