石野の異世界放浪記6‐1
後味の悪い事件だった
この世界で出現した闇の力を持ったトラウバルトと言う貴族
彼は力を与えられたと言っていた
神獣たちは闇について詳しくは知らない
それこそ気配が分かる程度だ
「でもまぁ何とかなってよかったよ。 君たちのおかげでね」
リュウエイは石野と神獣たちに礼を言い、握手した
それと同時に彼の体が光り、石野の力となった
レコはその能力を解析した
「リュウエイさんの能力は“纏い”ですね。 様々なエレメントを体に纏って自らの力とする能力のようです」
「何これ?」
リュウエイの疑問に対して石野は説明する
「なるほど、君の力になれるってことか。 うん、それならお安い御用だよ」
彼は快く召喚を承諾した
「ところでリュウエイさん。 私たちにはあなたを地球へ戻す力があります。 戻る気はありませんか?」
「うーん、僕はこの世界が気に入っててね。 あっちに帰っても何もないし。 それに僕はこの世界の人達を守りたい」
「そうですか。 ではその意思を尊重します。 私たちは次の世界へ行きますね」
レコとリュウエイは再び握手を交わし、別れを告げた
借り物の転移の力を使い、ゲートを開き、次の世界へと渡った
「レコ、もう大丈夫なのか?」
「はい! まだ少し、男の人は怖い、ですけど。 私はもう大丈夫なのです! あ、石野さんのことは怖くないですよ」
微笑むレコの頭を撫でてやると目を細めて喜んだ
ゲートを通った先、そこはすぐ近くに城の見える平原だった
石野は犬の玉を取り出す
「ワコ、気配を探ってくれ」
「はいですわん!」
ワコが飛び出て鼻をひくひくさせる
「ん? もう反応がありますわん! あの城からですわん」
指さしたのは目視できるほど近くにある城
ゲートを出てすぐに見えていた城からだった
「行ってみよう」
すぐに歩き出し、道を進んで城のある街までやって来た
この街には様々な種族が溢れ、レコやワコも獣人として溶け込んでいた
街の中心に城があり、観光地となっているのか出入りが自由となっているようだ
「出入り自由な城とは珍しいのです。 石野さん、入ってみましょう」
レコは時折男を見てはビクッと反応しているが、石野がしっかりと手をつないでいるため震えは納まっていた
城の中に出入りしているのは観光客以外に職を求めている者もいるようだ
どうやら研究者を探しているらしく、面接をしているゴシックロリータのような服を着た少女が対応していた
「はいはい、騒がないで~。 順番に面接するから一列になって~」
「名前を呼ばれた人から順番に部屋に入るですに。 合否はその場で伝えるので合格した人はそのまま残っててくださいですに」
面接をするという二人の少女
どこかこの世界の住人とは隔絶したいで立ちだ
「あの二人、この世界の住人ではないみたいですね。 マナの波長が違います。 かといって地球人でもないみたいです」
「まぁこれだけたくさんの世界があるんだ。 別世界から別世界へ移動する者もいるんだろう」
しばらく城の中を歩き回ったが、異世界人の気配がいくつかあり、その居所をなかなかつかめない
「う~、鼻がおかしくなったですわん。 いろんな気配がありすぎですわん」
「そうか、ありがとうワコ、後は俺たちで探すよ」
ワコの頭を撫でると、満足そうに帰っていった
「さて、こういう時は聞き込みだ」
「はい!」
レコと共に城にいる人々に話を聞くと、一人の少女の名前が挙がった
しかもその名前は石野のよく知る名前
「まさか、こんなところにいるとはな…」
驚いた石野
その少女の名は、立木桃、この世界では勇者桃の名で知られている地球で最初の無差別転移被害者だ
「その子に会うことはできないだろうか?」
城にいた兵士に聞いてみる
「会えますよ。 あの子は気さくですからね。 多分この時間は城の中庭にいると思いますよ」
兵士に言われたように中庭に行くと、そこには薄いサクラ色の騎士鎧を着た少女がベンチに座っていた
