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「全く、困ったものですねぇ。 まさか逃げるとは思いませんでしたよ」
嘘だ
彼、超能力省能力対策課(通称超能力課)の藤子修はニヤニヤと笑っている
藤子は自分の手で何かを殺すのが好きな男だった
子供のころは小動物、大きくなるにつれて猫や犬までも殺すようになっていった
そして、高校生になると能力に目覚めた
それで最初にやったのは根暗だった自分をいじめていた者への仕返し
やり返されたいじめっ子は見るも無残な死体となって発見された
ところどころがねじ切られており、内臓は裏返り、全身の皮を剥がされていた
警察が驚いたのは、被害者はこれを生きたままやられていたことだ
すぐに捕まった藤子だが、政府のために働くなら罪に問われないことを条件にこの超能力課に入った
この超能力課の主な仕事は新たな能力者を探し、捕まえることだ
表向きは保護となっているが、捕まった時点で能力者たちに自由は一切なくなる
逆らえば当然死
それも、彼らに殺害の権利が与えられているため、藤子には絶好の仕事場であった
「あの女、直ぐに殺したのは惜しかったですねぇ。 生かしてあのガキの前で見せしめに拷問して殺せばよかったですよ」
それを想像しながら本当に楽しそうな笑みを浮かべる藤子
「あぁ、牝を拷問し殺すのが一番楽しいですからねぇ。 そういえばあのガキも牝になってましたねぇ。 逆らったんだから殺しても構いませんよねぇ。 設楽さん?」
設楽舞、藤子の同僚だ
設楽は嫌悪感を浮かべ、藤子を見る
「許可は出てるでしょ? くだらないこと聞かないで」
「それもそうですねぇ。 あぁそれにしても、あなたが敵になってくれたら、私があの手この手で悲鳴をあげさせてあげますのに、なんで同僚なのでしょうかねぇ」
設楽はさらに顔をしかめる
「冗談ですよ。 そんな怖い顔しないでください。 私は小心者なのでちびってしまいそうですよ」
微塵もそんなことを思っていないのが丸わかりだ
設楽はこの男が嫌いだった
任務のためとは言え、数々の非人道的行為を目撃している
先の時もそうだ
いなみの見ている前で母親をあっさりと殺して見せた
性格破綻者だが、仕事は早く、確実にこなすので、上層部は彼をとがめない
それも設楽が嫌悪する理由でもあった
それでも二人が組んでいる理由
単純に能力の相性がいいのだ
設楽の能力は捕縛
数百メートルの範囲内にいる対象を捕らえることができる
それはそのまま拘束手段としても用いられるため、藤子の拷問にうってつけなのだ
だからこそ藤子は彼女を連れて歩く
自分の欲求を満たすために
二人が今いるのはいなみの家だ
中はもぬけの殻
当然予想出来ていたことだが、すでに手は打ってある
能力者は能力者によって捕捉できるため、いなみのいる位置は丸わかりだった
そのためここに戻ってくることは分かっている
もう間もなく到着するだろう
自分たちはそれまで待てばいい
以前見た感じ、いなみの力はそれほど強くないため二人で十分対処できると思っていた
二人はまだ知らない
自分たちの考えの及ばぬ強さを持つ者が一緒にいること、そしてその者はこの世界の能力者程度では捕捉することすらできないことを
「さて、私たちはゆっくりと紅茶でも飲みながら待ちましょう。 おお、この反逆者どもはなかなかいい紅茶を飲んでいたみたいですね。 ちゃんとしたセイロンの茶葉が置いてありますよ。 それにこのソファーの座り心地、なかなかいいじゃないですか」
藤子の座っているのはソファなどではない
いまだ放置されたままのいなみの母親の死体だった
彼女が亡くなってから既に二週間と少しが経っているので腐乱が始まっていると思いきや、まるで今死んだばかりかのようにきれいな死体
藤子の部下による防腐の能力だった
その死体は藤子によって骨を折られ、椅子のように加工されていた
死体を踏みにじり、辱めるような行為に設楽は目を背けた
本当はやめさせたいが、自分ではこの男にかなわないことは分かっている
それに、この男の意志に背けばその場で拷問されて殺されるのが目に見えている
次にソファになるのは自分かもしれないのだ
(本当に、虫唾が走る。 この男にも、この男を野放しにしている政府にも!)
