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トロンは顎に手を当て首をかしげる
「長年いろんなものを見ていろいろ研究したけど」
「この子みたいな事例は初めてだなぁ」
ルーナが語った今までの話は子供がするにしてはできすぎているし、何より嘘をついているようにも見えない
今度はトロンがこの世界について語ってくれた
ここはオルファスという世界で、魔導という技術が発達しているらしい
魔導は魔法をさらに使いやすく、発展させたもので、今やこの世界では魔力がある程度あるものはほとんどが魔導士になるのだという
かく言うトロンもアルも魔導士(アルは魔導兵士)らしい
特にトロンはかつてその名を轟かせ、宮廷魔導士、果ては賢者まで上り詰めて今は隠者という奇妙な経歴を持つ人物である
より良い魔導の発展に尽くした彼は現在の居場所こそ知られてはいないものの周辺国に顔を出せばVIP待遇で迎えられるほどである
アルはそんな彼の唯一の弟子で、その潜在的才能は将来的に自分も越えそうなのでとにかくすべての魔導技術を継承させたい
そう笑って語るトロンは孫を見るおじいちゃんの顔だった
「君は不思議な感じがするね」
「体内に流れる魔力に加えてもっと別の力、この世界にはない力も持っている」
「ぜひとも研究してみたいものだけど、だめだよね?」
そう聞くトロンをジトっとにらむマリーはその拳を固めている
「セクハラですよトロン様」
「いや、これは知的好奇心というか、た、探求心だから」
いくら体に常に幾重もの防御魔導や結界術を施していてもそう何度も地面や壁にめり込みたくはない
「いいです」
「え?」
ルーナの答えに少し驚いた
「それで私のことが、少しでもわかるなら、お願いします」
「私は自分が何なのかを、知りたい」
それは心の底から出た言葉で、さっきまで見ていた夢は恐らく自分のはるか過去の記憶なのだと認識していた
だから、始まり、根源とも言えそうなこの姿に変えられてしまったはるか昔を思い出したかった
それに、自分の片割れであろう少女がどうなったのかも
「分かった、できうる限りのことをしよう」
「記憶、記憶ねぇ…」
「そういうことに関しては僕は専門外なんだけど、知り合いに確かそういうことに詳しい人が…」
「いや、彼女は死んだんだっけ?どうも記憶があいまいだなぁ」
「トロン様が見てもらった方がいいんじゃないですか?」
手厳しいマリーの言葉に苦笑する
ひとまずまだ回復したばかりということでこの日は療養することになった
傷は完全に癒えていたが、その傷をいやすのに体力を使ったらしく、立ち上がるのもままならないほど疲弊していた
そして翌日、誰にも見られないようにトロンの魔道術、転移でその女性の元へと向かった
彼女はちゃんと生きていた
歳は20代前半に見えるが、実際はトロンと同い年で60を過ぎているらしい
詐欺である
若く見えるのは魔導の神髄ともいえる方法なので秘密だそうだ
サバサバとしていて、メガネの似合うクールな印象に、髪を後ろで結ったポニーテール、そして白衣を着た目元が涼し気な美人だ
「久しぶりね、トロン」
「やぁ、リュネ、生きていてくれてよかったよ」
「再開してそうそう喧嘩売ってるのかしら?」
本人に悪気はないのだが、トロンはちょくちょく失言をするらしい
「で、何の用なの?」
トロンはルーナについて語った
それを聞いてリュネは難しそうな顔をする
「結論から言うと、私には無理ね」
「記憶喪失ならともかく、この子のは前世ともいうべき記憶?とでもいうのかしら」
「脳内にあるわけじゃない魂に刻まれた記憶」
「そんなものどうやって取り出せばいいのか分からないわ」
そう言ってルーナの頭にポンと手を乗せる
「ごめんなさいね、ルーナちゃん、私じゃ力になれそうにないわ」
困ったような表情でルーナを撫でるとルーナは笑顔で「大丈夫です、ありがとうございます」と言った
それだけでルーナの性格が見て取れるような笑顔
そこでリュネは一つ思い出したことがあった
魂について研究をしている異端の魔導士のことを
彼の考えは誰からも支持されず、むしろ反感を買うような実験や研究の数々にすでに魔導士連盟機関から除名されている
その彼ならもしかしたら、ということらしい
というわけでその男が住むという館まで向かうことにした
「なぜ君もついてきているのかな?リュネさん?」
「あら、私もその子に興味を持ったの、悪い?」
リュネはナデナデとルーナを撫でながらさも当然というように館についてきていた
特に問題はないのでそのまましたいようにさせることに
彼が住む館はリュネの研究所からそう遠くないらしく、歩いて30分ほどという近場らしい
すぐに着いた
館は不気味、というほどでもなく、普通に手入れされていて、庭には庭師がいるし、内部では普通にメイドが働いていたため少し拍子抜けだ
館の主人は今街に研究用の薬品を買いに行っているとのことなので戻るまで待つことにした
それから一時間ほどで彼?は戻って来た
彼?の名前はパリケルと言う
青白い顔に四白眼、長く床に擦れているローブに寝癖のたくさんついた長い髪
驚くことに聞いていた人物像は完全に男だったのだが、彼、いや、彼女は女の子だった
それもルーナより少し年上、14歳くらいのだ
話を聞くと、彼女?は自らを実験台にして魂に干渉した結果、若返った上に性別まで変わってしまったようだ
「まったく、不便ったらありゃしないぜな」
「女の子の体ってのはこんなにも扱いが難しいものぜな?」
「時々腹は痛くなるし、その時なぜか血は出るし」
「よくわからんからそういうことはメイドに世話してもらってるぜな」
そう言って苦笑する少女?は可愛らしかったが、話している内容が内容だけにトロンたちも苦笑いするしかなかった
「さて、その子のことだけど」
「俺様に任せるぜな」
「魂に干渉すれば記憶何てあっという間に蘇るぜな」
自信満々にペタンコの胸元をポンと叩く
聞いていた話と違って気さくな人物のようでトロンは少し安心した
そうしてパリケルに連れられて、彼女が屋敷の地下に構えている研究室へと連れてこられた
この研究室には彼と志を同じくして、同じように追放された研究者が何人かいて、皆真剣な表情で研究に没頭していた
なぜここまで大掛かりな研究が機関の支援もなくできるのかと聞くと、パリケルは実はもともと貴族で金だけは唸るほど両親から相続していたので問題ないそうだ
それに、研究の副産物としてできた治療薬が驚くほど良く効く治療薬になったのでそれが飛ぶように売れているらしい
「ま、副産物は副産物ぜな」
「俺様は研究さえできりゃいいから最低限の研究費以外はもしもの時の貯金とメイドや彼らの給料、残りは全部寄付しているぜな」
少し話しただけだが、彼女は意外としっかりした人物であるとわかった
機関を追放されたのも魂に干渉するなど神への冒涜だの何だの言われた為、怒って自分から辞めたらしい
しっかりしてはいるが、意外と豪胆でもあるようだ
そして、ルーナへの魂の記憶に干渉が始まった
不安そうな顔のルーナの手をそっと握るアル
それで少し安心したのか、ルーナはそっと目を閉じた