「立木、桃ちゃん、だね?」
「はい、そうですが、あなたは?」
「やはり分からないか。 俺は石野正。 ほら、あの時君に異世界の話を聞いた元刑事だよ」
「え!? あの時の刑事さんですか!?」
桃が驚くのも無理はない
石野は現在アマテラスの力で若返り、神獣としての力を得ていた
「随分と、若返りましたね」
「いろいろあってね」
「石野さん、その方とは知り合いだったのですか?」
「あぁ、地球で恐らく最初の転移被害者だ」
「なるほど。 でも異世界の話を聞いたということは、この方は一度地球に帰ることができたということですよね? 何故また異世界にいるのですか?」
「それは、俺にも分からないが、桃ちゃん、どういうことなんだい?」
桃は今までのことを切々と語った
地球に戻った時、自分に居場所はなく、またこの世界に戻ることを願い、再び召喚されたことを
「ふむ、では地球に戻る気は」
「ありません。 私はこの世界で生きていきます。 それに、私この世界に恋人ができたんですよ?」
はにかみながら桃はそう告げた
「それは、おめでとう、と言うべきなのかな? まぁそれはさておき、もう一つ聞きたいことがあるんだ。 ルーナのことについてなんだが」
地球にいる時に桃に効いたルーナと言う少女
その少女の特徴は自分が養子として迎え、どこかへ消えてしまった少女に酷似していた
「ルーナちゃんは私たちの救世主なんです。 この世界を二度も救って旅立っていきました」
「二度?」
「はい、私がここに戻った時、この世界は消滅の危機にありました。 その時救ってくれたのがルーナちゃんたちなんです」
ルーナは上位の神々に消されそうになっていたこの世界を守った
消滅の神シンガを退け、消滅を免れさせたのだった
厳密にいえばシンガはアカシックレコードの力を得たパリケルに興味を持ち、兄神である天の神ラシュアにこの世界を消さないよう進言したのだが、そのあたりの事情を桃は知らない
桃の話を聞き、石野は何やら懐を探り何かを取り出した
「これを見てくれ。 写真なんだが」
それはルーナと一緒に撮った写真
石野と手をつなぎ、微笑んでいるルーナの写真だ
翼も角も尻尾もない人間の姿のルーナ
「この子…。 間違いないです。 この子が私のよく知るルーナちゃんですよ!」
これで一致した
桃の語るルーナは石野の養女となったルーナと同一人物だということが分かった
「やはり、そうか。 あの子は生きていたんだな」
ほっと安心する石野
「あの子も異世界を旅しているはずですからいつか会えますよ」
石野はそれを聞いてルーナに会いたいと強く思った
自分の娘としてあの子ともう一度暮らしたいと願う
「石野さんはしばらくここにいるんですか?」
「いや、俺には目的があってな。 次の世界へ行かなければならないんだ」
「まぁ少しくらい滞在してくださいよ。 紹介したい人たちもいますし」
「紹介したい人ってのは彼氏じゃないだろうな?」
「それもあるんですが、城の入り口あたりで面接をしてた人達見ました?」
「ああ、そう言えばしてたな。 面接」
「あの子たちも紹介したいんです」
「ふむ、まぁ少しなら滞在してもいいか。 どうだレコ?」
「大丈夫ですよ」
レコは尻尾を振りながら石野にうなずいた
「ところで石野さん、一緒にいるその可愛い子たちは?」
「ん? ああ、この子たちは地球の神獣だ。 アマテラス様の使いだよ」
「え!? アマテラス様って本当にいるんですか!?」
ずっと神話上の存在だと思っていた神様の実在に驚く桃
石野自身も神獣になっていることにさらに驚いていた
「その辺の話も聞かせてくださいよ」
桃は石野たちを連れて少し広い部屋へ招いた
「じゃぁちょっと待っててくださいね」
「何をする気なんだ?」
「ふふふ、異世界サミットですよ!」
そう言って部屋を飛び出し、桃は紹介したいと言う者達を呼びに走った