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魔王さま、村娘にお誘いされる

 オレが砦に帰ると、アビスは外で、晩飯にする鳥の羽根を毟っているところだった。

 アビスが座るイスの周りには大量の羽根が散乱していた。


「ただいま」

「おかえりなさいませ。今日は珍しく遅かったですね、何かありましたか?」


 アビスは服についた羽根を払いながら立ち上がった。

 すると、なぜか強い風が吹いて、地面の羽根が舞いあがる。

 オレはそれをまともに受けて羽根まみれになってしまった。


「うわっ、今日は本当に厄日だよ!」


「魔王さま、それくらいは対処できたでしょう。一体何のための魔術ですか」


 ため息をつきながらなじられて、オレは思わずアビスに詰め寄った。


「おい、まさか今の風はお前が仕掛けたんじゃないだろうな!?」

「さあ、どうでしょうね? 記憶にございません」


 くそっ、アビスは時々オレの実力をはかるために罠を仕掛けてくる。

 それが偶然のものなのか、アビスの罠なのか判断しづらいので、オレも強く出れないのだが、これまでオレに起こった不運を考えれば、その全てが偶然だとは考えにくい。


 いつかきっとしっぽを掴んでやるからな!


 冷ややかな視線を送るアビスを睨み返しながら、顔や頭についた羽根を払う。


 あらかた払った後、今日あったことを話すためにイスに座った。

 アビスはオレの様子から何か感じ取ったのか、作業を完全に中断して向かいのイスへと座った。


「何か問題が?」

「そうだな。お前に相談したいことがある」


 オレは今日起こったことを簡潔に話したあと、村人に魔素不足の可能性があることや、魔獣や魔物が村を襲ったときの守りに不安があることを話した。


 アビスはオレの話を聞き終えると、腕を組んでしばらく考える素振りを見せ、やがて口を開いた。


「今日はこの村の統治者らしいことをされましたね。なかなか良かったんじゃないですか? 魔王さまが活躍できたのもアマレットさんのおかげですね。今度なにかお礼をしたほうがいいですかね」


 アビスが素直にオレを褒めたので、オレは驚いて口を開いたまま固まった。

 コイツに褒められるのは何ヶ月ぶりだろうか。


「どうしました? そんな顔をして。ここでは構いませんけど、外ではあまりマヌケな顔を晒さないでくださいよ」


 コイツはオレを何だと思っているのか。

 なにか言い返したいところだが、そんな会話をするより、村の問題について話し合ったほうがよっぽど建設的だ。

 我慢だ、我慢しろ。


「……まあ、今日はそう言うことがあったんだ。魔素不足や、村の守りについてはどう思う?」


「そうですねぇ。魔素不足については、その体調不良の女性の経過を見ないとなんとも言えません。ですが仮に魔素不足が原因だとしても、魔王さまや私は森に入っても危険はないのですから、私たちが恵みの木を見つけられたら問題は解決しますね」


「そうだな」


「それから村の守りについてですね。この村の周辺は、魔物や魔獣が見当たらなかったので特に守りは必要ないと考えていたのですが、その森に魔獣が出たというなら話は別です。以前講義でお教えしたと思いますが……」


「ああ、それが頭に浮かんだんだ。今までいなかった場所に魔獣が出たということは、すみかを失った魔獣がたまたまそこにいたか、もしくは……」


「もしくは、誰かがそこで生まれたばかりの動物を育てたかのどちらかです。そのイノシシは数年前に突然現れて、その後も森に住み着いていたということですから、今回のケースは後者ですね。誰かが作為的に魔獣を生み出したということです」


 断定的に言うアビスに、オレは疑問を投げかけた。


「なあ、イノシシは昔からいたけど、村人とは運良く遭遇しなかった、ということはないのか?」


「それは考えにくいですね。魔獣はかなり縄張り意識が強いですから。森に村人が入り込んだら、魔獣も何か行動を起こすはずです。今までいなかったところに魔獣が現れたということには、やはり作為的なものを感じます」


「そうか、どうするべきだと思う?」


「大魔王さまに報告するべきですね。神聖エル帝国の罠だという可能性もありますし、ヴィリ様にも伝えておくほうがいいでしょう」


 ヴィリというのは、オレの一番上の兄だ。

 兄の領地はエル帝国に面していて、水面下では争いが続いているので、先のアビスの発言になるわけだ。


 それから魔獣一匹で大げさな、と思う向きもあるだろうが、我がヘルウーヴェンの方針は『最善を目指すために最悪に備えよ』だ。

 小さな情報から危機を回避したことは、数え切れないほどある。


 それを考えると、情報が入ってこない今のイシロ村の状況は大変よろしくない、ということになる。

 一度、兄上のところで情報を集めておいたほうがいいな。


「明日にでも兄上のところへ報告に行こう。親父殿には兄上から話していただくのが無駄がないだろう」


「そうですね。ですが、まずは森の様子を調べてからのほうがいいのでは? 他にも魔獣がいるかも知れませんよ」


 確かにそうだな。まずは現状把握が先か。


「では報告に行くのは森を調べてからにしよう。で、肝心の村の守りについてだが……」


「私には妙案は思い浮かびませんね。せいぜい魔獣を手懐けて番犬代わりにするとかですか」


 などと、アビスは結構無茶なことを言う。その魔獣から村人たちを守りたいのだ。

 オレは代案を提案する。


「それより村人に魔術を教えるというのはどうだ? 魔素が多いこの土地で育った村人たちなら、魔力も多そうだ。それに村長は昔、冒険者だったらしいぞ。魔術の強化なしにガーゴイルと戦ったとも言っていたから、基礎を覚えるだけでも相当なものになるんじゃないか?」


