5-1
幻想の楽園の最奥、そこには未だに始まりを司る者が鎮座していた。 彼女には名がない。 彼女以前に意志ある生命はおらず、その全ての始まりが彼女だとされていた。 故に原初、または全ての母と呼ばれることが多い。 彼女は誰にも干渉せず、また干渉されることもなかった
そんな彼女が数千年前にただの人間に恋をし、一人の娘を儲けた。 あまりにも力を持ったその子はあることをきっかけに力を覚醒させ、大神、闇、コシコデンによって封じられ、どこともわからない世界へと幽閉されている
原初はそれだけが気がかりだった。 愛おしい娘のことはいつも見守っていた。 だからこそ娘の危機には駆け付けたかった。 しかしこの場所がそれを許さない。 幻想の楽園は今や彼女によって支えられ、彼女がいなくなれば崩壊し、その崩壊の波によってさまざまな世界へと影響を与えてしまう
それは彼女の意図するところではない。 彼女は世界を愛していたから
「マルカ、私のマルカ。 会いたい」
その願いはまだ叶うことはない。 彼女がこの世界を支えている限りは
そんな中、彼女の元に一人の黒い男が来た。 男は顔に横一文字に傷があり、一見すると女性のようでもある綺麗な顔立ちをしていた
「やっと見つけた。 幻想の楽園、原初。 さぁ僕に力を!」
男は手を広げて周囲の力を吸収し始める
「待ちなさい! ここの力はあなたでは!」
原初は止めようとするが一足遅かった。 男はかなりの量の力を吸収し、満足げな顔をしている
「ハハ、いいねー。 これこそ僕の求めていた力だ。 これで、全ての世界を壊してやる。 まずは実験だよねぇ!」
原初は焦るが、ここから動けない。 誰かに伝える術もない。 かつての力はなく、彼女は今や自分の力で出来たこの世界を抑えることしかできていなかった
「誰か、あの男を止めて! 誰か!」
その声はむなしく響く。 彼女の心配はただ一人の娘のことだった。 愛した男が死んだのを知った今、彼女の全てはその娘、マルカだけだった
顔に傷のある闇の男、それを追うこととなったルーナ達だったが、幻想の楽園への手掛かりが全く見つけられないでいた。 そこはどこの世界にも属さず、常に移動している世界で、大神たちにも場所をはっきりとつかむことができなかった。 しかし大体の場所なら特定できるようで、そこからしらみつぶしに探すこととなった
「むー、俺様のアカシックレコードじゃ探せないぜな。 原初はアカシックレコードよりも前に誕生した存在だぜな。 記録が全くないぜな」
パリケルも困り果てわめいているが、皆それを無視して手掛かりを探していた
「まぁ落ち着けパリケル。 闇の痕跡が分かれば辿れるはずだ」
「確かにそうなんだけど、その肝心の闇の痕跡がないぜな。 確かにここに来た痕はあるけどそれ以上辿れない。 これは明らかにおかしいことだぜな」
どういうわけか闇の痕跡はこの世界の端で途切れていた。 まるでそこから瞬間的に消えたかのように
「でも、逆を正せばこの世界の近くに幻想の楽園があるってことじゃないかな?」
いなみの言葉に一同がハッとする。 闇はここに確かに来ていた。 その痕跡がちょうどこの場所で完全に途切れている。 それならば、ここから幻想の楽園に移動した可能性が高いということだ
「そうだ! 蓮十郎、お前ここに力を放ってくれないか?」
「ぼ、僕ですか!?」
突然そう言われて驚くも、自分の役目を理解したのかすぐに空間に向けて次元の力を放った。 途端に空間にひびが入って次元を歪め、そこにあるものが浮き彫りになった
「これは…」
「まさか本当にあるとはね。 これが、ここが幻想の楽園」
そこには強力な力の嵐が奔流し、離れているのに立っているのもやっとだった。 そこにルーナからシフトしたサニーが降り立つ
「私、大丈夫みたい。 ちょっと見て来るわ」
この力の嵐の中、サニーは全く動じずに歩みを進めていく。 それに続いてレライアといなみ。 パリケル、蓮十郎、リゼラスはこの力にあらがえなかったため待機となった
「あっちの奥に何かの気配が…。 まさか闇?」
「いやそれはないだろう。 全く闇の気配が、いやそれどころか神の気配でもないな。 何なんだ?」
少し進むとそこに悲し気にうつむいている女性が座り込んでいた
「あの」
話しかけようとするとその女性はかなり驚いていた
「あなたたち、どうやってここに? この世界はあなた達神では近づけないはずです」
そう女性は告げるが、三人は現にこの力の流れに耐えきれている。 それはひとえに三人とも絶大な神力を持っていたからだろう
「あなたは誰なの?」
「ここに来たということは分かっているのでしょう? ここが世界の始まりだと」
彼女は原初。 それに気づくのに時間はかからなかった
「まさか、貴女が、原初」
「ええ、そうよ。 私は始まり。 全ての始まり。 それで、ここに来たからには覚悟はできているのでしょうね?」
「覚悟? なんのよ」
「あら、私の娘を封じておいてよく言うわね? 消えてもらうから覚悟しなさいね」
ゆっくりと立ちあがる原初。 笑ってはいるが怒りがふつふつと沸き立ち、サニーたちの肌をチリチリと焼く。 あまりの力の差に三人は全く動けずにいた。 ゆっくりと、一足ごとに大きな力を動かしながらサニーに迫る
彼女の手が伸び、サニーに触れる直前。 一つの光がそれをせき止めた
「ハァハァ、ま、間に、あった」
そこに立っていたのはなんと、力の女神エイシャだった