石野の異世界放浪記12-1
この世界に国や街や村はない
国境など争いのないこの世界に必要ないからだ
そこら中に妖精と精霊が舞い、この世界にいない人間を見て興味を持って接してくる
妖精たちはイタズラ好きで、精霊達はそれを咎めて優しくしかる
精霊と妖精はまるで親と子供のようだった
「こちらが私の姉の炎の精霊が管理する場所です」
炎の精霊は激しい女性だと氷の精霊が教える
彼女はなぜだか名残惜しそうに岸田を見ていた
「さてと、ここの管理者さんに会いに行くっすよ」
岸田がその一歩を踏み出そうとした途端氷の精霊に腕を掴まれ引き寄せられた
「もう我慢できない! はむぅ」
突如岸田の唇を奪った
「むぐぅ!? ちょ、なにするっすか!」
岸田が驚愕の声をあげると氷の精霊は恍惚とした表情で舌なめずりをしている
「はぁ、最高です。 あなたのような美しい女性、私は大好きなのです」
またすり寄ってきそうなので慌てて全員走り出した
「うう、まぁ女の子しかいないからわからんでもないっすけど、唐突なのは勘弁してほしいっすね」
岸田はため息をついて石野を見る
(俺もいつか石野さんと…。 ハッ! 何考えてるんだ俺は! 俺は男、俺は男…。 あ、でも今は女の子になってるし…。 あれ? そうすると俺は女の子だから問題ないわけで。 すると俺は何なんだろう? 転移したときに変化が起これば元に戻らない。 俺は一生このまま。 最近石野さんを見るとドキドキするし…。 トコちゃんにはああいったけど、多分俺は)
心でそう思いながら石野を見て顔を赤らめる
「どうした? まだショックなのか? まぁ、突然だったから無理もないか」
石野は困ったように笑い、再び歩き出した
ここは炎の精霊が守護する場所
活力に満ち溢れた場所だった
「妖精もすっごく元気っすね。 イテテ、こらこら、髪を引っ張らないで欲しいっす」
「でも可愛いですね。 私妖精なんて初めて見るから可愛くてしょうがないですよ」
テンコも妖精を手のひらに乗せて喜んでいる
「む、来たようだな」
石野の目線の先には真っ赤な髪を持つ鋭い目を持った女性が現れた
その女性は氷の精霊と初めに会った時と同じようにこちらに敵意を向けている
「待ってくれ! 俺たちは敵じゃない。 これを!」
石野が氷の精霊からの紹介状を取り出すとそこから氷雪が湧き出し、声が発せられた
「エリオちゃん、この子たち、自分たちと同じ世界から来た人を探してるみたいなの。 協力してあげてね」
炎の精霊はその声を聞けたのがうれしかったのか、満足そうにその紹介状を受け取って懐にしまう
「フロリアからの紹介か。 敵意を向けてすまなかった。 君たちと同じ世界から来た住人を探していると聞いたが、残念ながら私は分からない。 もしかしたらペリシモなら何か知っているかもしれん」
エリオという炎の精霊が申し訳なさそうに答える
「ペリシモは私の妹だ。 樹木の精霊で、少しおっとりした可愛い奴だぞ」
自慢げに語るエリオ
「で、案内してもいいんだが、少し頼まれごとを聞いてくれないだろうか?」
「ああ、それくらい構わないっす。 何をしたらいいっすか?」
「その、何というか、君が欲しい」
「はい!?」
またしても告白された
エリオはゆっくりと近づいて岸田の手を取るとその手の甲に口づけをした
「ああ、何と美しいのだろう。 見てくれのことではなく、その高貴な魂がだ」
彼女たちの目には岸田の魂が見える
純白の汚れなき高潔な魂が
その魂が彼女達精霊を引き寄せる
「さぁ、私の元へおいで。 大丈夫、私がこの先ずっと君を愛し続けよう」
「そ、それは勘弁してほしいっす。 俺にはまだやることがあるっすから」
エリオはニコリと笑うと冗談だと言って後ろを向いた
「悪かったな。 少し私と手を繋いでくれるだけでいい。 それだけで私は満足しよう」
エリオは岸田に手を出して握手を求めた
「これくらいなら…。 そのまま連れて行くとかなしっすよ?」
「大丈夫。 私達は嘘をつかない」
握手を交わすと、エリオは指を添わせて愛おしそうに岸田を見つめる
そして手を放した
「じゃぁ案内しよう。 おっと、案内する前に一つ忠告しておく。 ペリシモのいる場所は温かく過ごしやすい場所だが、イタズラ妖精たちが最も多い。 彼女たちに気を付けることだ。 多分君たちなら大丈夫だろう。 特に精霊を魅了する君ならば」
エリオは不意に岸田の頬にキスをした
彼女は気づいていいない。 精霊のキスには意味があると言うことを
「こっちだ。 もう少しで着く」
エリオの案内で二日ほど歩くと木々生い茂る森林に着いた
「良い匂い。 花の香りがしますね」
テンコは木々に咲き誇る花を撫でて香りを嗅ぐ
「気をつけろ!」
エリオに言われてビクッと体を震わせると、テンコが嗅いでいた花が噛みついてきた
「こら! 悪戯が過ぎるぞ!」
その花は妖精が化けたものだった
妖精はクスクスと笑うとその場から飛び去った
「まったく、とりあえずこれを持っていきなさい。 これはイタズラ妖精の嫌う臭いを発する匂い袋だ」
「ありがとうございます」
テンコが受け取り、全員にいきわたらせた
「それじゃぁ私は戻る。 ペリシモによろしくな」
エリオと別れ、森林の奥へと分け入っていった