2‐25
都庁にて闊歩する若い男、高級そうなスーツで身を固め、背筋は一本線が通っており、見る人をさわやかな気持ちにさせる
彼は20代にして総理まで上り詰めた歴代総理の中でもずば抜けて能力の高い男だった
名前は久慈川逢見、国民からの信頼も非常に熱く、誰にでも優しい熱血漢
それが彼を見た人々の印象
しかしその実、彼は裏で非道なことを繰り返していた
ライバルに手をまわし消したり、逆らう者をスキャンダルで社会的に抹殺し、死刑囚や孤児を使った人体実験まで行っている
彼は野心に燃え、この世界を掌握するだけではなく、別世界まで手に入れようとしていた
その第一段階が今のこの状況を引き起こした
実のところ彼にはこうなることが分かっていた
わかっていたからこそ引き起こしたのだ
この混乱に乗じて世界をまとめ上げるために
これを引き起こした人類共通の敵はあとででっち上げればいい
それに、すでにその敵についても偶然だが見つけた
運は今自分に向いてきている
逢見はニヤリと誰にも気づかれないよう笑った
「総理、あの三人のことなのですが」
「あぁ、俺自ら会いに行く。 一応お前たちは待機しておけ。 何が起こるかわからんからな」
「ハッ!」
逢見と話していたのは大きなマスクで顔を隠した真っ黒なスーツの男
この国は戦争を否定しているため軍はおらず、あくまで自衛のための隊があるだけ
そんな中、逢見には私兵がいた
彼らの組織はブラックスーツと言い、その名の通り黒いスーツを常に着ている
裏での工作や暗殺、果ては他国の裏で暗躍し、戦争を引き起こさせることもある
逢見の信頼する決して裏切ることのない精鋭1000名からなる組織
それがブラックスーツだ
逢見はルーナ達に会いに行くつもりだ
彼らを見極め、味方に引き入れるためだ
表舞台で敵として動いてもらい、決して殺さぬよう追いつめたように見せて裏で報酬を払う
これも人間同士でくだらない争いでしている世界をまとめるためだ
この世界がまとまれば異世界に侵略しても十分対処できる
そう彼は考えていた
彼の考えの及ばないような次元があるとも知らずに
逢見は私用のヘリに登場し、小坂へと発った
ルーナ達に会うために
数時間後、小坂にある空港へと降り立つと、すぐに専用車両でルーナ達のいる仮設住宅に向かった
ルーナは仮設住宅前の広場でまゆかと遊んでいた
かくれんぼや追いかけっこと言った子供らしい遊びだ
一番お姉さんに見えるパリケルも一緒になって遊んでいる
はたから見れば仲のいい三姉妹に見えることだろう
リゼラスはそれを保護者のように見守っていた
彼女はこの後仕事をもらいに行く予定だ
力仕事はお手の物なので資材搬入などの仕事を考えていた
そんな四人の元に身なりの良いスーツを着た男が現れた
「やぁ、あなたたちが明京の生き残りかな?」
誰だろう?とルーナは疑問に思った
「は、はい、そうです」
「僕のことは知らないかな? 一応テレビとかにも出てるんだけど」
「え、えっと」
「そっか、まだ政治には興味ないか。 僕は久慈川逢見。 一応この国の首相をしている」
「首相!?」
ルーナは転生していた時の知識で相手がこの国のトップだと気づいた
そう、彼がまゆかをこんな目に合わせた張本人なのだ
「あなたは、あなたは許せない!」
ルーナは目にもとまらぬ速さで逢見を地面へと引き倒し、彼に拳を向けた
逢見は驚く
達人ともいえる武術の心得がある自分が全く何の反応もできず引き倒されたのだ
しかも彼女はこちらに敵意を向けている
(これは、驚いたな。 異世界人とはここまで…。 これは計画を上方修正する必要があるな)
「ま、待ってくれ、君たちに謝りに来たんだ。 特にその子にね」
協力は恐らく得られないだろう
ならばこの場を乗り切って彼らを世界の敵とし世界の目を向けさせてばいい
「謝りに?」
「そうだ。 私たちは間違ったことをした。 だからこの後自分のしたことを公表し、罪を償うつもりだ」
「本当ですか?」
「あぁ、誓ってもいい。 だから手を離してくれないだろうか?」
ルーナはリゼラスに向き、どうすればいいかを判断してもらう
「ダメだな。 そいつはどう考えても信用できん。 私たちの手で施設のことと彼のことを自衛団に話した方がいいだろう」
(っち、疑り深いやつがいたか。 まぁいい、まだ手は…)
「いえ、放します。 私も一緒に彼について行きます。 いざとなったら私が始末します」
「そうか、ならば私もついて行こう。 パリケル、まゆかを頼む」
「うむ、わかったぜな」
パリケルは念のため簡易式の通信装置を二人に渡し、見送った
(少し計画とは違うがまぁいい、すでに手は打ってあるさ)
逢見は内心でほくそ笑んだ