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魔王さま、威嚇される

 オレとアマレットは朝食をとったあと、アガリアに案内されて竜舎へとやってきた。

 兄上より飛竜をいただけることになったので、イシロ村へ連れ帰る飛竜を選びに来たのだ。


 竜舎ではソラヤが、オレたちを待っていた。

 彼にはイシロ村まで飛竜に乗って来てもらう手筈になっているので、オレが選んだ飛竜にできるだけ早く慣れてもらわなければならない。

 それにソラヤを乗せるのを嫌う飛竜を選ぶわけにはいかない。

 本人がいればその確認も簡単だ。


 竜舎の中に入るなりアマレットが驚きの声をあげた。


「わぁ、竜って近くで見ると、こんなに大きいんですね! お話には聞いていましたけど、本当に大きいです! この大きさで空を飛んじゃうんですか?」


 アマレットが飛竜を見上げ、ソラヤは彼女に飛竜についての説明をする。

 ここにいる飛竜は、オレが退治したイノシシよりもひと回り大きい。

 そんなのが空を飛ぶのだから、アマレットの驚きも最もだろう。


 ただ、竜族としては飛竜は小さいほうだ。

 兄上が『モグラ』と呼ぶ地竜ならコイツらの二倍以上はあるだろうし、海竜ならそれこそ小島ほどの大きさがあるヤツもいると聞く。

 飛竜にも大きい個体はいるが、基本的には体長7、8mほどの『可愛らしい』竜だ。


「流石にいいのがいるな。コイツは体もでかくて二人くらい乗せられそうだな。おっ、あっちにいるヤツはかなり魔力が高そうだぞ」


 オレの言ったことが理解できたのか、その二匹はオレたちの方へ近寄ってきて座り込んだ。

 鼻先をオレに向けたので撫でてやると、目を閉じて頭を下げる。しっかりと躾けられているようだ。


「ご慧眼です。この二匹はテイマーからも気に入られている飛竜です。気性も大人しく大分扱いやすかと」

 とアガリアが言った。


 ふむ、なかなか良さそうだ。

 飛竜テイマーとアガリアが太鼓判を押すなら間違いないだろう。

 この二匹のどちらかにしよう。


 どちらの飛竜を連れ帰るか考えていると、奥でアマレットの楽しそうな声が聞こえた。


「わあ、この子達カワイイですね!」


 彼女の声を聞いてオレはアガリアに尋ねた。


「なんだ? 奥にも何かいるのか?」


「ええ、あちらの部屋では、まだ人を乗せることができない飛竜を育てています。アマレット様は、先月生まれたばかりの飛竜をご覧になられているのでしょう」


アガリアの説明を聞きながら奥の部屋を眺めていると、笑顔のアマレットが出てきた。


「魔王さま、見てください! カワイイでしょう」


 彼女の腕の中には30cmほどの竜がおとなしく収まっている。

 彼女はいい笑顔で飛竜をあやしているが、後ろにいるソラヤは、ハラハラとその様子を見守っているのが対照的だ。


 またコイツは無理を言ったんじゃないだろうな?


