3-1
僕はちびでデブでとろくて性格も暗く、かっこうのいじめの的だった
小学生の頃は毎日のように靴を隠されたりカバンの中身を捨てられたり、プロレスごっこと称して訳の分からない技の試し相手としてみんなにやられていた
中学に入ってもそれは変わらず、むしろエスカレートしていた
むしゃくしゃした同級生にサンドバックよろしく殴られたり、毎日のように死ねと罵倒されたり、一度二階から突き落とされたこともあった
その時は幸い木がクッションになって軽い擦り傷と打撲で済んだけど、死んだと思った
高校に入ると、金銭を要求され始めた
僕のおこずかいでは足りなくなり、仕方なくアルバイトを始め、その給料の全てを奪われた
両親に迷惑はかけれない
だって、本当の両親じゃないから
僕は赤ん坊のころに捨てられていたらしい
ある日、両親はハイキングで山を訪れていた
綺麗な花畑に二人で寝転んでいると、どこからか赤ん坊の声が響いたらしい
両親は声のする方へ歩き、やがて布にくるまれた赤ん坊の僕を見つけた
その後、僕の本当の両親を探してくれたそうだけど、一向に見つからず、子供のできない体だったお母さんは僕を養子にしてくれたんだ
両親は僕をすごく可愛がってくれたし、幸せだった
ただ、僕には普通の男や女ならあるはずのもの、生殖器がなかった
あるはずの場所はつるんとしていて、何もない
医者は女か男か早いうちに選ぶことを進め、両親は男として僕を育てることにした
男性特有のモノも、女性としての特徴もない僕は何なんだろう?
そんな僕でも両親は本当に可愛がってくれた
だから、心配させたくない
僕は僕自身でこの問題を解決したかった
でも、でもダメだったんだ
いつものように憂鬱な気分で学校に来た
その日はいじめっ子たちの機嫌が非常に悪く
僕はいつも以上に殴られた
そんな中、いじめっ子の一人が僕のズボンとパンツを脱がせて写真を撮ろうと言った
まずいと思った
誰にも僕の秘密は知られていない
それだけは阻止しようと暴れたけれど、多勢に無勢な上に、僕の力では全く振り切れなかった
結果、全てを見られた
「化け物じゃねぇか」
一人がそう言ったのを皮切りに、僕に対する暴力がさらに強まった
僕は薄れゆく意識の中、ふと思った
(あぁ、今日は僕の17歳の誕生日だったっけ。 毎年二人がケーキを用意して祝ってくれるんだ。 帰らなきゃ。 心配させちゃダメ、だ。 お父さん、お母さん、待ってて、ね)
僕はそのまま意識の底へと沈み込み、そのまま死んだ
そう思っていた
ふと目を覚ますと、何かに包まれているみたいだった
手を動かす
動く
足を動かす
動く
どうやら体は動くみたいだけど、これは一体何に閉じ込められているんだろう
不思議と殴られた時の痛みは全くない
でも、息苦しいな
僕はその閉じ込められているものを叩いてみた
パキパキと変な音がする
思い切ってそれを破ってみると、あっさりとそれは破けた
中で胎児のように丸まっていたせいか、グッと伸びをすると関節がパキリと音を立てた
周りを見渡すと、いじめっ子たちの顔が見えた
まずい、まだいたんだ
でも、彼らは僕を襲うことはなかった
それどころか驚いた顔をしている
また殴られると思った僕は急いでそこから這い出して逃げた
何だろう、体がすごく軽い
いつもなら少し走っただけで息が上がるのに、いくら走っても疲れない
後ろで何か声がする
どうやらいじめっ子たちが追ってきてるみたいだ
逃げなきゃ
もっと、もっと速く
段々と声が遠ざかっていく
僕、こんなに早く走れたっけ?
火事場の馬鹿力だろうか?
