村娘からの手紙、襲来せり
「魔王さま、村長がいらっしゃいましたよ」
自室で一息ついていたところへ、部下であるアビスがやってきて言った。
「ん? 今日は定例報告の日だったか?」
オレは思わずそう聞き返す。
「そうですよ。いくら小さい領地しかないとはいえ、あなたが責任者なのですからしっかりしていただきたい」
彼は冷たく厳しい視線をオレへと向けた。
その視線はいつもオレの背筋を正させるのだ。
「わかった。今日からは気をつけるよ」
オレは呆れるアビスに返事をして立ち上がると、さっそく村長の所へと向かった。
オレとアビスが住んでいる砦には、客間なんていう洒落たものはない。
なにせ元はただの見張り小屋だ。
板で仕切って二人分の部屋を作ると、残りのスペースは物置きになってしまった。
仕方がないので、外にテーブルとイスを置き、その上に雨を凌ぐための屋根を仮設しているというのが現状だ。
陰気で薄暗い小屋から外に出ると、太陽がオレの網膜を照らした。
今日はやけに日差しが強い。
オレは目を細くして村長を探した。
「おお、魔王さま。今日はいい天気ですな!」
オレを見つけるなり、村長が大声で挨拶をした。
このオッサンはいつでも元気だ。
彼の禿げ上がった頭がキラリと光る。
「ああ、この季節にしては暑いくらいだな。村長は平気なのか?」
「ハッハッハ! この程度の暑さで弱音を吐いていられませんぞ! 夏になれば魔獣が暑さで死ぬこともあるくらいですからな」
村長の冗談に、暑いのが苦手なオレは顔を引きつらせながらも笑う。
「ハハッ、まさか。流石にそこまでじゃあないだろう?」
オレが念のために確認すると、村長は真顔で否定するのだ。
愕然としたオレは、先程の会話をなかったことにした。
「どうだ。村で変わったことや困ったことはないか?」
気を取り直して、定例報告ではもう定番となってしまった質問をすると、村長は笑顔で答える。
「いやあ、大魔王さまと魔王さまのおかげで、困ったことは起きておりませんな。ヘルウーヴェン国に拾っていただいて、大変ありがたく思っておりますわ」
「そうか」
「ハイ、大魔王さまが村にいらっしゃった時は、そりゃあ私らも驚いたもんですが、話をお聞きしましたら、孤立したイシロ村を助けていただけるちゅうんで、これはありがたいお申し出だと思いましたな」
村長はニコニコしながら続けた。
「魔族というのは恐ろしい方々だと聞いておったんですが、やはり噂というのはあてにならんもんですな。ハハハ」
そうなのだ。別に魔族が凶暴なわけではない。
ごくごく一部、数名が破壊衝動を抑えられずに大陸のあちこちで暴れまわっているだけだ。
人族はそういった奴らにしか会うことがないため、魔族全員が凶悪だと思うのだろう。
魔族は、人族よりも理性的で感情的にはならない。
しかしこのオッサン、よくしゃべるな。
人族にしては、オレたちを全く恐れていないようだ。
大魔王であるオレの親父殿に会った時も、普通に話していたんじゃなかろうか?