「ほら、この子の目、魔王さまにソックリですよ。カワイイですねぇ」


 彼女がそう言うと、腕の中の飛竜は口を開き、成竜よりも高い音で一鳴きした。

 その様子はたしかに可愛らしいが、この飛竜の目付きはかなり悪い。

 コイツの目がオレの目にそっくりだという発言、それは撤回するべきだ。


 アマレットが飛竜の額をグリグリつつくと、飛竜は気持ち良さそうにされるがままになっている。


「よく人に慣れている飛竜だな」


 と言いながら、オレもその飛竜の頭を撫でようとすると、その小さい口を大きく開いて威嚇された。


「ガーッ!」


「うわっ、実は凶暴なヤツっていうオチかよ!」


 さらに、その威嚇が聞こえて仲間のピンチだと思ったのだろう、奥の部屋から甲高い合唱が響く。


「ガーッ! ガーッ! ガーッ!」


 オレは余計なことをしてしまったと、思わず頭を押さえたが、時すでに遅し。

 ノイジーな大合唱が竜舎に響き渡った。


 頼りのアガリアも驚いた顔で固まっている。

 すぐにテイマー達が、慌ててやって来る。


「どうされましたか!?」


「いやスマン、コイツの頭を撫でようとしたら威嚇されてこのザマだ」


「あー、なるほど……」


 引きつった笑顔でオレを見るテイマーたち。

 いや、ホントにスマン。


「しかしよくこの子を抱き上げられましたね。かなり気難しい子なんですよ」


 ベテランらしいテイマーが、飛竜を抱くアマレットを見て感心している。


 はにかみで応じるアマレット。

 フム、コイツも黙っていたらかわいいんだ。

 飛竜を抱く姿も絵になっている。

 オレは彼女を観察――見とれていたわけではない――していたが、奥の部屋から大声がして、現実に引き戻された。


「チーフ、中はダメです! 手がつけられません!」


 奥の部屋を確認しにいった、若いテイマーが叫んだのを聞いて、チーフと呼ばれたベテランテイマーは苦笑した。


「スマン、余計なことをした」


「はは、まあ、うるさい他には特に問題ありませんから。しばらく放っておけばおさまりますんで」


 オレが謝るとチーフテイマーはそう言った。

 アマレットの腕の中にいる飛竜を見れば、コイツはすでに我関せずの表情だった。


 オレは気を取り直してアガリアに言う。


「決めた。こっちの体が大きい飛竜にする。今の騒ぎにもコイツは動じなかった」


「承知しました……ソラヤ、この飛竜との相性はどうだ?」


「あっ、はい。見てみます」


 ソラヤはオレの選んだ飛竜の前に立ち、手に魔力を集めて差し出した。

 彼の手は魔力によって赤く輝いている。

 飛竜はそれを見てのそりと起き上がると、鼻先を差し出された手まで持っていきクンクンやりはじめた。


「ソラヤさんは何をやっているんですか?」


 アマレットはその様子を興味深そうに見ながら尋ねた。

 彼女に抱えられたままの飛竜の子供も、目の前の儀式に興味があるのか、首を上げて眺めている。


「あれはソラヤの魔力が、あの飛竜に合っているかの確認だよ。問題なければ飛竜はあの赤い光を食べるはずだ」


「なるほど〜、ソラやさんの手の光は魔力ですか?」


「ほー、よく分かったな」


「えへへ、魔王さまに見せていただいた魔術陣の光り方と同じだったので、そうかなって思いました」


 照れたように言うアマレットを見て、オレは感心する。

 なかなかの観察眼だ。たしかに魔力の光り方は独特である。


 やがてソラヤが差し出した手の光は、飛竜によって吸い上げられた。

 アマレットが声を上げる。


「あっ、光が消えちゃいましたよ!」


「あれが飛竜の食事だよ。消えたわけじゃなくて、ちゃんと腹の中にある魔力袋におさまっているから安心しろ」


 竜族は魔素、魔力を食べて育つ。

 他の物は口にせず、魔素の濃い土地に住み着いている。


 まれに他の生き物を襲い魔力を吸い上げたりもするが、普通に生きる分には魔力消費率が良いので、のんびりしているヤツが多いのだ。

 ここにいる飛竜のように、人を乗せたり、物を運んだりさせると結構な魔力を使うことになるので、直接魔力を与えてやらなければならない。

 そして、飛竜にも好みがあるので、合わない魔力は食べたくない、というわけだ。


