魔王さま、イシロ村G3会議を行う
「おかえりなさいませ」
転移魔術でイシロ村へと帰ってきたオレとアマレットは、アビス、村長、それにアンナによって迎えられた。オレは足元の魔術陣を無効化して、口を開いた。
「ああ、出迎えご苦労さま」
「ただいまです!」
アマレットが元気に帰ってきたのを見て、アンナはホッと胸をなでおろす。
あの様子では、オレたちが出発してから帰ってくるまで、気が気でなかったに違いない。
そんな彼女の心労にも気付くはずもなく、アマレットはミシャで買ってきたお土産を渡して笑っている。
「留守中は何か問題はなかったか?」
アビスと村長に聞く。
「魔獣に関しては問題らしい問題は起こりませんでした」
「村のほうも平和そのものでしたぞ」
「それならよかった。オレの方も無事、兄上に報告することができたよ。で、そのことについて二人に相談がある」
「そうでしたか。では立ち話もなんですので、私の家へどうぞ」
オレとアビスは村長に続いて家へと向かう。それを見てアマレットはオレに向かって言った。
「魔王さま! 私は近所のみなさんにお土産を渡してきます!」
振り返った時には、すでに彼女は駆け出していた。
そんなことまでわざわざ報告しなくてもいいだろうに。
オレは苦笑いしながら村長の家へと入るのだった。
村長が出してくれたお茶を飲んで一息ついたあと、オレは二人に切り出した。
「ミシャへ行った結果だが、イシロ村の戦力が増えることになった。若い魔族が一人と飛竜が一匹だ」
それを聞いて村長は驚き、アビスは「ほう」とつぶやいた。
「単純に村の戦力が二倍になったと考えてもいい。アビスに村の守りを任せておいて、その間に森の魔獣を狩っていくのはどうかと、兄上が提案してくれた」
「その方法で問題はなさそうですね。飛竜の察知能力ならば狩り残しもないでしょう」
「だな。で、相談だ。えーと、飛竜の住む場所は北の森で問題ないとして、魔族の……ソラヤ・ミストと言うんだがソイツの住む場所をどうしようか、というのが一つ。それから村人への飛竜のお披露目の方法をどうするか、がもう一つだな。いきなり竜族が現れたらパニックになるだろうし」
オレの相談に村長が頷く。
「その魔族の方と飛竜はいつ来られるんですかな」
「スマン、明日なんだ」
「明日ですかの……」
「随分急ですね」
「早いほうがいいと思ってな。ま、飛竜は森においておけば村人には見つからないし、慌ててお披露目しなくてもいいだろ。先ずはソラヤの住む場所だよ。まさかソイツまで森に住めとは言えんしな」
「エンリの所で寝泊まりしていただくのはどうですかな? 彼女なら魔族の方でも気にすることもないでしょうし、寂しいのも紛れると思うんですが」
村長からの意外な提案だった。それもいいが、そういうのはソラヤが村に馴染んでからのほうがベターだと思う。
アビスも同じように思ったのだろう、腕を組んで考えている。
「エンリさんの負担になりませんか? 魔王さま、ソラヤさんというのはどういった方なんです?」
「オレの印象だが、そうだな。少々思い込みが激しくて……カタブツ、だな」
「なるほど。エンリさんの迷惑になりそうですね。やはり砦にある荷物を出して、新たに部屋を作るのがいいのでは?」
「それがいいか。だが、いま以上に部屋が狭くなるのか……」
現在ですら狭苦しい思いをしているのだ。今よりも、部屋の壁がベッドに近づいてくると考えると、気が滅入りそうになった。
「仕方ありませんよ。魔獣騒ぎが落ち着いたら、大きく建て直しましょう。それより飛竜のお披露目についてはどうするのですか?」
「いきなり見せるのはダメだろうから、先ずは村長に話してもらおう。そうだな……魔獣から村を守ってくれる優しい竜族、という触れ込みではどうかな?」
と聞くと、村長は言った。
「村のものにはそのように話してみましょう。ですがその前にその飛竜を見せてもらってもよろしいですかな?」
「ああ、明日ソラヤが来たら呼びに行くよ。ヤツには村の外で待つように言ってあるから、飛竜がいきなり村に入ってきてパニックになるようなことはないだろ」
村長が頷いたのを確認して、オレは茶を飲む。
これで明日のことはいいだろう。あと、他に何かあったかな?
