石野の異世界放浪記9-5
バトランテから魔人の気配は消えた。 後にわかったことだが、この国の住人も誰一人として魔人がいたことなど夢にも思っていなかったようだ
「次の闇に取り込まれた魔人の情報が来ました。 魑魅魍魎たちが頑張ってるようです」
「ふむ、後で何か礼をしなければな。 魑魅魍魎は何が好きなんだ?」
「果物なら何でも好きですよ。 食べる量は少しなのであとで買っておきましょう」
次に入った情報は、この国より南下した南国、テラフォトという国だった
南国とはいっても年中雪の降る雪国である
既にギルドには伝わっており、テラフォト国領内にあるグラノスノウという山の包囲が始まっていた
山の頂上付近にその魔人はおり、何をするでもなくただ佇んでいるそうだ
「取りあえず俺たちで登ってみる。 あんたらは待機しててくれないか?」
その言葉に手柄を独り占めされると思ったのか、不満を言う者もいた
「この方たちは新人ではあるが、すでに魔人を二体倒している。 お前たちの中でたった二人で魔人を倒せる者はいるか?」
ギルドマスターのその言葉で文句を言う者はいなくなった
なにせ魔人一人を倒すのに最上位ランク五人掛かりでやっとだったほどだ。 それを石野たちはいとも簡単に倒している
「ふむ、では行ってくるとしよう」
石野を先頭に岸田、レコの順で山へと入っていった
吹雪が吹き荒れるため、レコが狐火によって快適な空間を作り出す
「標高はあまり高くないですが、さすが年がら年中雪の降りしきる山だけはありますよ」
そう言ったのはこの山のふもとに住み、登山者の案内を仕事としている地元の青年だった
彼は危険を承知ながらも石野たちの案内を買って出た勇気ある者だ
「普通の山と比べても登りやすいのですが、吹雪のせいでかなり登りずらいですよね。 まぁでもコツがあるんですよ。 この吹雪は一定確率で止むんです。 その時を狙って一気に進む。 それまでは体力を温存しつつゆっくりと登っていけばいいんです」
彼の言う通り、吹雪はしばらくすると止んだ
そこを狙って一気に駆け上がり、八合目辺りでまた吹雪だした
「さっきより激しいっすね」
「頂上に近くなったからですよ。 頂上に近いほどここの吹雪は危険になるんです。 もうしばらく歩けば山小屋があるのでそこで少し休みましょう」
彼の案内で危なげなく山小屋までたどり着き、そこで休憩することとなった
レコの狐火のおかげで凍えることもなく、非常に快適だった
「すごい魔法ですね」
「魔法じゃないですよ。 妖術です。 私は元々妖怪族なのです」
妖怪族という単語に聞き覚えのなかった案内人は首を傾げた
「あ、妖怪族というのは種族名でして、妖術という特殊な力を使えるんです」
「へー、そんな種族もいるんだね。 僕はこの国の外には出たことないから知らないことが多いんだよ」
レコを子供だと思った彼は優しくレコに語り掛けた
「お、吹雪が止んだみたいだ。 もう少しで頂上です。 頑張りましょう」
吹雪の止んだ隙を突いて再び山頂へと駆け上がり、一気に頂上へとやって来た
「ここが頂上、あ、あそこになんかいるっす」
中心あたりに巨石が置いてあり、その上に女が一人立っていた
その気配は明らかに闇に染まっており、目をつむって佇んでいる
「あれ、魔人、ですよね? ぼ、僕は素人だけど、危険だってのはよく分かります」
「あなたは離れててください。 ここは俺たちが」
石野がそう言い終わらないうちに女は目を開き、ニタリと笑って石野の目の前に一瞬で移動した
「ウジュルル。 美味しそうな男…。 男二人、食べたい。 そっちはいらない。 死ね」
女は衣服を着ておらず、体中が血のようなもので汚れ、腐ったようなにおいが鼻をついた
爪は長く、髪はボサボサで、ねじれた角が一本右から生え、左の角は根元から折れていた
「ジュル、食べ、させて」
ギザギザの歯が生えた口を大きく開けて石野にかぶりつこうとするが、それを殴って止める
「き、気持ち悪い奴っすね」
爪でひっかきながら襲ってくるが、その動きは単調で簡単に受け流せた
「こいつ、力を持ってる割には弱いっすね」
「油断するな。 何か隠しているかもしれん」
しかし女は一向に戦闘スタイルを変えず、一方的に攻撃され続けていた
やがて体力を消耗しきり、動かなくなる
「倒した、のか?」
かろうじて生きているようだが、息も絶え絶えの女、その体から黒い靄が吹き出て空へと消えていった
「今の、闇の力です。 もしかしてこの人…」
闇の力が抜けた女に治療を施し始めるレコ。 ミコと共に彼女の傷を癒した
「これで大丈夫でしゅ。 この人、魔族みたいしゅね」
「ま、魔族!? こんなところにですか?」
案内人が言うには、この世界の魔族は魔国から出てこず、争いを好まない種族らしい
それ故に魔力が高く力の強いはずなのに一切侵略もせず、むしろ一昔前まで人間の方が魔族の領地を狙って攻撃していたほどなのだとか
しかしやはり力が強く、猛者ばかりの魔国を一向に攻め入れずに数十年前に和睦と友好を結んで今はそれぞれで国交もあるのだとか
「でも、魔族はやっぱりめったに見ません。 こんな遠くの国にまで来てる魔族は初めて見ましたよ。 というより僕自体魔族を見るのが初めてなんですけどね」
彼女を介抱し、伸びきった髪の毛を少し切って顔を見た
案内人はその顔を見て頬を染める
「ん、く、あ、れ? 私、何を…。 それにここは?」
どうやら魔族の女性はなぜここにいるのか何も覚えていないようだった
しかし、ところどころで記憶が残っていることもあり、頭を抱えた
「私、人を、食べて…。 うっ、おえっぐっげぇっ」
自分が人を喰っていたことを思い出したのか、胃の中身をすべて吐き出す勢いで吐き続けた
「あっぐっ、そんな、なんで、私は、ぐぇうぅ、ぜぇぜぇ」
吐き気が止まらず、なぜこのようなことになったのかも分からずに彼女は泣き叫んだ
「お、落ち着くでしゅ。 とりあえず」
ミコは彼女を噛んだ
「即効性の睡眠毒でしゅ。 しばらくは眠るはずでしゅよ」
ミコのおかげで彼女は眠りにつき、石野が抱えて山を下りることになった
裸だった彼女にはレコが服を着せて毛布でくるんであげた
「この子は僕が面倒を見ます。 落ち着くまで誰かが見てあげた方がいいと思うので」
案内人の青年は自ら彼女の世話を買って出た
「ひとまず、もうその女性の危険性はなさそうです。 ただ、相当なショックを受けていたようですので、心のケアが必要かもしれません」
彼に魔族の女性のことを任せ、石野たちは次の闇化した魔人の位置を調べて向かった
後にこの案内人と女性はお互いに愛し合い、この世界で最初の魔族と人間のカップルとなる