魔王さま、村娘と村へ帰る
さて、アマレットとリューがじゃれ合っている間に、オレのやるべきことをやっておこう。
テンペストに、オレの魔力を与えてやらなければいけない。
ここで飼われている飛竜なら、このまま連れ帰ってもオレの言うことを聞くだろうが、オレの魔力を与えることで主従関係をよりハッキリさせることができる。
労働の対価としての食事みたいなものだ。
「さあ、テンペスト。オレの魔力を喰らうといい」
オレが掌に魔力を集中させると、そこから青白い光が放たれる。
テンペストはその光に一瞬のけぞったが、それが魔力の光だと分かると、すぐに頭を近づけて自分の中へと取り込んでしまった。
「ハハ、どうだ? オレの魔力はお気に召したかな」
テンペストが低く喉を鳴らして、頭を寄せてきたので、それを撫でていると、ソラヤが遠慮がちに話しかけてきた。
「あのう、ジン様の魔力は青色なのですか?」
振り向くと驚き顔のソラヤがいて、その隣のテイマー達も口を開けたままオレを見ていた。
確かにオレの魔力色は珍しいが、そんな反応をするほどなのか?
「そうだが……というかソラヤ、お前は北門で、オレの魔力を込めた剣を見ただろう」
「あ、ああ、はい。そういえばそうでした。しかし青く光る魔力は見たことがなかったので、剣の紋様かと思っていました。式典用の剣かと……」
テイマーはテイマーで、オレの手に残された魔力の残滓を見て「青い魔力……」「神々しい……」などと呟くのだ。
「おいおい、魔力色ぐらいで大げさだな。まあ、自分でもそこそこ綺麗な色だとは思っているが、そんなに驚くようなものじゃないだろ? それ以外にメリットがあるわけじゃないし」
オレはテンペストの首に寄りかって言ったが、オレの魔力色を見たことがあるはずのアガリアが、首を横に振る。
「いいえ、ジン様の魔力色を見れば、魔術の心得のある者なら、誰もが心を奪われるでしょう。彼が神々しい、と言ったのには同意します。ジン様の魔術陣が最も美しいと、ヴィリ様も仰っておりましたよ」
「兄上が?」
「ええ、ヴィリ様だけではありません。シャンナ様もお褒めになられておりました」
「そ、そうか。あの姉上までそう言っていたのなら自慢になるかもしれないな」
シャンナ姉は、ヘルウーヴェンの王族の中では、誰よりも芸術を愛していて、鋭い審美眼を持っている。
以前は髪型や服装について、よくダメ出しをされていたので、オレは彼女に対してちょっと苦手意識がある。
とはいえ、普段、彼女が褒める人物といえば、ヴィリ兄くらいしかいなので、ダメ出しくらい気にすることもないのだが。
「ま、自分の魔力色の評価は、上方修正しておくよ……さて、やることも済ませたし、そろそろイシロ村へ戻るよ。ソラヤ、テンペストをよろしくな」
「はっ! お任せください!」
「アマレット、村に戻るぞ。ソイツを返してこい」
「分かりました……リュー、またいつか会いに来ますね」
アマレットは名残惜しそうにしながら、奥の扉にいた若いテイマーへリューを渡すと、オレのそばへと戻ってくる。
するとリューはテイマーの腕の中で、翼を広げて暴れ始めるのだ。
「ガー! ガーッ!」
アマレットと離れるのが嫌なのだろう。
散々暴れたあと、小さな羽で飛び上がると、アマレットの元へと舞い戻ってしまう。
だが駄々をこねて彼女の気を引こうとするリューを、アマレットは叱りつけた。
「こら、ダメですよ! そうやって暴れて、キミのお世話をしてくれる人達に迷惑をかけちゃいけません! イイコにしていたらまた、会いにきてあげますから」
「ガー?」
「本当ですよ。また、魔王さまにお願いして、連れてきていただきます」
おい、そういうのは、まずオレの許しを得てから言うものなんじゃないのか?
