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深海にたどり着くと、人魚たちが出迎えてくれた
彼女たちは酷くおびえ、ルーナ達に助けを求めてくる
「お願いです! どうか私たちの国をお助け下さい!」
彼女たちが言うには、海人たちが突如現れた巨大なウミヘビに囚われてしまったそうだ
共存していた人魚たちは海人を助けようとしたが、そのほとんどがウミヘビに飲み込まれたらしい
出迎えた数人はその数少ない生き残りだ
「で、そのウミヘビはどこにいるんですか?」
肝心の姿が見えない
「その、先ほどから目の前に」
驚いた
崖だと思っていた段差
それ自体がウミヘビの体だったのだ
恐ろしく巨大な体躯にあっけに取られていると、波打つようにその体が動き始めた
「どうやら海の魔物が闇に取り込まれた姿のようです。 気を付けてください。 今までの者達よりはるかに闇の力が強いです」
その巨体から溢れ漏れ出る闇は、周囲の魚たちまでもを汚染し、魔物へと変えていた
「あのまま進めば私たちの国が…。 どうか、どうかお助け下さい!」
「あの大きさ、あなたたちじゃきついでしょ? 私がやる」
ルーナからシフトしたサニーはそう言うと、一人結界から飛び出してウミヘビの顔の方へと泳いだ
水圧などないかの如く進む
顔まで来ると、家ほども巨大な目玉がサニーを睨みつけた
「チイサイ、モノ、喰ロウテヤル」
ブラックホールのような口を開き、サニーを吸い込む
「ちょうどいいわ。 中から引き裂いてあげる」
そのまま飛び込み、内部へと侵入する
洞窟のような内部を高速で泳ぎぬくと、喰われた人魚たちが浮かんでいた
まだ辛うじて息があるのを確認すると、全員を結界でまとめて捕獲し、内部に治療魔法を放った
「これで食べられちゃった人魚は全員かな? 生体反応も他にないし…。 じゃ、一気にやっちゃおっと」
手に力を込める
そこから巨大な光る剣が現れた
「よいしょっと」
内部からウミヘビの体を真一文字に切り裂く
海中に響き渡るウミヘビの悲鳴
傷口からみるみる闇が抜けていき、それに伴ってウミヘビもしぼんでいき、後に残ったのは少し大きなウミヘビ型魔物の死骸だけだった
「あれほど強大な魔物を一瞬で…」
人魚は驚きながらも喜んだ
飲み込まれた仲間が無事戻って来たからだ
「ありがとうございます。 ぜひお礼を。 国を挙げて歓迎いたします!」
申し出はありがたかったが、時は一刻を争うため、断って海上へと浮上した
「君の頑丈さは一体どういう仕組みなんだよ」
水圧は通常の人間なら完全に潰れ死ぬほどだったはずだが、ルーナの体はまるでプールにでも浸かっているくらいにしか感じていない
「それは、この子は上位の神々と同じ力を持っていますからね」
「チートだと思ってたけど、運営だったのか」
デリアルの表現は全員ピンと来ていないようだった
「さて、次はこのまま南に向かって海を進んでください。 鬼人の住む島に反応があります」
結界で出来た船に乗ったまま、ルーナの力で推進力を得て進む
鬼人の島にはすでに暗雲が立ち込めていた
「なにこの魔力…。 びりびりくる」
いなみの白い肌を震わせる魔力は島の中心から漏れていた
「うぅ、なんか気持ち悪い」
デリアルが魔力に当てられて倒れた
それに続くようにパリケルとリゼラスも膝をついた
「僕たちは平気なんだけど…」
ルーナといなみはまるで魔力は空気と言わんばかりに元気に立っている
「ここは私たちだけで行きましょう」
三人を残して島の中心へ向かうと、そこには和風の家屋と城が立ち並んでいた
城を中心に同心円状に広がる町並みは綺麗だった
その城からただならぬ気配を感じる
「行ってみましょう!」
辺りに人の姿はなく、城までの道のりで誰にも出会うことがなかった
