召喚勇者は笑う
逃げ帰って来たリゼラスのけがはひどいものだった
肋骨は砕け、肺の一つといくつかの内臓は破裂し、鼻と口から大量の血を流している
フラフラと足取りも弱く、勇者に持たされた禍々しい槍を杖代わりに皇帝の前に現れた
「ごふっ…もうじわげ、ありまぜん」
血を吐き出しながらもそれだけ言った
勇者がゆっくりと近づく
「そうか、負けたんだね」
「よく、頑張ったね」
勇者が彼女の傷口に手を触れると見る見るうちに折れた肋骨、破裂した内臓は回復した
粉々に砕けて大きく胸元が見えていた鎧も修正し、流れ出て体中に付着していた血液も消える
「これは?」
驚くリゼラス
あれだけボロボロで今にも意識のとびそうな体が全くの健康体、むしろ力すら湧くような感覚がある
「僕の力だよ」
「これでまた行けるね」
にこやかだが有無を言わせぬ迫力がある
それに、勇者に惚れ、さらには洗脳までされている彼女に断る理由などない
はいと答え、恍惚の表情を浮かべる
自分は今この方の頼りにされているのだと言う実感を感じる
破壊神の次元渡りの余波は確認できている
今追えばまだ追いつけるだろう
すぐに支度を整え、騎士達を選抜した
その中には先の戦闘で傷を負わないまでも心に大きな恐怖を植え付けられたものもいたが、勇者の洗脳によって手足がちぎれ飛んでも戦い続けるような狂戦士のような状態に仕立て上げられる
旅立つ前にもう一人勇者が連れて行くといいと言った人物がいる
それは戦士風の男で、体格は普通だが、捻じ曲がって生えた角とその体に刻まれた傷が彼の風貌を歴戦の戦士として認識させた
腰に下げる剣は聖剣だろうか、うっすらと光を放っている
彼の名前はグリド・アベリウム
貪欲に強さのみを求めた戦士であり、帝国でもかなりの実力者だ
帝国には彼を含めて7人の個人で絶対的戦力を誇る者たちがいる
彼は剣聖の幽鬼と呼ばれる聖剣の使い手で、素早さを誇る剣技と亜空切断という特異な技で上り詰めた実力者だ
「グリド殿ほどの者をですか?」
そう聞くのも無理はない
帝国の最高戦力である一人なのだ
そうおいそれと国を開けるわけにはいかない
「大丈夫、ここには僕がいる」
「何が攻めて来ようと守り切って見せるよ」
甘くささやく声にうっとりと聞きほれる
その言葉だけで何の心配もいらない、すべてを任せられると思えた
グリドはよろしく、とだけ答えると他の騎士たちと同じように隊列に加わった
そして、再び次元渡りが始まる
バチバチと電撃がほとばしる室内
それをみてほくそ笑む勇者の不気味な顔
まるでこの戦いを楽しんでいるかのように…
勇者はリゼラス達を見送ると顔に張り付いた笑みを消す
先ほどとは打って変わって無表情な顔
誰かが見ていれば思わず悲鳴をあげそうなほど何の表情もない能面のような顔
彼が何を考えているのか知る者は彼以外にいない
勇者はジッと自分の手のひらを見た
その手のひらはひび割れ、隙間から何か得体のしれないものが漏れ出ている
「まだ大丈夫そうだ」
ぽつりとつぶやく
手のひらのヒビはぐちゅぐちゅと戻り、元通りの手に戻った
誰も気づいていない
彼が何者か、誰も…