プロローグ2
高校3年の受験戦争真っ只中、私は通いなれた通学路を12月の寒空のした白い息を吐きながら一人歩いていた。
まだ少し登校には早い時間だからか、周りには散歩している老夫婦がいるだけで他には誰もおらず、まさかここが普段、生徒でごったがえす通学路とは誰も思わないだろう。
私が早朝に通学しているのには理由がある。シンプルな理由で時間が純粋に不足しているからだ。
日常生活を送る事も今の私は非常に苦労をしている。授業に関する予習、復習といういかにも優等生な行いを毎日欠かさず続けている。
父の教えであるあきらめないという事が一番多く適用されるのはやはり勉強が大部分を占める。自転車に乗る練習や逆上がりの練習といった主に体を使う事は、一度できる様になれば自然と体が覚えており、時間が経ったからといって覚えた事ができなくなる事はないだろう。ただ、勉学は一度覚えた事であっても忘れてしまう事があるし、我々学生は常に新しい知識を詰め込む必要があるので、日々の勉強が重要となる。はっきり言って私は勉強が苦手であり、成績も悪くはないが学年で常に上位になる程優秀でもない。
ただ、勉強ができないからといって勉強をしないという事は父の教えに反してしまうので、人よりも時間をかけ必死に勉強しているのだ。
そんな私をみて皆はがり勉君やら優等生(笑)などと影で言われているのは知っているが、あきらめる事ができない私は人に何を言われようともやるしかないのである。
「それにしても寒いな。」
誰もいないのに、つい言葉にでる程、今日は冷え込んだ朝だった。誰もいない教室は当然冷え切っており、広い教室を暖めるには頼りないストーブの電源をいれ自分の席に座り、いつも通りに勉強を始めた。
異変に気づいたのはそのすぐ後だった。
この時間にはまだ当分は誰も来ないはずの教室から聞こえるはずもない声が聞こえた気がしたのだ。
「・・・助けて」
かすかに聞こえたその声はいつも聞きなれている声の気がした。
「・・・お・・にい・・・ちゃん」
それはとても小さな声だったが間違いなく惣一の妹である[山田ゆり]の声だった。
不安になった惣一は少し震えた手で自宅に電話をするも誰もでない。最近は反抗期で可愛げがない妹の声とは思えない程、弱弱しい声であったが確かにあれはゆりの声だった。
妹の声がこんな離れた学校まで聞こえる事などありえるわけないのだが、嫌な不安にかられた惣一は机に広げた教科書を乱雑にカバンに詰め込み、家に向かって駆け出したのだ。
静かな住宅街を息を切らして走る惣一の頭のなかは既に不安でいっぱいだった。
なぜ自分が幻聴ともいえる妹の声を聞いただけでここまで不安になるのか全くわからない。
だが、自然と走るペースがどんどんあがり、家に着いた時は玄関で靴を脱ぐのも忘れ、家族がいるであろうリビングのドアを勢いよく開けたのだ。
・・・最初は自分が今何をしているのか、何を見ているのか全く理解できなかった。
なぜ見慣れた家のリビングがここまで赤い色で塗りたくられているのか。
なぜ母は私の足元で両手両足を縛られ顔や胸、背中といたる所から血を流しどこを見ているのか分からない目で動かなくなっているのか。
なぜ妹は青白い顔で首に縄を括りつけられ、汚物にまみれた下半身を晒し、苦悶の表情を浮かべているのか。
なぜ父親は腹部から大量に血を流し、肩で息をしていながら私に何かを必死に伝えようとしているのか。
何もかもが理解できない事ばかりだった。
私のこれまでの生活が一変し、
普通の人生を歩めなくなったのはこの日が始まりだった。