石野の異世界放浪記11-10
ホロランドは幻の都市だった。 このことは世界中に衝撃を与える結果となった
教皇もすでに死体となって発見されている
この街の住人は誰一人として生き残っておらず、街を出ていた人間も戻って来た時に殺されていたようだ
「これだけの数の人間を逃がすことなく殺しつくすなんて、人間の仕業とは思えないですね」
「人間じゃないっち。 あちきと同じ、月兎だったっち」
トコは自分の見たものを正直に話した
それをやったのが亡くなった自分の大切な者達だったことも
そしてそれをさせたのが異放者という、天地がひっくり返ろうとも勝てそうにない、別の大世界から来た存在だと言うことも
「話が大きすぎて見えないよ。 僕らはそんな相手にどう立ち向かえばいいんだ」
「立ち向かわなくていいっち。 やつはあちきがこの命に代えても仕留めるっち」
トコは自分が死のうとも必ず異放者の息の根を止める気でいた
だが石野がそれを制する
「トコ、お前の敵は俺たちの敵だろう。 大丈夫だ。 俺たちはお前の前からいなくなったりしないさ」
石野はトコに手を向ける
そしてゆっくりとトコはその手を握った
「ありがとうだっち石野。 あちきは石野のおかげで戻れたんだっち石野がいてくれるなら、あちきはもうどんなものことでも乗り越えられるっち」
トコは石野に抱き着き、その唇にキスをした
「む、ぐ、トコ!」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけでいいっち」
岸田はそれを見て自分の心臓がゾワゾワするのを感じる
(なんすかこれ…。 二人を見てるともやもやするっす…)
岸田の心は男と女の間で揺れ動いている
再構築された体はすでに元に戻ることはない
この先死ぬまで女性として生きるしかない岸田はその心に女性としての自覚も芽生えていた
だが石野に対する恋心は未だに気づけずにいた
「石野、行くっち。 異放者はもうここにいないっち。 でもあちきの仲間たちは未だこの世界に囚われてるっち。 月兎の幻術の解き方を教えるっち。 きっと別の街もホロランドのように幻惑の街になっているはずだっち」
それを聞いたマイズ含めギルドのハンターたちはトコに幻惑の解除法を聞いて、準備に数日をかけて世界中に通達を送り旅立った
「あちきたちもいつでも行ける準備をしておくっち。 月兎や天人にはこの世界の住人は勝てないっち。 戦えるとしたらマイズ達と、テンコくらいだっちね」
天人と月兎は地球世界の月に住む種族。 地球に住む者で気づいた者はアポロの乗組員くらいだろう
彼らもまた月兎の眼によって記憶を改ざんされていたのだが
同じ世界に住んでいたマイズ達ならば月兎とも十分戦える
だが天人の強さは一線を画している
天人と戦えるのは覚醒した眼を得たトコと石野、岸田、そしてテンコくらいだった
世界中に伝令が走ってから数日後、やはりいくつかの街が幻惑だった
そして、その中に月兎たちの隠れ家があった
場所はこの街から南に20キロほど離れたそう遠くない場所
キャバロバという小さな村だった
そこに隠れていた月兎たちは皆一様におびえ切っており、一人の少女を守るように囲んでいたらしい
「すぐにそこに行くっち! 石野、岸田、一緒に!」
石野はリュコとリコを召喚し、それぞれでその背に乗った
「トコの仲間がこんなところにいるとは、我も驚いたぞ」
「うむ、主殿、必ず助けるでござる」
街の住人は神獣であるリコとリュコの変化した姿を見て驚いたが、その神聖な気配に感嘆の声をあげる
そして光のように駆けていく石野たちを見送った
「ついたでござる」
キャバロバはすでに滅んでいた
やはり住人は皆殺しにされており、骨が積まれている
それをやった張本人たちはハンターたちに囲まれておびえた表情で見つめており、その中心にいた少女は震えていた
「そこをどくっち…! ミミ、マチ、アスナロ、タユヤ、ああ、ラキナまで!」
トコはそこでおびえていた月兎たちの名前を呼んだ
皆かつての友人たちで、トコの目の前で命を奪われた者達
「トコ! トコなの!?」
月兎たちは集まってきてトコを囲んだ
その後ろをフラフラと立ちあがって駆け寄る月兎たちに守られていた少女
彼女こそトコの主一家の一人娘だった
「リミ様…」
トコは彼女に抱き着く
「ト、コ…」
彼女の喉には首を斬られて殺された時の大きな傷がはっきりと残っており、話しにくそうに少しずつ声を搾り出していた
「ト、コ、生きて、て、くれ、て、よかった」
リミはトコを抱きしめる
「この子たち、どうしましょう。 まるで害がないように見えますよ。 本当にこの子たちがこの惨状を作り出したんですか?」
「それは間違いないっち…。 あちきの眼は過去を視たっち。 正しい過去を。 でもこの子たちは何も悪くないっち! ただ異放者に操られてただけなんだっち!」
トコは悲痛な叫びと共に自らの過去をその場にいた全員に明かす
そしてこの場にいる月兎とリミの無実を訴え続けた
「なんと、このような幼い子らを使って殺戮をさせるなど…。 その異放者とやらは邪悪に心が染まり切っている」
その場にいたハンターたちはトコの言う言葉を真摯に受け止め、月兎やリミを許した
中にはこの村出身のハンターで親を失った者もいたにもかかわらずだ
「とにかくこの子たちはギルドが保護しよう。 可哀そうに、こんなに震えて」
月兎たちとリミに温かい毛布を与え、食事をふるまった
彼女たちがなぜ蘇り、このような悲劇を強制させられたのかは異放者のみが知っている
既にいなくなったい異放者を追うしかない
「保護なんていらないっち。 リミ様、ミミたちと一緒に本当の世界に帰るっち。 地球の月へ」
「ト、コ…。 私、達、は、もう、あそこに、戻れ、ない。 記憶が、私達、を、苦し、める。 恐怖に、囚われて、抜け、出せない」
リミの目の奥には今でもあの日の恐怖が染みついている
眼を閉じればあの時の光景がよみがえり、体の震えが止まらない
「で、でしたらアマテラス様に保護を求めましょうだっち! あの方は私を助けてくれたお優しい女神様だっち! それにツクヨミ様だっているっち!」
「ツ、ツクヨミ、様、も?」
「そうですっち。 大昔から月の民に加護を与えて下さっていたツクヨミ様だっち! あの方は、間に合わなかったと嘆いていたっち…。 今でもずっと心を痛めておられるっち」
リミはその名前を聞いて安心したようだ
天人はツクヨミの眷属であるからだろう
「行、く。 トコ、連れて、行って。 ツク、ヨミ、様、の、元へ」
トコはその言葉を聞いてリュコ、リコと共に神力を練った
「リミ様、あちらで待っていてくださいっち。 トコは役目をはたして再びリミ様に会いに行くっち」
「う、ん、トコ、待って、るね。 私の、大好、きな、トコ」
トコたち三人の間にゲートが開く
直接神々が住まう場所に繋がっている。 それもツクヨミやアマテラスのいる神社にだ
リミと月兎たちはゲートをくぐり、ツクヨミの元へと戻ることができた