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時間が止まった
目の前には自分に迫る大型トラック
動き出せば確実に轢かれる
だが、自分も動くことができない
今にも動き出すという恐怖が心を支配していた
ギュッと目をつむり、自分が死ぬ時をじっと待つ
その時声が聞こえてきた
それは耳で聞くというより、頭に響く声だった
「あなたに二つの選択肢を与えましょう。 このまま死に向かい、輪廻の輪に戻るか、それとも、私の加護を受けて闇と戦うか。 さぁ、選びなさい」
そんなの一つしかない
輪廻とかいう訳の分からないものよりも、生きることを選ぶ
まだまだやりたいことだってたくさんあるのだ
「私は… 戦います!」
目の前に光が差し込み、自分の体がどこかに飛ばされたのが分かった
見たこともない光る文字が宙を流れ、よくわからない魔法陣がそこかしこに描かれた薄暗い世界
相変わらず自分の体を動かすことはできない
唯一動く眼をきょろきょろと動かし、周りを見た
すると、魔法陣の中心に一人の女性が立っているのが見えた
女性は白いフードを目深にかぶり、顔は確認できない
「ようこそ、神の間へ」
「神の間? あなたは、神様なんですか?」
確かに神々しいほどの光が発せられている
「はい、私はこの世界を任されている、神で間違いないです。 あなたは今死の淵に瀕しています。 だから魂をここに連れてきました」
「死の淵? 私は一体どうしたんでしょう」
「トラックに轢かれそうになっているのは覚えていますか?」
「は、はい、あの時時間が止まって…」
「あの後あなたは確かに轢かれました。 今あなたの体は意識不明の重体、ほぼ全身の骨が砕け、内臓破裂数か所、脳挫傷に首の脊椎を損傷し、全身麻痺の状態でもあります」
聞きたくなかった
つまり、体に戻れば地獄のような苦しみが待っていると聞いただけなのだ
「大丈夫です、あなたが目覚めるときまでにはすべての傷を癒しておきます。 それより今は、私の加護を。 あなたにはこれから闇と戦ってもらいます」
「闇、闇って何ですか?」
「邪悪な、世界を滅ぼさんとする存在です。 かつて悪魔と呼ばれた者達。 あれらが今蘇ろうとしているのです」
考える
どうせ今さら断っても死を待つばかりだ
それに、自分のような者がこの世界のために役立つなら
「私、やります。 世界のために私が役に立てるなら!」
「ありがとうございます。 では、あなたに加護と祝福を」
女神は力を与えた
「何かあれば私の名前を呼んでください。 私の名はアルアテ」
「アリアテ様、私は」
「瑞美、紫藤瑞美ですね」
「はい」
一人と一柱は手を交わし、契約した
加護は瑞美の隅々にまでいきわたり、力が溢れるのを感じる
目を覚ますと、病院のベッドの上だった
病室を見渡すと、心配そうに顔をのぞき込む両親
痛みは全くない
医者も何が起きたのか分からないと言った表情だ
今まさに死に向かっていた少女が突如目を覚まし、傷の全てが癒えていた
「奇跡だ。 神の御業だ」
周囲にいた人々は口々に神の所業をたたえる
「瑞美、よかった」
母親が瑞美に駆け寄って抱き着いた
それから数週間後、瑞美は闇と戦っていた
瑞美を取り囲む闇、その名の通り真っ黒な影
人型もあれば獣型もいる
それらを魔力をこめた剣で薙ぎ払う
さらに
「ライドブリザード!」
氷結に乗り、闇たちを凍らせながら凍った闇を打ち砕いて行く
街で暴れていた闇の全てを打ち倒し、観衆から声援が上がる
瑞美は力を振るい、人々を守る
彼女は、魔法少女と呼ばれた
「ここが、新しい世界? 魔力はかなりあるようですね」
「うん、僕も感じる。 この体になってから魔力って言うものがわかるようになってきたよ」
ルーナ達は新しい世界へと降り立ち、周囲の探索を始めた
ビル群が見える
「ここの技術も進んでいるみたいです。 念のため人間に擬態しておきましょう」
ルーナといなみはとてもではないが人間には見えない
そのため、人間以外の種族がいない世界では擬態が必要になる
ルーナは白銀の髪の少女、いなみは白髪の少女
どことなく姉妹に見える
「擬態しておいて正解ですね」
街に着いて人間しかいないのを確認した
「前の世界と似ているな」
「というか一緒じゃないぜな?」
似てはいたが、決定的に違うところがあった
人々は魔法を使えていない
人間の体にマナが流れておらず、扱えないのだ
街を見て回っていると、突如悲鳴が上がる
真っ黒な異形の者が突如溢れ出て人々を襲い始めた
「助けなきゃ!」
ルーナ達はすぐに対処するため異形の元へ向かったが
「そこまでよ! 悪魔ども!」
どう見ても魔法少女物アニメのヒロインのような格好をした少女が現れた
彼女の動きは可憐で、踊るように敵を打ち倒していく
「フレイムアーム!」
手に炎がまとわりつき、その拳で撃たれた異形は焼き尽くされ、滅んでいった
「今のは、魔法?」
周囲の人間には全く魔力の流れがないのに、その少女には力強くマナがみなぎっていた
「魔法少女が来てくれた!」
「がんばって!」
「ありがとう!」
口々に彼女に声援を送る民衆
彼女はまさしくこの世界のヒロインだった
「ホーリーサークル!」
少女は闇にだけ効く魔法を放ち、一気に殲滅した
「すごい力ですね」
「あぁ、一人でせん滅するとは大したものだ」
少女は空を飛び、去って行った
「追いましょう!」
ルーナが興奮しながら言った
どうやら魔法少女にあこがれているらしく、どうしても話がしてみたいらしい
子供らしい一面を見せるルーナに顔がほころびながらも、一緒になって魔法少女を追った