そんなことを思いながら彼女たちの様子を見ていると、リューは吊り上がった細い目をオレへと向けた。
『本当に連れてこれるンだろうな?』
そんなふうに言われている気がする。
オレは肩をすくめた後、嫌そうな顔をするのも構わず、リューの額をつついた。
「分かったよ。また連れて来ればいいんだろう」
何しろアマレットにも例のキラキラした目で見つめられていたのだ。
二つの期待と四つの目を向けられて、その圧力に負けたオレは、結局そう言うしかなかった。
「魔王さま、ありがとうございます! リュー、よかったですね!」
アマレットがチビ飛竜を持ち上げて喜ぶ。
村娘に持ち上げられたリューは、また、偉そうに「ガー!」と鳴いた。
「その代わり、お前にもオレの仕事を手伝ってもらうぞ。魔王の補佐ということなら連れ回しても、よそから文句は出ないだろうしな」
「分かりました! 私にできることならお手伝いします!……でも何をすればいいんでしょうか?」
アマレットはリューを持ち上げたまま首を傾げた。
「ま、それもおいおい決めていこう。まずはイシロ村へ帰ってからだな」
「はいっ、そうですねっ、そうしましょう! リュー、また、会いましょうね」
「ガガー!」
飛竜たちに見送られて、竜舎を出たオレは振り返って呟いた。
「最後に面白い出会いがあったな」
「はいっ、またここに来るのが楽しみになりました!」
「毎回お前を連れてこれるかは分からないぞ。ソラヤに村の守りを任せられるようになったら、何回かはアビスを連れて来たいしな」
ソラヤの方をちらりを見ると、彼は慌てて姿勢を正した。
「はっ! 全身全霊で任務にあたらせていただきます!」
彼のそんな様子に苦笑いしながら、オレはちょっとした注文をつけてみる。
「ちょっと固いぞ。イシロ村の一員となるからには、もう少し砕けた態度で接してもらいたいものだな」
「しかし……私は大魔王様に大恩ある身です。ご子息であるジン様に、無礼を働くわけには参りません」
「お前が親父殿に恩があるのは分かった。だけどオレが何かしたわけじゃないだろう。だからオレにはもっと気安い感じで頼む。それに無礼は今更だろ。昨日のことを忘れたわけじゃあるまいし」
「ぐっ、ですので! これ以上の礼を失するわけには……!」
「イシロ村ではオレは恐れられていたんだが、最近ようやく村人との距離が縮まってきたんだ。そこへ肩肘張った魔族がやってきたら、また驚かれるだろう? もっと柔らかい態度で接してくれよ。」
「……善処いたします」
城に戻ると、入り口に馬車が用意されていた。
その側には侍女がいて、昨日アマレットが買ったお土産を運んでいる途中だった。
アマレットはそれを見るなり、侍女の元へと駆け寄って行った。
「サラさん! 預かってくれてありがとうございました!」
「いえ、これくらいはなんでもございません。アマレット様、こちらに置いておきます」
なるほど、あれがアマレットが仲良くなったという侍女か。
彼女はアマレットに微笑みながらお土産を馬車の中へ置いた。
「はいっ、ありがとうございます。サラさん、様付けは止めてください。昨日みたいに呼んでください。友達じゃないですか〜」
アマレットがそう言うと、サラは慌ててこちらの、と言うよりはアガリアの様子を窺う。
アガリアはそれを悪い笑顔で見る。
何を考えているのか大体分かったオレは、アガリアを牽制しておくことにする。
「アマレットはあの侍女と友人になれたことを、随分喜んでいたな。まあ、初めて同年代で同性の友人ができたんだから無理もないか……まさかその友人を『再教育』なんてことはしないだろう? 女性に優しいアガリアのことだもんな」
彼女にしか聞こえない小さな声で、ボソボソと呟くと、悪い笑顔が消えて、無表情になったアガリアが言った。
「アマレット様もあのご様子ですし、次回アマレット様をお連れの際も、彼女をお付けいたします。それに再教育とおっしゃいましたが、ここ数年はそれをやった記憶はありませんし、ここの侍女たちは優秀ですので必要ありません。ええ、小言くらいは言おうかと思いましたが」
「そうか? 侍女はともかく兵にはやったんじゃないのか」
サラに対する罰がないことを確認して安心したオレは、軽い調子で聞いてみた。
するとアガリアは、またあの悪い笑顔でソラヤを見る。
「いえ、ミシャでは行っていません。ジン様に無礼を働いたソラヤ・ミストには必要かと思いましたが、明日イシロ村へ向かうのであれば、それもできませんね。本当に残念です」
それを聞いたソラヤは、震え上がって小さくなる。
兵士となって日の浅いソラヤがこんなになるのだから、アガリアの恐ろしさがよく分かるな。
馬車の側で話している二人の近くまで来ると、アガリアがアマレットに言った。
「アマレット様、サラをお気に入りになられたのなら、次回ミシャにいらした時も彼女をお付けしましょう」
「わぁ、本当ですか! 嬉しいです! アガリアさん、ありがとうございます!」
「サラ、アマレット様のご要望は可能な限りお聞きしなさい」
「は、はい、かしこまりました」
侍女のサラは、ちょっと戸惑いながらもそう言うのだった。
「アガリア、世話になった。こちらからは何も返せないのが心苦しいが……そうだな、兄上のこと上手くいくように祈っている」
「私にとってそれ以上のお言葉はございません。どうか道中お気をつけください」
「ソラヤ、テンペストを頼んだ」
「はい、お任せください」
「サラ、だったな。アマレットの世話は大変だったろう。ご苦労様。良ければこれからもコイツと仲良くしてやってほしい」
「もったいないお言葉です。わたくしのような者でよろしければいくらでも」
「アガリアさん! ソラヤさん! サラさん! ありがとうございました! また会いましょうね!」
馬車に乗り、北門まで来たところで、珍しく静かだったアマレットが口を開いた。
「ダンさんには挨拶をしていかないんですか?」
「あれでも彼は北門の長らしいし、忙しいだろう。それに遅くても、一ヶ月以内にはここに来るつもりだし、その時に会えるだろ」
それを聞いたアマレットは弾んだ調子で言う。
「そんなに早く来れるんですか?」
「そのつもりだ。だが、さっきも言ったように、毎回お前を連れて来れるとは限らないぞ。ソラヤが村に慣れたら守りを任せておいて、アビスを連れて来たいし。要望があれば、他の村人を連れて来るかもしれない」
「でも、何回かは私を連れて来ていただけるんですよね」
「ま、そういうことだな」
その話をしてからは、森につくまでの間、馬車の中でしゃべり続けるアマレットだった。
なんだ、珍しく黙っていたのは、別れが辛くてセンチメンタルになっていたのか。
まあそれも仕方ないことだろう。
なにせオレも人のことは言えない。
アマレットが黙っていた間は、オレも、兄上と話した時間が夢のように感じられ、全く気の抜けた表情をしていただろうから。




