石野の異世界放浪記14-2
トコと共にワコとニャコが協力して探索を始めた
トコの目、ワコの耳と鼻、ニャコの直感がさえわたり、どうにかこうにかこの世界にいると思われる転移者の居場所を掴んだ
以前テンコが囚われていたことがあるが、そこまで探知を遮られていなかったのが幸いしたようだ
「むむむ、この転移者、自分で気配を隠してるみたいだっち。 石野、こっちだっち! それとニャコ、石野の頭から降りるっち。 石野が苦しがってるっち!」
「んにゃ? そんなわけないにゃ。 石野はおいらのことが大好きだからこれでいいにゃ」
「いいから降りるっち! そこはあちきの場所だっち!」
二人がぽかぽかと喧嘩している様子は微笑ましく、一時の間ルーナの悲劇を忘れさせてくれた
だがすぐにまた娘を思い顔に陰りが入る
「石野、元気出すっち」
「そうだにゃ。 おいらたちがついてるからなんの問題もないにゃ」
ニャコは石野がなぜ落ち込んでいるのかは分かっていなかったが、自分の主人が悲しんでいる姿は見たくなかった
「ほら、行くっち。 転移者が待ってるっちよ」
この世界はとにかく魔物が多いのだが、どの魔物も石野たちにとって大した脅威ではなかった
特にテンコの力はすさまじく、ただの一撃で数十体もの魔物を屠り、巨大な魔物も一刀に伏している
彼女の力は既に神をも超えているようだ
「ふっふっふ、私も強くなったものです。 トコちゃんの言う悪い異放者も私がやっつけて見せますよ」
自信たっぷりに言い放っているテンコだったが、その内心は不安でしょうがなかった
自分の今の力ではその異放者に敵わないことは本能的に分かっている
それに友人となったアナサのこともある。 彼女は今親友で姉のような存在のミナキがいなくなり、何も言葉を発さなくなっていた
明らかに元気をなくし、心なしか少しやせたようにも見えた
「アナサちゃん…」
呼びかけてもやはり反応を示さない。 ただ歩いているだけ、生きているだけだ
「ミナキ、ミナキ、なんで…。 許さない、あいつは私が殺す」
時折ブツブツとそうつぶやくのが聞こえる
このままでは心身ともに衰弱しきってしまうだろう
それでもどうすればいいのか分からないテンコはもどかしくてしょうがなかった
「近いっち。 もうすぐだっちよ」
トコが声をあげる
目の前には比較的大きな街が見えた
まわりは大きな壁が囲んでいるが、人の行き来は多く、衛兵に荷物を確認される程度で通してもらっているようだ
武器は護身のため必要と判断されるらしい
「この街から気配があるっち。 弱弱しい気配だけど、自分で自分の力を消してるだけだっちね」
目的の転移者は自分でその力を抑え、一般人に溶け込んでいるようだったが、探知に優れた三神獣がそろった今、その追跡から逃れることはできない
すんなりと街に入るとワコが匂いを辿り始めた
ワコの優れた嗅覚とトコの眼はしっかりと相手を捕捉したようだった
「そんなに遠くないっち。 あの家から気配がするっちよ」
トコが指さしたのは入り口からほど近い一軒の家。 簡素で何の飾り気もない本当にただの家だ
その扉を石野は叩く
「はいよっと!」
中から声がして扉が開くと、驚くほど普通の少年が出て来た
「あの、どちら様です? 面識はないと思うのですが」
石野は少年を見てなんの力も感じないと思ったが、よくよく彼の気配を感じてみると、空間が歪むような錯覚を覚えた
「俺は石野、こっちは岸田と」
「テンコです。 ふむふむなるほど~、これはまた面白い力を持ってますね」
テンコは少年を見て悟った
彼からは神力を感じたのだ
「何なんですか? 力? 僕には魔力すらないですよ。 何の用もないなら帰ってください」
扉をしめようとする少年を制止し、自分たちの事情を話した
「なるほど、同郷ってことですか…。 じゃぁこっちも話しましょう。 同郷のよしみですよ」
少年は石野たちを中に招き入れ、席を用意した
彼の名前は戸田健一と言い、日本の高校生だった
突然この世界に転移させられた時は混乱したが、自分の力を知り、何もしないという選択肢を選んだ
なぜなら彼の力はあまりにも危険だったからだ
「僕の力は恐らく発動した瞬間にこの辺り一帯の生命が死滅する。 だから僕は何もしない。 戦いになれば僕は多くを殺してしまうから」
そんな彼をトコが見つめる
「確かにかなり強力な力だっちね。 “蟲毒”という呪いの力だっち。 発動したが最後、自分を中心に半径5キロの生命体が死滅するっち。 だから抑えてるんだっちね、その神力で」
「神力?のことは分からないけど、そう。 僕は戦っちゃいけない。 あの時もしそれが分かってれば、皆死ななかった」
健一は涙ながらにそう告げる
彼はこの世界に来てしばらくの間は魔物を倒し、人々に感謝されていた
彼自身の力が強いこともあり、次第に彼の周囲には人が集まるようになった
だがある時、彼は強敵と出会った。 それはかつて異放者に操られていた闇が残した魔物
その魔物はあまりにも強く、次々と仲間が倒れていく中、健一自身も満身創痍となっていた
仲間たちは辛うじて生きている状態だが、このままでは死んでしまう
早急に回復させる必要があったが、肝心の回復薬は切れ、回復魔法を使える仲間は気絶していた
ここで仲間を殺させはしないと健一も最後の力を振り絞り、魔物に攻撃を仕掛けた瞬間、眠っていた彼の本当の力、“蟲毒”が発動してしまった
途端にまだ生きていた仲間たちは苦しみもがき、息絶えていく
突然のことに驚き、必死で力を抑えようとしたが、その力は魔物を滅ぼし、仲間を殺し、好きだった回復魔法使いの少女を死に至らしめた
「僕はもう二度と力を使わない。 二度と戦わない」
健一もまた、心に深い傷を負っていた
自分の力で仲間と愛した人を殺してしまったという自責の念が彼を苦しめ続けていたのだった