「この一番上に何かの気配がありますね」
内部は薄暗く、ここにも人の気配がなかった
慎重に上を目指す
一番上まで来ると、そこに一人の男が座しており、その横には角の生えた少女が倒れていた
「誰だ、貴様らは」
その男にも角があり、そこから闇が漏れ出ていた
「あなたがここの魔王ですか?」
「魔王だと? ふん、確かに、これから俺が成そうとしていることは魔王らしいかもしれんな」
男はスッと立ちあがると、腰に下げていた刀を抜いた
「ガキだろうと俺の覇道の邪魔をするなら斬る」
ルーナは一瞬で間合いを詰められた
油断していたため傷つけられたが、超速再生ですぐに傷はふさがる
「なに!?」
男は驚き、後ろへ飛びのいた
「その程度じゃ僕らを倒すことはできないよ」
今度はいなみが一瞬で間合いを詰めて拳を叩き込んだ
「うぐっ」
手加減されているのか、男は意識を失うことなく刀を杖にして立っている
「何だその力、明らかに、お前のような少女が持つ力では、ない!」
男はフラフラしている
その隙をついてルーナは少女を助け出した
気絶しているだけで、傷はない
「返せ!」
少女を奪われて男は急に怒りをあらわにした
角から漏れ出る闇が周囲に広がり、男の姿を豹変させる
巨大な角を持つ巨人
手に握られた刀は幅広の牛刀になっている
「ウガ、がえぜ、おでの、可愛い、ヒメ」
ルーナを狙い、牛刀を振り下ろすが、それは空を切って地面へとめり込んだ
牛刀に向かってルーナの蹴りが炸裂し、砕き折れる
すぐに体勢を立て直すと手加減した蹴りを巨人の腹部へと打ち付けた
「グガァアアア!!」
吹き飛んだ巨人の体にひびが入る
「もういっちょ!」
いなみが追撃を行い、巨人の体を砕いた
中から先ほどの男が出てくる
その騒ぎによって少女が目覚めた
「あ、う、ここは、城?」
ゆっくりと立ちあがると倒れている男を見つけた
「コウキ!」
男に駆け寄ると、彼を抱きしめた
そこでルーナ達に気づく
「あなた方は?」
「僕たちは、ここに魔王の気配を感じて」
「やはり、そうなのですね。 コウキは、もう」
「どういうことですか?」
少女は彼について語った
少女の名前はベニヒメ、この国を治める姫だった
平和に暮らしていたが、数日前に噴き出した黒いモノによって島の住人が瘴気に侵された
現在瘴気を浴びた住人は城の地下で治療を受けている
黒いモノの調査のため、姫が抱えている男コウキが向かったのだが、彼は瘴気を浴びすぎてしまい、遺体となって返って来た
くしくもこのコウキと言う男はベニヒメの婚約者だった
ベニヒメは当然悲しんだが、問題はその後に起こった
死んだはずのコウキが黒い靄に操られるように動き始めたのだ
コウキは姫を連れ去ると、城に立てこもり、何者も通さず、城を乗っ取ってしまった
「彼は、優しい人なんです。 この国の住人のためを思って調査を…」
その結果、闇に命と体を奪われたというわけだった
「ありがとうございました。 彼は黒いモノに操られながらも住人たちを傷つけることはありませんでした。 恐らく彼の心も少し残っていたのでしょう。 これ以上誰も傷つけないうちにあなたたちに倒され、彼も安心していると思います」
コウキの死体を抱え、ベニヒメは頭を下げた
その後、姫を助けようとしても助け出せなかった家臣たちも戻ってき、国に平穏は戻った
一人の男がこの国を守ったとしてコウキは国を挙げての葬儀が行われることになる
「闇は、一体何をかんがえているんだ?」
瘴気もなくなり、元気になったデリアルは話を聞いてふと疑問を口に出した
「分かりませんが、今この状況を楽しんでいるのは確かです。 あれはそれほどに邪悪な者ですから…。 次はここからさらに南下してください。 竜人たちの住む土地に気配があります」
ディゼルアの示す竜人の元へと5人は急ぎ、転移のゲートをくぐった