石野の異世界放浪記14-3
石野は健一の肩に手を置くが、かける言葉が見つからなかった
大切な人を不可抗力とはいえ自らの力で死なせてしまったのだ。 彼の手の震えからその時の恐怖が伺え知れる
「つらいことを思い出させてしまってすまない。 だが、君はこれからどうするつもりなんだ? 君さえよければ地球に戻ることもできるんだが…」
「いや、僕はここに残るよ。 残りの人生を彼らへの懺悔と供養に捧げたいんだ。 僕はもう戦わない。 その意見は変えるつもりはないけど、でももし僕が役に立てることがあるなら、君たちの役に立ちたいかな?」
それは願ってもない言葉だった
戦いには参加しないが、彼にはある特殊な神力があることが確認できた
“封印”という力で、様々な力を封じてしまう力だ
そう、彼の“蟲毒”の力はそれによって封じられていたのだ
「封印の力、これなら戦わずに相手を無力化できると思うんだ。 蟲毒の力さえなければ…、 僕は今でも彼らと冒険を…」
悲しい気持ちを吹っ切るように石野と握手を交わし、健一の召喚が可能になった
健一の家を出てすぐに街の様子がおかしいことに気づいた
空には暗雲が立ち込め、街の住人達からも不安そうな気配が漂ってくる
周囲には冷気が立ち込め、何やら街の外が騒がしくなっていた
「何事だ? トコ、何か見えるか?」
「大変だっち! 魔物が大量に沸いてるっちよ! え、でもなんで…。 この世界にそんな前兆なかったっち」
「トコ、これは恐らく他世界からの流入です。 他世界が消滅したときに稀に起こる現象、でもこれは…」
レコが魔物が突如現れた理由を分析したが、その数が異常だった
流入は確かに稀にある現象だが、それは多くても数体。 しかし今現在街の外にいる魔物の数はざっと感知した限りだと数百体はいると思われる
しかもそれだけではなく、この世界各地でその魔物たちは出現しているようだった
中にはこの世界の住人ではどれだけの強さを持とうとも勝てない魔物も相当数が紛れ込んでいるようだった
「アマテラス様から聞きました。 魔物とは遥かなる昔、全ての世界を創造した方の反存在として生まれた者が生み出したものだと。 だから世界が滅びても魂が残っていれば別世界で再生するのだと。 それ故に人々は魔法や様々な能力を持って魔物を魂ごと消滅させる術を得たのです」
レコはそう説明すると不安そうに石野を見つめる
「大丈夫だレコ。 俺たちならやれるさ。 戻って来てくれた早々悪いんだが、神獣たち全員でかかってもらえるか?」
「はいです!」
「任せるっち!」
今出ているレコとトコは石野の言葉で勇気を得た
石野は全ての神獣を呼び出す
「全員揃うと壮観だな。 レコ、指揮は任せる。 魔物たちを排除して行ってくれ。 俺たちもすぐに別の場所にいる魔物を排除しに行く。 岸田、テンコ、お前たちは俺と一緒に来い」
「はいっす!」
「任されよ!」
二人はビシッと敬礼する。 テンコはともかく岸田はテンコに合わせただけだったが、なかなかどうして二人とも可愛らしく仕上がっていた
健一はそんな二人を見て微笑み、死んでしまった恋人の笑顔を思い出した
そして思う
「待って。 僕も連れて行ってくれないか?」
「え、でも、健一さんは…」
「僕は、もう戦いたくないって言ったけど…。 やっぱりそれは違うと思ったんだ。 彼女、レイーナだってそんなこと望んでないって、そう感じる。 彼女はいつも自分の危険を顧みずに人々を助けるすごい人だった。 だからこそ、僕は止まっちゃいけなかったんだ。 彼女の意思をついで…。 僕も戦うよ、それがレイーナの望むことだと思うから」
レイーナは自分の死ぬ間際、健一を見てホッとした。 自分はもう死ぬのだとわかったが、大好きな彼が死ななくてよかったと心からそう思っていたのだ
同じく健一の仲間たちもだ。 優しく力強い健一に惹かれていた仲間たちは、自然に彼が無事だったことを喜んでいたのだ
その思いは健一の知るところではないが、それでも彼女は、彼らはそれでよかったのだ
愛する人が死ななかった。 それだけで彼女は満足し、その魂は天へと還った
いずれ彼女も生まれ変わり、またこの世界に戻ってくるだろう
もう一度会うために
「そうか、なら一緒に来てくれ。 君の力は人々を守るためにあると俺は思う。 自分の力を恐れちゃだめだ。 受け入れて共に歩むんだ」
健一はその言葉を聞いて蟲毒の力を本当の意味で理解する
そしてその力を余すところなく完全に使えると確信した
「僕は、もう一度戦えるんだろうか?」
「大丈夫っす! 俺たちが全力でサポートするっすよ」
力強くうなづく岸田。 その顔を見て健一は安心感を覚えた
心の奥底から勇気がわく
「行けます! 僕は、みんなを、この世界を守りたい。 レイーナの意思を無駄にしないために」
石野たちと街の外へ飛び出し、神獣たちはリュコの背に乗って別の街へと飛んで行く
「俺たちはまずこの街の外にいる魔物を叩く。 レコの渡してくれたオーブで転移し、他の土地に出現した魔物を殲滅する。 いいか、出来るだけ多くの命を救うぞ!」
石野の声で魔物たちとの戦闘が開始された
すでに冒険者や街の兵たちが戦っているのを尻目にして次から次へと魔物を各個撃破していく
そのさなか、健一はもう一度蟲毒と向き合った
(この力は、殺すためじゃない、守るためにあるんだ!)
蟲毒が正しく発動する
そのとたん、魔物たちが一斉に倒れ始めた
だが魔物以外に被害はまったくない
この蟲毒の本来の力とはすなわち、任意の相手のみを呪い殺す力だ
健一はついにその蟲毒を物にしたのだった