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魔王さま、魔獣を討伐する

「魔王さま〜!」


 森の様子をうかがっていると、後ろの方で聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、嬉しそうなアマレットが走ってくるのが見える。

 あの様子だと、村長から森に入る許可がもらえたのだろう。


 駆け寄ってくる彼女の髪の毛とスカートが、まったく同じタイミングで跳ねている。

 それが面白くてオレはその動きに見入ってしまうが、やがて彼女が側まで来て立ちどまり、その動きも止まってしまった。

 オレはそれを少しだけ残念に思いながら、肩で息をしている彼女に言った。


「早かったな」

「はい、久しぶりに森に入れるのが嬉しくて急いできました。さあ、早く行きましょう!」


 笑顔の彼女に背中を押される形で、オレは森の中へと入っていった。




 森の中は意外にも明るかった。

 木々の間から漏れる光は、幻想的な演出となってオレたちを迎えてくれる。

 ここに精霊が住んでいると言われたら、信じてしまってもおかしくない。

 オレはイシロ村にこんな森があったのかと感心しながら歩みを進めた。


 二人で並んで森を進んでいると、突然アマレットが声を上げた。


「あっ、火炎イチゴがあります! 魔王さま、摘んでいってもいいですか?」


 彼女は足元にあるそれを指差した。

 火炎イチゴというだけあって、燃えるように真っ赤な色だった。


「ああ、だけどそのカバンに入るだけにしておくんだ。凶暴化した魔獣が出た時に、両手が塞がっていたら危険だからな」


「分かりました。少しだけにしておきます」


 嬉しそうにイチゴを摘むアマレットを見て、和やかな気持ちになったが、直ぐに気を引き締めなおす。


 いつイノシシと遭遇するとも分からないのだ。

 オレは周囲を警戒しながら、腰から剣を外して彼女の近くに座った。


「しかしよく村長が許可したな」


 世話話のつもりで声をかけると、アマレットは手を止めて、オレの方を向いた。


「はい? おじいちゃんがどうしました?」


「いや、だからオレが付いているとはいえ、危険な森へ孫を行かせるんだから普通は心配だろ。だいたい、村長はオレの実力を知らないだろう? 村長にはなんて言ったんだ?」


「えっ? おじいちゃんは見つからなかったので、広場の伝言板に『魔王さまに森へ連れて行ってもらいます』って書いてきたんですけど……」


「んん!? 広場の伝言板だと? 村長の許可はどうしたんだ!?」


「はい、おじいちゃんはあそこの伝言板を必ずチェックするので。だから許可は……あっ! 許可はもらってないです! どうしよう!」


 コイツアホの子かよ!


 青くなったアマレットだが、オレはオレで別の事実に青くなっていた。


 コイツは広場の伝言板に書いてきた、などと言った。

 それだと村長以外の村人もそれを見るんじゃないのか!?

 しかもコイツの書き方だと、まるでオレがコイツを森へとさらったみたいだろ!


 いや、まず間違いなくあの村人たちならこう思うはずだ。恐ろしい魔王が若い娘を誘拐した、と。


 ここで青くなっていても仕方がない。

 大騒ぎになる前に村へ戻って伝言を消すべきだ。

 まだ誰も見ていないかもしれない。


 オレは立ち上がってアマレットに向かって叫んだ。


「直ぐに村へ戻るぞ! 大騒ぎなる前にだ!」

「はい! おじいちゃんに怒られたくありません!」


 オレたちがそれぞれの心配事を口にしながら駆け出した時だった。

 低い唸り声とともに、山のようなイノシシが姿を現したのは。


 「フゴッ、フゴッ!」


 魔獣は鼻息荒く首を振っている。

 アマレットはそれを見て、首を竦めて驚いている。


「あわわ!?」

「今日は厄日だ……」


 今日、オレにふりかかった厄とは、この獣なのかアマレットなのか。

 それがどちらのことなのか考え込みそうになったが、イノシシの、オレ達へ向ける明らかな敵意を見て、今すべきことへと集中した。


「ゆっくりオレの後ろへ下がれ、アマレット。できるだけイノシシを刺激しないようにしろ」


 オレが低い声でそう言うと、彼女は涙目でブンブンと首を縦に振った。

 それに合わせるようにイノシシの目が反応する。


……刺激しないようにしてといったのに!


 オレは心の中で彼女にクレームをつけたが、まだイノシシが襲いかかってくることはなかった。

 オレはゆっくりと剣を構え、初歩中の初歩である防御陣の魔術を行う。

 オレが呪文を呟いた瞬間、青白い光が放たれて、オレとアマレットが立っている地面に、円形の魔術陣が浮かび上がった。


「わわっ?」

「アマレット、それはお前を守るための魔術陣だ。絶対にそこから出るなよ」


 オレはそれだけ言ってイノシシに向かって歩いてゆく。

 イノシシは光に興奮したのか、足元の土を後ろへ蹴りながら、激しく頭を振る。


「その図体で村を襲われてはかなわん。お前には悪いが村の晩飯になってもらうぞ」


 オレは剣に魔力を注いで強化を行った。

 すると後ろの魔術陣も、それに呼応するように光が強くなる。

 それを見て、ついにイノシシはオレに向かって突進を始めた。


 アマレットが叫ぶ。


「魔王さま! 危ない!」


 心配無用、危ないことなど何もない。


 オレは地面を蹴ってイノシシの突進を躱すと、ふわりとイノシシの背中に乗る。


「南無」


 アビスが狩りの時によく呟く呪文を言いながら、オレはイノシシの頭へと剣を突いた。

 イノシシは悲鳴もなく絶命し、崩れ落ちた。


 オレがイノシシの背中から降りて、アマレットに向かって声をかけると、彼女は気の抜けたような顔で返事をする。

 動物が死んだところを間近で見たので、少しこたえているんだろうと、オレは思った。


 オレは魔術でイノシシの血抜きをしたあと、腐敗防止のために凍らせて、魔石にそれを放り込んだ。

 最初はぼうっとしていたアマレットだったが、魔石を見て興味が出てきたのか尋ねてくる。


「その石はなんですか?」


「ああ、魔石というものだ。いろんなことに使えて便利なんだが、今回はイノシシを運ぶのに使う」


「わあ、あんなに大きかったイノシシが、こんなに小さな石の中に入っちゃったんですか? 不思議ですね!」


「そうだな、オレも詳しい原理は教わってない。かなり勉強しないとその原理も理解できないらしいな。完全に理解できるのは魔石を専門に研究している魔学者くらいらしいし」


「魔学者ですか?」


「ああ、魔学者というのは、魔術を研究する職業のことだ。彼らのおかげで日々、魔術の技術は進化している。数年前までは今みたいな真似もできなかったんだから、魔学の進歩も早いもんだ」


「へ~、すごい方たちなんですね」


「まあ変人も多いみたいだがな。さあ、早く村へ戻ろう。まだ間に合うかもしれない」


 急いで村に戻らなければならないということを忘れていそうなアマレット。

 オレが促すと、彼女は急に慌てだした。


「あっ! そうでした! 早く、早く行きましょう!」


 全部言い終わる前に彼女は走り出し、オレも慌てて追いかけたのだった。

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