魔王さま、見栄を張る
アマレットの話を整理するとこうだ。
幼い頃からアマレットは、村の北にある森で採れる食材を集めては、村の住人に配っていた。
その森で採れるものは、火炎イチゴ、土ウサギ草、月メイプルの蜜、悪魔の木の実、等々。
北の森は魔素が濃いようで、植物の成長や回復が早く、一日経てば同じ場所で同じものが採れたらしい。
ところがアマレットが10歳になった頃から、森で今まで聞いたことのない、動物の唸り声のようなものが聞こえ始めた。
彼女はしばらくそれに怯えながらも採集を続けていたが、ついに魔獣と遭遇してしまう。
それは全長5mはあろうかという巨大なイノシシだった。突然突進してきたイノシシに、彼女はなすすべもなく跳ね飛ばされてしまう。
気がつくと目の前には彼女の祖父がいて、何故かイノシシはいなくなっていた。
祖父にイノシシに跳ね飛ばされたことを言うと、森に入ることを禁止されてしまった。
代わりの採集場所として、先程いた草原地帯へと移ることにしたが、採取できる食材の種類が大幅に減ってしまった。
「そんな目にあって良く無事だったな」
半分呆れながらアマレットに言うと、彼女は照れながら頬をかいた。
「はい、何故か魔獣がいなくなっていたので食べられずに済みました」
「いや、そうじゃないだろ! よくそんなデカブツに跳ねられて無事にすんだな、という意味だよ!」
見当違いの返答に、オレは思わずツッコミを入れてしまう。
大体魔獣とか言っているが元はただのイノシシだ。
イノシシは人を食べないだろうが。
「えへへ、私、体だけは丈夫なんです!」
満面の笑みを返すアマレットを見て、オレは頭が痛くなった。
体が丈夫だとかいう問題ではない。
10歳のガキがそんなのに跳ねられたら、普通は死ぬぞ。
コイツが今こうやって笑っていられるのは、たんに運が良かっただけだ。
村長が森への出入りを禁止したのは、まったく正しい判断だろう。
オレがこめかみを押さえながら考えていると、アマレットが声の調子を落として言った。
「お菓子に使えるイチゴや蜜が採れないのも残念なんですけど、それよりも悪魔の木の実が無いのが、一番ダメなのかなって思うんです」
「へえ、悪魔の木を見つけたまま放置しておくのは、神聖エル帝国では禁止されていただろう。この村では許されていたのか?」
オレが聞き返すと、彼女はなぜか嬉しそうに答えた。
「いえっ、ホントはダメです。禁止です。でもおじいちゃんが少しだけなら体に良いから、帝国の監察官さんが来ても黙っておきなさいって言って、それでそのまま残っているんです」
やるな、オッサン。
悪魔の木というのはオレたち魔族の間では、恵みの木として知られていて、その木の実や葉は、豊富に魔素を含んでいるため重宝されている。
だが神聖エル帝国では、悪魔が宿る木だとか言って、教会主導で周りの土ごと掘り返して、どこかに運んでいるらしい。
大方、魔素が必要なお偉方や、教会の魔術師にこっそり配分でもしているんだろう。
魔素が足りないと体の調子が悪くなる。
そういった者には恵みの木の実を食わせることがあるので、村長の判断は良かったのだと思う。
まあ、その木がある森も今は入れないわけだが。
「悪魔の木の実を採れなくなってから、村で体の調子が悪くなる人が増えた気がして……広場の近くに住んでいる最年長のおばあちゃんも、最近調子が悪くて心配なんです」
と、アマレットは悲しそうに言う。
「魔素が足りなくて、そのバアさまの調子が悪いのかは分からんが、悪魔の木の実が手に入らないのは問題だな。この村では他に魔素を多く含む食べ物が無いようだし」
オレがそう言うとぴょこんと顔を向けて尋ねる彼女。
「マソ? マソってなんでしょう?」
「魔力の素という意味で『魔素』だ。魔素は全ての生き物が持っていて、それが足りないと調子が悪くなったりする。恵みの木……お前たちが悪魔の木と呼ぶものだが、その木の実や葉は多くの魔素を含んでいるから、バアさまの調子が悪いのが魔素不足のせいなら、実でも葉でも食わせたら治るかもしれないな」
「わあ! じゃあおじいちゃんが悪魔の木、じゃなくて恵みの木ですね! それを隠してたのは正しかったんですね! すごいです! 魔王さまは色んなことを知っているんですね! 神聖エル帝国のことも詳しいし、私と少ししか違わないのに、どうしてそんなにものしりなんですか!? あっ! 魔素っていうのも私の中にあるんですよね!? なんだが不思議な感じですっ。おばあちゃんも良くなりそうだし魔王さまにお願いして正解でした!」
再び興奮して手がつけられなくなったアマレット。
その勢いに押されたオレは、イスごと後ずさり距離を置いた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。ちょっと落ち着いてくれるか。木の実を食わせてバアさんの調子が良くなるかは分からんし、それに、森に入るのは村長に止められているんだろう。まずはそこからだ」
それを聞くと、みるみるうちに彼女の表情が暗くなる。
「あ、おい、そんなにしょげ返るなよ。まずはオレが森の様子を見てくる。そのついでに恵みの木を見つけたら、木の実と葉を採ってきてやるよ」
「そんな! 危ないです、危険ですよ!」
慌てるアマレットに、オレは少しだけいい格好をしたくなった。
不敵に口の端を釣り上げ笑ってみせる。
「フフフ、オレは魔王だぞ。魔術師の王と書いて魔王だ。流石に親父殿や兄上たちには敵わないが、平均的な魔術師程度なら10人でも100人でも束になったところで相手ではない。そんなオレが、ただデカくなっただけのイノシシに遅れを取ると思うか?」
「思いません! すごいすごい! 魔王さま、すごいです!」
アマレットはそう言って、尊敬の眼差しをオレに向けた。
だが、オレは勢いで言ってしまった内容に内心焦っていた。
……ヤバい、ちょっと盛りすぎたかもしれない。
単純な魔術の打ち合いならともかく、100人と実際に戦えば袋叩きだろう。
だが、イノシシに負けることはないのでこの場は良しとしておこう。
そのほうがアマレットも安心できていいじゃないか。
目を輝かせて立ち上がったアマレットを見ていると、オレは段々といい気分になりはじめた。
オレには三人の兄がいるが、全員が化け物のような強さだ。
彼らを前にすれば、いくら同じ大魔王の息子といえども霞んでしまう。
これほど素直に賞賛されたことも初めての経験だから、ちょっとくらい、いい気になってしまっても仕方ないと思う。
気分を良くしたオレは、森に向かうためにアマレットに言った。
「そういうわけだから、お前はここでおとなしく――」
「魔王さま! それなら私も行っていいですか! 恵みの木があるのは奥の方なんですけど、私なら案内できると思います!」
「いや、だからそれは――」
「やっぱり私なんて足手まといですよね……ごめんなさい」
再びシュンとしてしまうアマレットに、オレは慌てて手を振った。
「あ、いやいや、魔獣程度なら、お前一人守りながらでも余裕で退治できる。そうじゃなくて、お前は村長に森に入るなと言われているんだろう。許可をとってこれるなら連れて行ってもい――」
「大丈夫です! おじいちゃんに言ってきます! あっ、魔王さまは森の入り口で待っていてください!」
アマレットはそれだけ言い捨てて、広場の方へと駆け出していってしまった。
オレは呆然とそれを見送っていたが、ため息を一つ吐いたあと、森の入り口へと向かった。