1-9
起動する装置
パリケルが何やら様々なスイッチを入れていく
コードの付いたヘルメットのようなものをかぶせられ、おとなしく横たわる少女
やがて装置は轟音を立て始める
嵐の夜のような激しい音と共に傍らに置いてある装置が揺れている
すると、何かが投影された
「出たぜな」
「これがこの子の魂の記憶だよ」
次第に鮮明になっていく映像
それは、あまりにも阿鼻叫喚
叫ぶ人々、燃え上がる町並み、逃げ惑う人々を襲う血塗られた手
その傍らにはルーナと同じ顔をした少女が邪悪な笑みで今まさに人間の男の内臓を引きずり出している姿
映像が変わる
この子は魔女だ!生まれ変わりなど神に対する冒涜!魔女に間違いない!
殺せ!火あぶりだ!
殺せ!
殺せ!
殺せ!
体が十字架に打ち付けられ、泣きながら火にあぶられていく
悲鳴はやがて喉を焼かれかき消えていった
また映像が変わる
ふむ、なかなかの上玉だねぇい
太った貴族風の男がこちらを値踏みするかのように見ている
買った!
恐らくこの貴族に奴隷として買われたのだろう
少女に迫る男の手
その後は嗜虐心を満たすために乱雑に扱われ、弱り果て、目を覆いたくなるような光景
実際アルとリュネは目を背けていた
魂の記憶を呼び起こされ苦しみ始めるルーナ
場面が変わった
ごめんな、これも口減らしのためなんだ
申し訳なさそうに男がこちらを見ている
うん、わかってる
わかってる
私、役に立たないし
私がいたらみんな死んじゃうんだもん
仕方ないよね
そのままそこから飢えて死ぬまで動くことのない映像
もし生まれ変わったら
幸せになれると…いいな…
その言葉を最後にまた映像が変わった
戦争のようだ
たくさんの歩兵が町中で戦っている中、一人の歩兵がこちらに気づき、捕まった
下衆な笑いを浮かべ、たくさんの兵に慰み者にされ、そのまま死んだようだ
また場面が変わり、不幸な死に方をし、また場面が変わる、を繰り返す
痛い、苦しい、助けて
魂の叫び
もうヤダ
私は、なんでこうなったの?
私は…
だれ?
場面が変わった
そこにはルーナと同じ顔の笑顔の少女が目の前に映っている
どこかおどおどしているが、幸せそうに共に遊び、野山を駆け回っている
両親らしき男女もそれを微笑んでみていた
ねぇルニア
なに?サニア
私たち、ずっと一緒だよね?
もちろんよ
互いに手を取りあう双子の少女
その直後、村で起きた大爆発
慌てた様子で両親が駆けてくる
両親の後ろからは熱風が迫り、彼らは少女二人に覆いかぶさった
守る、何としてもこの子たちだけは!
男の方が自らの体が焼けるのにも構わずグッと抱きしめた
女の方が自らの体が溶けるのにも構わずそっと抱き寄せた
少女たちは理解した
ここで自分たちは死ぬのだと
でも、ルニアと一緒なら
目を閉じたのか、映像が暗くなった
ウ…ツ…ワ…
何かが聞こえる
そっと目を開けると、焼け焦げた両親の死体が目の前に
横を見ると、何かに包まれているルニア、それは彼女の中に入り込んでいく
やめて!妹には手を出さないで!
手を伸ばし、ルニアの手を掴んだ
するとそれは自分の中にも流れ込んでいくのが分かった
そこで映像は終わってしまう
装置に繋がれているルーナの翼が開いた
手足が装甲のように固くなり、爪が伸びる
「アガアアアアアグッ!!ガァアアアアアア!!!」
獣のように咆哮すると、装置が一気に砕け、機能を停止した
それでも暴れるルーナ
バチバチと電撃がほとばしり、辺り中の機材を吹き飛ばす
「まずいねどうも」
「クイックバリア」
「リトルレイン」
トロンが魔導を駆使してルーナの周りに結界を張り、燃え始めていた機材を消化する
簡易式の結界のためか、すでにひびが入り始めている
「ぬあぁああ!俺様の研究がぁああ!!」
泣きながら研究資料をかき集めるパリケルとその部下たち
幸運なことに資料は少し焦げてぬれただけで済んだようだ
「トロン、それとアルくんだっけ?」
「手伝って!」
リュネが何らかの呪文を詠唱し始める
「なるほど…」
「アル、多重封印」
「この子の力に封印をかけて抑えるんだ」
「はい!」
三人の詠唱が始まり、それがルーナに注がれていった
一段階、二段階、三段階…
合計25もの封印を多重にかけることでようやくこの暴走は収まった
普通街一つを滅ぼすような強力な魔物でも二段階で何もできなくなるような封印を二五段階
それほどまでにルーナの力が強いことに周囲の人間は驚いた
これはつまり、簡単に世界を消し飛ばせるほどの力があるということだった
ルーナはそのまま眠りにつく
「まいったね、ますます何者なんだ?この子は」
三人で封印術を施したとはいえ、すでに魔力は限界ギリギリまで尽きていた
三人ともしばらくは動けそうにない
一人元気なパリケルは壊れた装置を前に呆然としている
それからしばらくしたのち、ルーナは目を覚ました
キョロキョロと周りを見渡し、アルたちの姿を見つけた
「私、何を…」
そこで鮮明になった視界で研究室を見、目を見開いた
ボロボロの機材、ビシャビシャの床、呆けているパリケル
「ごめんなさい、私、これ、私がやったんですよね?」
ルーナは気づいていた
そして、すべてを思い出した
自分の本当の名前、力、罪を償うための転生の日々
「大丈夫、皆怪我一つなくピンピンしてるから」
「唯一パリケルだけは精神的に逝っちゃったみたいだけど…」
呆然自失のパリケルに必死に謝っていると
「いいんぜな、君が何か思い出せたのならこの研究は成功だからね…」
寂しそうに壊れた機械を見やる
しかし、どこか達成感のある顔だった
「で、どうなんだい?思い出せたのかな?」
その質問にコクリとうなずく
すべてとは言えないが、はるかな昔の記憶と、大切な片割れの記憶
それを思い出せた
しかし、片割れがあの後どうなったのかがわからない
普通なら死んだと考えるべきなのだが、どうしても片割れを感じずにはいられない
あの子は、妹はまだ生きている
ルニア
「それで、君は、何者なのかな?」
トロンが杖を向けている
答えようによってはこの場で殺す
優しい彼からは考えられないような殺意がヒシヒシと伝わってくる
しかしルーナはしっかりと彼を見つめながら答えた
「私は、破壊神と呼ばれた化け物です」
杖を向けていたトロンはその答えに驚きもしない
ただの少女ではないことはその力をもって立証済みだからだ
「それで、君はこの世界を滅ぼしに来たのかい?」
「…いいえ、違う、違います」
「私はただ、逃げて、そして、あの子を探して」
答えがまとまらない
それでも伝えたい
壊す意志なんてない
ただ安寧な暮らしを、妹を見つけて二人で
ほんのささやかな願い
それを伝えたときにはトロンの杖は下がっていた
トロンは優しい笑顔に戻り、ルーナの頭をそっとなでた
「僕が思うに、君がいたところとここは世界が違うんだ」
トロンは今現在いる世界について話す
魔導世界オルファスについて
そしてルーナは理解した
だから、この世界から自分のもともといた世界
ミシュハたちがいた、自分の本当の世界に戻る決意をした
そこにきっと、妹は未だ自分を待っているはずだから―――