親父殿と話すのはオレですら緊張するのだが、このオッサンは緊張とはまったく無縁、そんな雰囲気があるのだ。
まあ、オレのことを恐れない村長ならちょうどいい。
相談したいことがあった。
「ところで村長、ちょっと相談にのってもらえるか?」
「へえ、私なんぞでよろしければ」
「実はだな……」
オレが村を巡回しているときに、村人に話しかけると極度に怯えられる、ということを話した。
村長はフンフンと頷きながら聞いていたが、オレが話し終えると腕を組みながらうなり始めた。
「う~ん、これまでの経緯は村の者にも話したんですが、実際に魔族の方とお話ししたのは数名しかおらんので、まだまだ怯えている者がおるんでしょう」
「どうすればいいだろうか?」
「そうですなぁ、何かキッカケがあれば……まぁ、私の方からも村の者に、怯える必要はないと言っておきますが、そんなに心配されなくても徐々に変わっていくと思いますよ」
「わかったよ、ありがとう。確かにそうかもしれないな」
村長にはそんなふうに礼を言っておいたが、内心では簡単にいかないだろうと思っていた。
なんだかんだ言って、オレがここに来てから一ヶ月も経つ。
それなのに、村人のほとんどがオレを見るたびに怯えているのだから。
まあ、悲観的になってもしかたないか。やれることはいくらでもあるだろう。
最悪の場合でも、村長が言ったように時間が解決してくれるはずだ。
自分の中でそう結論づけたところで、村長が思い出したように手を叩いた。
「そうそう、忘れるところでした。孫娘から手紙を預かっておるんですが、受け取ってもらえますかな?」
「手紙? オレへか? 受け取るのは構わないが……村長、孫がいたんだな」
「はい、むかし娘夫婦が帝国の聖都におったんですが、その時にできた孫でしてな。子ができてすぐ夫婦で旅に出おったんで、私が引き取ったんですわ。もう14になります」
へえ、この村にも子供がいたのか。
14ならオレとも歳が近い。
「健康だけが取り柄の娘でしてな。村の者もかわいがってくれるんですが、両親に会わせてやれんのと、年寄りばかりの村なので同じくらいの子と遊べなかったのが不憫でして」
む、子供は一人だけか。
他はすべて年寄り、というのはなんとも言えんな。
村長が取り出した手紙を受け取ると、彼は頭を下げて言った。
「ではそろそろ失礼させていただきます。無駄話にお付き合いいただき、申し訳ありませんでしたな。手紙は気が向いた時にでも読んでやってください」
「ああ、気をつけてな」
村長を見送ったオレはすぐに自室に戻った。
そして手紙を机に置いた。
手紙はオレの手汗でわずかによれていた。
同年代の娘に手紙をもらうというはじめての出来事に、オレは少しドキドキしていたが、そっと手紙を開く。
手紙には可愛らしい筆致でこう書かれていた。
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魔王さま へ
はじめまして
私はイシロ村村長の孫で、アマレットといいます。
半年ほど前に14になりました。
私は小さい頃から、村のみんなの食料の足しになればと思って、村の北にある森へキノコやイチゴ、山菜などを取りに行っていました。
ですがここ数年、静かだった森に魔獣が出るようになったのです。
そのことをおじいちゃんに話すと「危ないから森へは入らないように」と言われてしまいました。
村のみんなも、おかずが減るのを残念がっていましたが、魔獣は危険なので森には入れないでいます。
森に魔獣が出るようになってからは、別の場所で採るようにしているのですが、なかなか集まりません。
村のみんなは仕方ないことだと言ってくれるのですが、私はそのたびに申し訳なくなってしまいます。
私は、小さい頃から良くしてくれた村のみんなのために何かしたいんです。
お願いします。
魔王さま、私を助けてくれませんか?
私は普段、村の西側の草原で採集しています。
巡回の際にでもお声かけいただければと思います。
アマレット より
追伸
本当はおじいちゃんの定例報告についていこうと思ったのですが、近所のアンネおばさんにそれを言ったら、魔王さまに失礼だから絶対によしなさいと、ものすごく怖い顔で怒られました。
ですからお手紙を書いたのですけど、これは失礼ではないですよね?
もし違ったらごめんなさい。
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この追伸に出てきたアンネおばさんは、やはりオレを恐れているのか?
オレが手紙を読んで、最初に考えたことがそれだった。
……村人に恐れられることに対して神経過敏になっているのかもしれない。
この疑問はひとまず置いておこう。
オレは追伸の部分を折り曲げて見えないようにしてから、手紙の内容を見返した。
うむ、要するに村の食料が減ったということだな。
なので結構重要な問題だとは思う。
「とりあえずはこのアマレットとかいうのに会ってみるか」
オレはポツリと言った後、手紙をポケットに入れて、巡回のための準備を始めた。