「ヴィリ様は森の魔獣について何か仰っていましたか?」
アビスが言った。
「ああ、忘れるところだった。やはり兄上も、森の魔獣の件に、帝国が絡んでいる可能性があるとお考えのようだった。それでミシャで行われている帝国対策会議に、オレも出席できることになったよ。お前にも出てもらうかもしれない」
「分かりました。情報の共有ができるようになるのは大きいですね」
「ああ、いずれはイシロ村でも。地区の代表を集めて会議をしたいが、今のところはこの三人でやっていくつもりなのでよろしくな」
相談が終わり、アビスは昼飯の準備のために砦へと戻ったが、オレはもう少しゆっくりしていくことにした。
今は村長が入れてくれた二杯目の茶を飲んでいる。
「アマレットは魔王さまの迷惑にはならんかったでしょうか」
と村長はニコニコしながら言った。
彼はアマレットのことをそこまで心配していなかったのだろう。
「ああ、大丈夫。問題なかった」
「ならいいんですが。アンナがやたらと心配しておったんで。仕事も手につかんようでしたわ」
村長は禿上がった頭を掻きながら笑った。
オレもアンナの様子を思い浮かべて笑う。
「まあ、それも仕方ないかもな……そうそう、仕事で思い出したよ。アマレットにはちらっと言ったんだが、アイツにオレの仕事を手伝ってもらうことになるかもしれん」
「アマレットにですかな? あの子に務まるならよいのですが」
「難しいことをさせるわけじゃないから安心してくれ。まずは、恵みの木の実の配給がてら、村人の要望を取りまとめてもらおうかと思ったんだよ」
「要望でしたら私が聞いておきますが」
「オレも最初はそれでいいと考えていたんだがな。村長もまだオレに遠慮があるだろう? ちょっと図々しいくらいでちょうどいいんだよ。アマレットが図々しいとは言わんが、遠慮がないところが気に入った。アイツのおかげで、エンリの体調のことも知ることができたし、森に住む魔獣のことも発覚したわけだしな」
「そうですか。そうおっしゃっていただけるんなら、ありがたいですな。あの子のこと、どうかよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ。そのうち給金も出せると思う……ところで、アビスに魔術を教えてもらったろう? 感触はどうだった?」
「はい、まずは、強化の魔術でどのようなことができるのかを教えていただきました。実際にアビス殿に強化の魔術を見せていただいたのですが、凄まじいですな。次回からいよいよ私も実践に入るのですが、楽しみですわ。難しいとは思うのですが、やり遂げてみせますぞ」
「そうか、やる気になってくれてうれしいよ」
意欲的な村長を見て、オレは嬉しくなった。
これで、他の村人も興味を持ってくれればいいんだが……
「そういえば、結局アンナは見学していったのか?」
「はい、なんだかんだ言っておりましたが、私と一緒にアビス殿の講義を聞いておりましたわ。
「そうなのか」
「はい。ただ、彼女は武器を持ったことすらありませんからな。アビス殿がおっしゃるには、戦闘の経験のない者は、強化の魔術を教わるよりは、防御陣などの守りの魔術を教わったほうが無駄がないとのことでした」
「うん、そうだな。魔力も無限に使えるわけじゃない。強化の魔術は、意外に魔力を多く消費するから、自己防衛のためなら防御陣を使ったほうが消費魔力も少なくてすむ」
「ですが、アビス殿は魔術師ではなく剣士なので、強化魔術が専門とおっしゃっていました。守りの魔術を教わるなら、魔王さまから教わるのがいいと」
「ああ、だから村長以外の村人にはオレが講義をしようと考えているんだが、アンネは来てくれるかな?」
「むう、正直に言いますと難しいと思います。アンネはまだ、少々ですが、魔王さまに対して遠慮があるようで。まあ、他の者はそうでもなくなってきましたんで、魔術講義をされるなら、そこそこの人数は集まると思いますぞ」
やはりそうか、アンネはまだオレに怯えていると。
だが村長は気にすることはないという。
「次回の村の話し合いで、魔王さまの魔術教室が行われることも知らせておきましょう。興味がある者は他にもたくさんいるはずですから、魔王さまもそんなに気になさることもないですぞ」
「そうか、まあ、最初はアマレットに教えながら様子を見て、だんだんと人数を増やしていくことにするさ」