あっという間に引き離して僕はどこかの教室に逃げ込んだ
どうやら物置のようになっている場所らしい
そこには段ボールや使わなくなったものが置かれ、その中に鏡もあった
傷の具合を確認するためにのぞき込んだ
そこには
僕の顔じゃなく
息をのむほど美しい少女の顔があった
もしかしたら誰かいたのかもしれないと慌てて謝った
「ご、ごめんなさい! 誰かいるとは思わなくて」
鏡に映った少女も驚いた顔をしている
というより、僕と同じ動きをしていた
僕が口を開けば少女も開き、手をあげればあげる
鏡に映った少女は、僕だった
改めてまじまじと見てみると、一糸まとわぬその姿はまさしく女性のものだ
少し膨らんだ胸もある
でも、一番目を惹いたのはその背中に生える蝶のような羽だ
それに、黒かったはずの髪と瞳は白くなっている
一体何が起こったんだろう
僕は混乱してその場にうずくまり、頭を抱えた
怖い
何が起こったのか全く分からなかった
いじめっ子たちに殺されたと思ったら、自分ではない何かになっている
いや、それは違うか
自分だということはなぜかよくわかった
これこそ自分の本来本質なんだ
突如として扉を叩かれた
かぎはしめているし、ここに入るのは見られていないはずだ
「おい、ここが怪しいぞ!」
この声はいじめっ子のリーダー加藤のものだ
まずい、僕を探してるんだ
ガチャガチャと扉を引く音が聞こえる
相当思いっきりやったのか、やがて鍵が壊れ、扉が開いた
そして、僕を見るなり
「なんだ? あのごみじゃねぇな。 誰だか知らねぇけどよ。 なかなか可愛いじゃん。 てか裸? それにその羽、コスプレか?」
加藤が舌なめずりしながら近寄ってくる
その後ろでは取り巻きが下秘めた笑いを浮かべていた
怖い、僕に抵抗するすべはない
逃げようにもこの部屋には窓はなく、出口も今加藤がふさいでいる
あっさりと加藤に腕を掴まれ捕まってしまった
「俺たちが遊んでやるからよ。 あのゴミの妹かなんかか? まぁどうでもいいか」
僕を掴む手が胸に伸びた
「ひっ」
小さく悲鳴を上げる
そこでしゃがみ込んだら驚くべきことが起きた
加藤が吹っ飛んだ
「え?」
壁に叩きつけられた加藤は痛がりながらもキョトンとした顔をしている
「なんだよ? 何が起きた?」
立ち上がる加藤
また僕に襲い掛かって来たけど、今度はその動きがやたらスローに見えた
振り上げられた手を軽く躱してその手を掴む
グシャ
長ネギをへし折るような音が聞こえ、加藤の腕がぐにゃりとあらぬ方向へねじ曲がった
「え? 俺の、腕」
認識したため痛みが広がったのか、叫びながら地面を転げまわった
取り巻きは僕を見て恐怖の顔を浮かべる
その隙をついてまた逃げた
ひとまず教室に戻って体操着を着る
幸い放課後だったので人はいなかった
急いで着たけど、ぶかぶかだったので紐でくくり、何とか着ることができた
「僕は一体どうしたんだろう? こんな姿じゃ家にも帰れないよ」
涙があふれてきた
僕は死ぬはずだったんだと思う
あの意識が遠くなったとき、体から何かが出た気がするんだ
そうだ、僕がさっき殴られていた場所に戻ってみよう
恐る恐る窓の外を見てみると、加藤が取り巻きに支えられて校庭から校門に向かっていくのが見えた
「くそ! クソが! あの女! 次見つけたら滅茶苦茶にしてやる!」
声がここまで聞こえてきた
学校には誰の気配もなく、辺りは暗くなってきている
廊下も教室も暗い、はずなのに、なぜだかはっきりと見えた
教室を出て僕が殴られた場所まで来ると、そこには繭のようなものがあった
その繭には穴が開いていて、何かが出てきた後だとわかる
さらにその周りには鉄パイプやら角材が落ちていて、繭に少し傷がついていることから壊そうとしていたのだろう
繭には僕の着ていた制服が張り付いている
「そうか、これ、僕の繭なんだ」
すぐに分かった
自分は、人間じゃなかったんだ
人間じゃ、なかったんだ
両親は今の僕を見たらどう思うだろう
……
家には帰れない
でも、僕を大切に育ててくれた、愛してくれた両親にはお別れを言っておこう
羽を広げた
空を飛んだ
そうできることは本能でわかった
羽ばたくたびに煌く鱗粉が振りまかれる
家に降り立ち、窓から中を覗くと、僕の誕生日を祝う準備がすっかりできていた
お父さんも帰ってきているみたいで、二人で僕の帰りを待っている
「遅いわね、いなみ。 やっぱり心配だわ。 私、探してきます」
「あぁそうだな。 俺も探すのを手伝うよ」
いなみ、僕の名前だ
二人は僕を探しに出ようと立ち上がった
「待って。 僕は、ここにいるよ」
姿を見せないよう声だけ
「この声、いなみか」
「うん」
「よかった。 早く入ってきなさい。 ケーキもあるわよ」
「ごめん、お父さん、お母さん。 僕、もう帰れない」
「何を言ってるんだ? 大丈夫かいなみ」
お父さんが窓に近寄って来た
僕は庭の木の後ろに隠れた
「僕、は…」
「そこにいるのか? 出ておいで、大丈夫だから」
僕は恐る恐る木の後ろから出た
「君は、誰だい? いなみは?」
「僕だよ、お父さん」
「なんだって?」
僕の姿を見て二人とも驚いている
雪のように白い肌と髪、そして瞳
瑠璃色の羽が輝く
「本当に、いなみなのか?」
「うん、僕は、人間じゃなかったみたいなんだ。 だから、僕は、出ていくよ」
僕の目から涙があふれてきた
「それがどうしたって言うの…」
「え?」
「それがどうしたのよ! あなたは私たちの大切な子供よ! どこかへ行くなんて許さない! 私たちが老いて死ぬまであなたはずっと私たちの子供よ」
お母さんは泣いていた
お父さんも
僕は二人に抱きしめられて幸せな気分になった
でも僕は、これからどうすればいいんだろう
この姿、羽、人間じゃない
両親に迷惑はかけたくない
でも、どうすればいいのか分からなかった
そんな僕の元に、僕を救ってくれる人が来たんだ
彼女のおかげで僕は自分が何者なのかを知れた
そして、これからやるべきことも分かった
僕は、この世界の人間じゃなかったんだ
ルーナは降り立つ
新しい世界に
その世界はまた地球に似た世界だった
魔力はあるが魔法はない世界に
ここでは魔法の使い方を知る者はおらず
たまたま使えた者は超能力者と呼ばれた
今回長めですが、登場する主要人物の背景を書きたかったのでね