3-23
ロシア、モスクワ
凍えるような寒さの時期である
来ているのは人質となっている弟の救出を条件に協力を申し出てくれたウイラ
彼女はトラヴィスに改変されたあとはこちらに出向かず、ホワイトハウス地下の一室にいた
そのため、ルーナに気絶させられた大勢のなかにいたのだ
人のたくさんいるここでメテオの能力を使うわけにもいかず、成すすべなくルーナに倒されていた
「ほんとに弟を助けてくれる? あの子はまだ幼いからきっと怖がってる」
「はい! 任せてください!」
ルーナは相手が人質としてウイラの弟を使ってこないように、ウイラの姿を隠して案内させた
「たぶん大統領はここにいるわ。 今会談をしてるはずよ」
ウイラの弟の救出にはいなみたちが向かっている
ここにはルーナとウイラ、それにメリル、そしてトラヴィスの四人だけが来ていた
「中で騒ぎを起こしてきます。 というより大統領二人を捕らえればいいんですよね?」
「えぇ、でも気を付けてください。 ロシアの能力者は完全に未知数デス。 詳細はステイツの諜報機関ですらつかめていません」
噂は流れているらしい
出会えば即死亡だの、姿を見た者は誰も生きて帰っていないだの、声を聴いただけでも精神に異常をきたすだの、それこそ憶測が憶測を呼んで数えきれないくらいのうわさがあった
しかし、誰もその姿を知らない
名前も、声も、男か女かもわからない
内部に侵入
SPのようなスーツ姿の能力者たちがそこかしこで配置についている
隙がない
「四人での突破はかなり難しそうですね。 私一人で捕まえてくるので三人はここで待っててください」
それだけ言うとルーナはあっという間に消えた
認識阻害
誰にも気づかれることなく先に進んでいった
扉を開こうとも誰も気にしていない
「というわけで、我々はアメリカと友好を結ばせてもらおう。 これからもよろしく頼みますよ」
そう言って握手を求めるロシア大統領ヘクト・ヤポンスキー
その手を握り返すアメリカ大統領のフロイト・バークレイ
二人は固く握手を交わし、お互いの不可侵と和平を結んだ
全ては能力者を押さえつけ、更なる力を得るためだった
ゆっくりと二人に近づくと、二人の頭を掴み、衝撃を与えて気絶させた
そばにいたSPも何が起こったかわからず、倒れる二人をただ見つめた
そこをルーナが襲い掛かり、気絶させてこの場を完全に掌握した
「ふぅ、思ってたより楽に捕縛できた」
(さすがお姉ちゃん! 私じゃ絶対できなかったよ)
姉と比べておおざっぱなサニーならば、たった二人を攫うためだけでこの辺り一帯が更地になっていたことだろう
「さて、認識阻害を二人にもかけてっと」
大の大人二人を担ぎ上げると、そのまま堂々と三人の待つ建物の外へと出た
「はや! 嘘でしょ? ここ、例のあいつもいるはずなのよ?」
「え? 特に強そうな人は見当たりませんでしたけど?」
ルーナにとってはこの世界の住人は誰だろうと同じくらいの強さだ
どんな敵が来ようとも力の差がありすぎて敵になりえない
「あんた、一体どこまで強いのよ」
ウイラは少し震えた
その時通信が入った
アメリカとロシア、両方で人質を救出したという連絡だ
「ありがとう、本当にありがとう!」
ウイラは心底安心したように喜んだ
「それで、この二人はどうするんですか?」
「そうね、記憶を書き換えておきましょう。 能力者とは完全に平和的に協力し合う。 虐げない。 能力者が何か事件を起こした場合は能力者が対応する。 こんな感じに記憶を植え付けましょう」
トラヴィスがそう提案した
「じゃぁ私がやっておきます」
ルーナが記憶の力によって二人の記憶を書き換えた
そのまま彼らを建物の前に横たわらせた
「結局、ロシアの最強能力者ってどんな人だったのかな?」
(あ、お姉ちゃんも気になってたんだ)
その後、きおくを改ざんされた大統領たちは、ヨーロッパと手を取り、能力者にも無能力者にも住みよい世界を創るために尽力し始めた
そのほかの国でも同じように前に進み始める
まだまだ差別はあるが、これからよくなっていくだろう
「もう行っちゃうんですね」
美智はルーナ達との別れを惜しんだ
短い間だったが、ルーナたちと能力者たちには絆が芽生えた
「本当に行くのか? いなみ」
「うん、僕が一体何者なのか、ルーナちゃんたちについて行ったらわかるかもしれないから」
いなみはルーナについて行くことになった
自分の正体、そして何をすべきなのか
それを知るために異世界を回る旅に出ることになった
「そうか、必ず無事に帰ってくるんだぞ。 お前の変える場所はここにあるんだからな」
「うん。 行ってきます。 お父さん」
(言わなくていいのか? 先に知らせておいた方が育成しやすいと思うんだが)
(シンガ様は黙ってるぜな。 成長には時には黙っておいた方がいい時もあるぜな。 きっといなみちゃん自身の成長も促せれるはずぜな)
(そういうものか。 まぁ、あの子の育成はお前に任せよう。 信頼しているぞ。 姉神の娘だ。 大切に育ててくれ)
シンガとパリケルは二人だけ心の中で会話する
一つの世界を救い、また次の世界へ
新しい世界へとルーナは転移した
「どうやら移動したようだよん」
「報告ありがとうマキナ姉様」
カタカタと宙に浮かぶホログラムのようなキーボードをいくつも叩くマキナ
「AIの調子も良好っとねん。 この世界からは大分離れてるけど、どうするのん? 機械兵送っとくん?」
「いえ、まだいいです。 もう少し近づいてからで」
「そう? じゃぁ送りたくなったら言ってねん」
エイシャを抱きしめてマキナは再び作業に戻った
異世界を巡る旅がしたい