 ちなみに魔王の血筋の者なら、竜族に魔力を与えようとして、拒否されることはまずない。

 家系的に魔力の質がいいからだと言われているが、魔学的に根拠があるわけではない。


「問題ないようです」

 ソラヤがオレたちに向き直って言った。

「ご苦労」


「魔王さま、この子を連れて行くんですね?」

 と、アマレットが尋ねる。


「ああ、ソラヤと共にイシロ村の新しい仲間だな」

「この子の名前は何ていうんでしょう?」


「アマレット様、こちらの竜舎にいる飛竜に正式な名前はありません。竜騎士や、竜使いといった兵はパートナーになる竜に名前をつけているようですが」

 アガリアが説明すると、アマレットが言った。


「そうなんですか。なら名前をつけなきゃですね!」


 たしかに名前がないと不便だし、ちょっと考えてみるか。


「そうだな……『テンペスト』というのはどうかな?」


「格好いいですね! 魔王さまにステキな名前をもらってよかったですね! 今日からキミはテンペストですよ」


 アマレットがテンペストに話しかけると、彼は「ガー」と返事をした。尾を振り回しているところを見ると、喜んでいるらしい。


 その様子を見てチビ飛竜が鳴き出した。


「ガー! ガー!」


「もしかして……キミも名前が欲しいんですか?」

「ガーッ!」


 アマレットの問いに、チビは鳴きながら首を縦にふる。


「魔王さま、どうしましょう?」


「どうと言われてもな……連れ帰るわけじゃ無し、名前を付けたところであまり意味はないぞ」

 と、言うとアガリアは


「ジン様がよろしければ、その飛竜もお連れになっても構いません。躾はしないといけませんが、イシロ村の森は魔素が濃いとのことでしたので、育てる分には手間もかからないかと思います」


「だがコイツはオレには懐かなさそうだぞ? それだけならまだいいが、連れ帰るにはソラヤに運んでもらわなければならないし。親父殿から授かった転移魔術は二人分だからな……ソラヤ、試しにコイツを抱き上げてみてくれないか?」


 オレはアマレットの抱いている飛竜を指差して言った。ソラヤは恐る恐る、アマレットが差し出した飛竜に触れようとして……


「ガーッ!」

「うわあ!」

 ソラヤは両手を上げて後ずさった。


「やっぱりダメか……」

 飛竜に威嚇されるソラヤを見て、オレはため息をついた。


 テイマーをして気難しいと言わしめるコイツは、なぜだかアマレットだけにはおとなしく抱かれている。

 一体、アマレットの何を気に入ったというのだろうか?


「でも連れて帰れなくても、名前を付けるだけならいいですよね?」


 アマレットはそう尋ねるが、うーん……どうだろうか。


「止めておいたほうがいいと思うけどな。今つけた名前を気に入ってしまったら、よくないだろ。将来、コイツが竜使いのパートナーになった時、その竜使いが名前をつけようとするのを拒否するかもしれん」


「あっ、そうですね……」


 アマレットが落胆したのを感じ取ったのか、チビはオレに向かって叫びだす。


「ガー!、ガガーッ!」

「なんだよ、仕方ないだろう」

「ガーッ!」


 オレを睨んで鳴き続けるチビ飛竜。チーフテイマーが苦笑して言った。


「名付けてやってください。私たちもよくあだ名を付けて呼んでいますし、大丈夫ですよ」


「いいのか?」


「ええ、賢いもので、いくつも名前を付けられていても、ちゃんと覚えているんですよ。飛竜はとても頭がいいですからね」


「そうなのか。ならアマレット、お前が付けてやれ」


「えっ、私がですか!?」


「そのチビはお前のことが気に入っているようだし、お前に名前をもらったほうが喜ぶだろ」


「エヘヘー、そう見えますか? じゃあ、キミの名前は……」


 アマレットはチビ飛竜を見つめながら考えていたが、やがてチビを頭上に掲げると、力強く言った。


「キミの名前は『リュー』です!『リュー』ですよ!」


「ガー!」


 ヒリュウのリューか。少々安直だとも思ったが悪くない名前だし、チビもしっぽを波打たせて喜んでいるので気に入ったんだろう。

 リューはアマレットの頭上で偉そうに鳴くのだった。

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