 村長の武勇伝を話すと、アビスはメガネを光らせて言う。


「ほう、ガーゴイルですか。魔王さまの案が上手くいくかは分かりませんが、やってみる価値はありますね」


 もしかしたら二人は気が合うかもしれない。

 魔物の話で盛り上がったりしそうだ。


「まあ、オレが今思いつくのもそれくらいだ。報告の際に兄上にも相談してみるよ」


 そう言って相談を終わらせた。

 アビスは鳥の羽根をむしる作業を再開する。

 オレはそれを見て、自分の服が羽根だらけになっていることを思い出す。


 ちょっと情けない気持ちになりながら、服についた羽をつまんでいると、今日一日でオレの耳に馴染んでしまったあの声が響いた。


「魔王さま〜」


 声のする方を向くと、アマレットが遠くから走ってくるのが見えた。

 例によって髪の毛とスカートが同じタイミングで跳ねている。


 あのあと村長に叱られたはずなのだが、既にそんなことは忘れた、とでも言いたげな笑顔だ。

 彼女はテーブルの側まで来ると、息を弾ませながら言った。


「魔王さま! これ、これを持ってきました!」


「そんなに慌てるなよ。ほら、まずは呼吸を整えろ……よし。で、何を持ってきたって?」


「これです! 焼き菓子です!」


 そういえば村長の家に行ってこれを食べた時、アビスにも食わせてやりたいと言った覚えがある。


「わざわざ済まないな。おい、アビス。アマレットがお前に菓子を持ってきてくれたぞ」


 と言うと、アビスがこちらに近寄ってくる。

 アマレットは笑顔で菓子の入った袋を差し出した。


「これを私に頂けるのですか? アマレットさん、届けていただいてありがとうございます。後で頂きますね」


 アビスが頭を下げるのに合わせて、アマレットも頭を下げた。

 なんだか表彰式みたいでシュールだった。

 アビスが菓子を砦に持って入るのを見届けると、オレはアマレットに話しかけた。


「わざわざここまで来たのは、あれを持ってくるためか?」


「いえ、それだけじゃないです。祭りの準備ができたので、魔王さまたちをお招きしようかと思いまして」


「オレたちを?」


「はいっ、特に魔王さまは魔獣を退治していただいたので、お祭りの主役ですよ!」


 アマレットは左右の拳をブンブンと上下に振りながら言った。


「誘いはありがたいが、オレたちが行ったら村人達に気を使わせるんじゃないのか? さすがのお前もさっきの騒動で気付いただろ? 魔族は恐れられているんだよ」


「いえっ、気づきませんでした!」


 そこは気付くところだろ!

 元気よく返事をしたアマレットに、心の中でツッコミを入れた。

 するとなぜか彼女はシュンとしてしまった。


「でもおじいちゃんに叱られた時にそのことも注意されて……魔王さま、本当にごめんなさい。私が余計なことをしたせいで、村のみんなだけじゃなくて、魔王さまにも迷惑をかけていたんですね」


 心の中のツッコミが届いてしまったのかと一瞬焦ったが、違ったようだ。


「迷惑ってほどでもないさ。別に怒っているわけでもないしな。それよりも祭りの話だよ、オレたちは行かないほうがいいだろ」


「大丈夫ですよ〜。みんなもうお酒をたくさん飲んで、できあがっちゃってますから」


 何が大丈夫なのかよく分からない。酒を飲んで気が大きくなっているということか?

 それでもオレたちが現れたら、びっくりして酔いが覚めてしまうんじゃないのか?


「それに今日お話していたおばあちゃんが、元気になったんです! 魔王さまが狩ってくれたイノシシのお肉を食べてもらったら、すぐ元気になったんですよ! 今日のところは無理をしないように、っておじいちゃんが言ったので、祭りには参加しないんですけど」


「ああ、調子の悪かったというバアさんか。良かったな」


 魔素を多く含む肉を食って元気になったということは、やはり魔素不足が原因だったか。なら明日は森を探索して恵みの木を見つけないといけないな。


「はいっ! それでおばあちゃん、魔王さまにお礼が言いたいって言ってました。おばあちゃんの家は広場から近いところにあるので、お祭りのついでに寄っていってあげてください」


「それは明日でもいいだろう? 祭りに参加するのは気が進まないな」


「そんなことを言わずに来てくださいよ〜」

「いや、だからだな……」


 押し問答を繰り返していると、いつの間に戻っていたのか、アビスがオレの後ろから声をかける。


「いいではないですか。村人たちと打ち解ける、いい機会だと思いますよ」


 アビスの登場で、味方ができたとでも思ったのかアマレットは嬉しそうだ。


「ほら、アビスさんもこう言ってますよ」

「うーん、しかしだな……」


 どうしても気が進まないので渋っていると、アマレットはオレの手を掴んで引っぱった。

 急に手を掴まれてオレは驚く。


「なっ、おい! 引っぱるな!」


 オレが叫んでも、彼女は遠慮する気配すらない。


「さあさあ、早く行きますよ〜」


 掴まれた手を無理に振り払うこともできず、結局オレは広場へと連れて行かれることになるのだった。

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