設楽はこの国が嫌いだ
だが、力のない自分ではこの国を変えることなどできない
だからあまんじて従うしかない
それから約30分が経ち、部屋の中に何かの気配を感じた
「誰!?」
設楽がその方向に向かって捕縛能力を使う
何かの手ごたえがあり、一人の少女が姿を現した
見たこともない綺麗な少女、真っ白な髪、そして美しい翼とすらりと伸びた尻尾
「これはこれは、いなみさんを待っていたらとんでもないものがかかりましたねぇ。 新しい能力者ですよ設楽さん!」
興奮気味に男が叫んだことにルーナは少しビクッとした
しかし、かかっている拘束は自分にとってないようなものだ
あっさり拘束を解くと、二人に向き直る
「あなたがいなみさんのお母さんを殺した人ですね? なるほど、醜悪さが凝縮されたような人ですね」
ルーナが言い放った言葉に設楽は素直に心の中で同意した
だがそれ以上に驚いたことがある
拘束できていない
ルーナは自分の意志で動いていないだけなのだ
幸いなことに藤子はそれに気づいていないようだ
「まぁ、手っ取り早いです。 あなたを探していましたから」
「探していた? この私をですか? それは光栄ですね。 それで、私をどうしようというのですか?」
「あんたみたいなの、生かしておいてもろくなことないでしょ? 殺したげるのよ」
少女の雰囲気がまるっきり変わった
まるで別人だ
いや、実際に別人になっている
顔は全く同じなのだが、髪や目の色が変わっていた
「二重人格ですか! ますます興味深い! どんな悲鳴を上げるのか聞いてみたいものですよ!」
藤子が興奮し、気持ちの悪い気性をあげる
その隙をついて設楽が藤子を拘束した
「な、何をしているのです? 相手が違いますよ設楽さん」
「これでいいのよ。 やっと隙を見せてくれたわね。 このクズやろう!」
突如起こったことにルーナからシフトしていたサニーは驚いた
「君! こいつを拘束するの手伝ってくれない? 私じゃ抑えきれない」
「え、えぇ」
サニーは拘束の力を使って藤子をさらに締め付けた
「ありがとう、ずっとこうしてやりたかったのよね。 ところで君、何者なの?」
「あたし? あたしはサニー。 あ、普段はお姉ちゃんがこの体使ってるからルーナって呼んで。 お姉ちゃん、ちょっと変わるね」
サニーはルーナと変わった
「どうも、私がルーナです」
「二重人格なの?」
「いえ、私たち、双子です。 姉妹でこの体を使ってて、放せば長くなるので…」
ルーナはひとまず事情を説明した
別世界から来たこと、いなみと出会って手を貸していること、藤子を探していたことなどだ
「そう、それなら私も協力させて。 もうこの国にうんざりしてたとこなの。 あと、こいつはまだ殺さないで。 こいつ結構情報持ってるのよね。 聞き出してから煮るなり焼くなり好きにするといいわ」
「分かりました。 いなみさんにも伝えておきます」
拘束され、床に倒れていた藤子はこちらを睨みつけている
そこにいなみが入って来た
「ルーナちゃん、大丈……。 お母さん!」
いなみは加工された母親の死体を見てしまった」
「くそ! お前! お前! 殺してやる!」
握った拳を藤子の顔面に打ち下ろそうとするが、ルーナがそれを止めた
周囲のガラスが割れるほど激しい激突の衝撃波
打ち抜いていれば藤子の頭はスイカのように割れていただろう
「何で止めるの!? こいつが僕のお母さんを! 殺してこんな姿に! 許せないのに! 許せないのに何で!」
悲痛な叫びに胸が痛む設楽
「ごめんなさい、私がもっと早くこいつを止めれていれば…」
なんとかイナミをなだめると、拘束した藤子を連れてこの場を後にした
藤子から情報を聞き出すためにひとまずリゼラスたちが待つ安全な場所へ戻った