石野の異世界放浪記5‐4
段々と狭まっていく包囲網
既に兵士の幾人かは市民を守るために黒い化け物に殺されている
「何だこいつら。 斬っても斬ってもきりがない」
「こいつらは恐らく闇にのまれた者達ですの」
「闇に? どういうこと?」
ヤコは敵を斬りつけて空に落としながら語った
「以前ツクヨミ様から聞きましたの。 かつて闇は様々な世界の生き物を魂ごと闇に染め上げて自分たちの配下にしていたと。 黒族は力が強すぎて魂まで染まらなかったみたいですが、ただの生物なら簡単に闇に染まってしまうでしょう」
つまり、今現在戦っている化け物たちはもともとただの動物、魔物、あるいは人間だったということだ
闇に染まった者は元に戻ることはない
たとえ元人間であったとしても殺すしか救う手立てがないということだ
「じゃぁ、もしかしてあの人型の化け物って…」
「おそらく、人間だった者だと思います」
「くそ、どうしてこんなことに」
迫る化け物を斬り伏せていると、突如として化け物の動きが止まった
「なんだ? 急に動かなくなったぞ」
化け物たちが道を開け、そこから一人の男が歩いてきた
「あ、あなたは…。 トラウバルト、さん?」
それはリュウエイの知っている人物だった
この辺りを治める貴族、トラウバルト
街の住人達からの信頼も厚く、人権派として名高い人物だった
「なぜ、あなたが」
「お前らが、私の邪魔ばかりするからだよ」
トラウバルトの様子は明らかにおかしかった
目は赤く光り、体は黒く染まっている
右腕は大きな蟹のハサミのように鋭い
「だが、私は変わった。 もうこそこそと動く必要もないほどの力を手に入れた。 この力で私はこの国を、そして世界を、この手に収める。 私は竜のトラウバルト! この世界を支配する者だ!」
トラウバルトの体から黒いモノが流れ出、体を覆った
大きな卵のようになり、それにひびが入り割れた
「あれは、竜、なのか?」
真っ黒な禍々しい竜
無数の棘のうろこに覆われ、一つ目、裂けた赤い口、どろどろとした液体の滴る爪
尾は殺すためだけにあるように鋭い
「来ます! かまえて!」
リュウエイが全員に戦闘態勢を促した
兵をなぎ倒し、こちらにまっすぐ向かって来るトラウバルト
幸いにも隙を見て市民を逃がすことは出来たが、兵たちでは束になっても回りにいる化け物一匹にすら勝てないありさまだ
「石野さん、私達を出してください!」
狐と書かれた玉からレコの声がする
「レコ、しかしまだお前は…」
「大丈夫です! 私たちは、神獣、神様が愛する人々を守るために生まれたのです! だから、お願いします!」
石野は分かったと一言告げ、すべての玉に力を込めた
玉から次々と神獣が飛び出す
「犬神、ワコ!」
「猫又、ニャコ!」
「蛟、ミコ!」
「鵺、ヤコ!」
「狒々、エコ!」
「刑部、ポコ!」
「白狐、レコ!」
それぞれが自らの名前を叫び、石野の前に勢ぞろいした
「石野さん、見ていてください! これが私たちの全力です!」
「うむ、このくらいの闇、払えないで何が神獣であるか!」
レコとエコはうなずきあう
二人ともまだ心の傷は癒えていないが、立ち向かおうとしているのだ
「「「七神獣一体! 大罪天沙汰!」」」
7人の力を合わせた大技
神の力を行使する力がトラウバルトに襲い掛かる
光が天から降り注ぎ、まず周りにいた黒い化け物を消滅させる
その光が集約してトラウバルトを攻撃した
不思議なことに、黒い化け物以外にこの光は効かないようで、光を浴びた人間は逆に傷が癒えていった
「神の、光?」
リュウエイはその神々しさにつぶやいた
光が収まり、後に残ったのはボロボロになったトラウバルト
彼はまだ辛うじて息があるようだ
「ぐふっ、まさか、こんなバカげた力で、私が…」
体の半分は既に消滅しかかっている
「あなたはまもなく消滅します。 魂ごとです」
魂が消滅したものは輪廻の輪に乗ることもできない
通常魂は全てが神々の元に送られ、やがて別の場所で新たに生まれなおす
それが転生と呼ばれるものだ
中には力のある者が別の場所で記憶を持ったまま転生するケースもあるが、それは稀なことで、記憶をなくして転生するのがふつうである
しかし、闇に染まった魂は救うことができない
それ故に輪廻に乗せることも叶わないため、魂ごと消滅させなければならないのだ
「そうです、か、しかし、何ともすがすがしい、気分です。 まるで解放されたかのような…。 あなたたちに一つ忠告を…」
「忠告?」
「私に力を与えたモノは、少女の姿をしていましたが、明らかに異質でした。 恐らく、あなた方の言う闇…。 あなた方は、この世界の住人ではないのでしょう? でしたら、きっとまた、会う、はず…。 もう、時間が、ないみたいですね。 最後、ですが、私を救ってくれて、ありが、と…う」
そう言い終わるとトラウバルトは消えた