5-15
ようやく静かになった。 もう一人の私の叫びは聞こえない
きっと私に溶けて消えたんだ
早く全部消してしまわなきゃ、大好きなあの子に会えない
目に映る世界を片っ端から消していく
時にはその世界の英雄や勇者といった存在が私を倒そうと躍起になって向かってくる
だけどそんな程度、私が指を少し動かせば消えた
神と名乗る力ないやつらも、ほんの少し力を込めて指をはじくだけで消えていった
目的は達成できているはず、それなのに何でこんなにむなしくて悲しいの? もう一人の私の影響なの?
色々考えて答えを探しながらも世界を消して消して、誰が歯向かおうともただ消し続ける。 きっと私は今試練の時なんだ
どんな状況でも非情な判断を下して、全ての世界を消し去った時、私の前にあの子が現れるはずなんだ
「お姉ちゃん…」
どこかでそんなつぶやきが聞こえた気がする。 たぶんあの子の声、いえ、絶対にあの子の声で間違いない
だって、今でも私の心にはあの子の笑顔と私を慕ってくれる声が残っているんだもの、間違えるはずなんてない
「お前たち! 逃げるんだ! こいつはお父さんが引き付けておくから早く!」
私の目の前には男が一人、この世界の英雄らしい
その男は自分の家族を守るように私の前に立ちふさがった
そんな光景を見ると私は頭が痛くなり、何かを思い出しそうになる。 それはとてもつらい思い出。 思い出さなくていい
私をこんな不快な気分にさせて、許せない
「逃げろ! とにかく遠くへ!」
逃げようと走り出した男の妻と子供を一瞬で消して見せると、男は茫然としてその場に立ち尽くした
「アリア、トーレ、メリッサ…」
家族の名前を呼んでいるんだろう。 男はその場で泣き崩れたが、意を決したように立ち上がると剣を構えた
「何でだ! なんでこんなことを!」
うるさい、耳障りだ
そんなこと私も知らない。 でも、力が、本能が、世界を消せって私にうるさく命令してくる
剣を振りまわして私を斬りつけた男を見つめる
「なんだ、お前、は…。 神剣の一撃、だぞ? 傷一つついて」
男の頭から指を添わせるようになぞると、男は消えた
「家族を、守る…。 家族、守る? 私は、これを知っている? 何が、どうして、私はなんで」
混乱してきて頭が痛い。 心臓があるのかないのかもわからないけど、私の中で何かがずっと脈打って鼓動して、痛いほどに胸を打つ
それでも私はその痛みをこらえて次の世界へ、また次の世界をと破壊し続ける
破壊の神ではなく、破壊そのものだと理解して、無慈悲な破壊をただただ行う
「消えろ! 消えて消えて無くなれば、何も考えなくていい」
無慈悲で優しい破壊を。 人も動物も魔物も、神も仏もどんなにすごい生命体だろうと、生きるというそれ自体の苦しみからは逃れることはできない
ああ、なんて素晴らしいんだろう、消すと何もなくなって、悩みも、苦しみも、怒りも、悲しみも、辛いことは全部消えて無くなる
私は、あの子と二人でこの何もない世界を生きるんだ
(それでいいの?)
涙を流しながらそれでも私は止まらない、止められない、止まることができない
私を見て驚く奴もいるし、悟ったような顔でおとなしく消えるやつもいる
私を知っている奴もいたし、喜んでから絶望したやつもいた
私は、誰だったんだろう?
全ての世界のうち3割ほどが私の手で消えた
まだまだ、まだまだ、まだまだ
(もう、やめようよ。 あの子もそんなこと、望まない)
私の中の私は、溶けたはずなのにまだ何かを言っている。 知らない、お前は早く消えて
こいつが消えなきゃ私の涙は、この忌々しい感情はきっと消えない
「早く、消えろ!」
押さえつけても、押さえつけても、私の中の私を完全に消すことができない
そしていつしかもう一人の私を抑えれなくなってきていた
「お願い、私を受け入れて。 元のあなたに戻るだけ」
「うるさい! もうわめくな! お前なんて私じゃない!」
こういう言い合いをしている間、私は体の自由を奪われ手何もできなくなる
本当に忌々しいのに、そうして欲しいと望んでいるときもある
私は本当は、世界を消したくなんてないの?
もう一人の私を受け入れてしまえばどんなに楽だろうか、でも、それは今の私を消してしまうことに繋がる
「ちがうよ、私も、あなたも、同じ私だもの、ただ元に戻るだけだよ。 彼を取り込んで、彼の意思に振り回されちゃダメ。 一緒に、彼を止めるの」
「彼?」
「ルーナ、自分を受け入れて彼を救って」
一体何を言ってるの? 彼ってだれ?
「大丈夫、私達ならきっとできる」
もう一人の私の話を聞いていると、私の中で何かもやもやしたものが膨らんでいくのが分かった
「僕は! まだ消えてない!」
そうして私も、もう一人の私も、彼に飲み込まれて、暗い暗い奥底へと再び追いやられた
ああ、私がもっと早く自分を受け入れることができていたなら
そうだ、私は罪悪感で、もう一人の私が本当の私だったんだ
私達は、サニア…。 ルニアのお姉ちゃんで、罪を背負い続ける者
ルニア、ごめんね、ごめんね、ごめん、ね
そこで私はプツリと世界から断絶された
ここで混乱を避けるために書いておきますと
ルーナ=本名サニアで双子の姉
サニー=本名ルニアで双子の妹です
この関係性をかいたのが結構前なので一応です