魔王さま、兵を哀れに思う
「ヴィリ様も素敵な方ですね! スゴク格好良かったです! エンリおばあちゃんが話してくれるお話の王子様みたいでした!」
アマレットは目を輝かせて言った。
実際、ヴィリ兄はヘルウーヴェンの王子なのだが。
そしてオレも王子なのだが、オレと初めて会ったときはここまで褒めていただろうか?
魔族なら誰でもとんがっている、耳の形を褒められた記憶しかない。
兄上に対してほんの少し嫉妬するが、これはいつものことなので仕方ない。
相手が兄上なら、誰を比較対象にしたところで見劣りするだろう。
最上級の魔術師でありながら、剣の腕は一流、頭が良くて超美形、しかも王族とくれば、すべての雄の頂点だと言っても過言ではない。
アマレットは続けて言った。
「髪の毛もサラサラでキレイだし羨ましいです。私の髪ってちょっと癖があって、ふわっとなっちゃうんですよね」
オレも昔、兄上の髪型や髪質に憧れていて、真似をしたこともあった。
だが癖の強い髪質のせいで跳ねてしまい、兄上のようにはならなかったのだ。
これは母親の遺伝だろう……
ちなみに真似をしたのは髪型だけではない。
口調や服を真似したこともある。
が、他の兄に笑われたのでやめたのだ。
だが、今も愛用しているマントだけは生き残った。
これは兄上がヘルウーヴェンで流行らせたからだ。
最初はオレを笑っていた他の兄たちだったが、最終的には自分でもマントを羽織るようになった。
彼らが初めてマントをつけてオレにあった時の顔は忘れられない。
あのなんとも気まずそうな……あんな顔をされて、むしろオレのほうが申し訳ない気持ちになったものだった。
アマレットは自分の髪を押さえつけたり離したりしていたが、唐突にオレに向き直って言った。
「私みたいな田舎者でも、ヴィリ様みたいにサラサラの髪の毛だったら、もう少し可愛くなれたと思いませんか?」
「え? ああ、そうだな……いや、今のままでも十分いいじゃないか。そのなんだ、似合ってるし、悪くないと思うぞ」
あまりにも真剣な目つきなので、オレはしどろもどろになりながらも彼女を慰めた。
別に嘘をついているわけではない。
アマレットも顔は悪くないのだ。
ヤンチャじゃなければ――もうほんの少しだけ、おとなしければ――彼女に対する感じ方も違っていただろう。
だが、すらっと言えなかったのが悪かったのか、彼女はオレを疑わしそうに見て言った。
「むむ、ホントですか〜?」
「ああ、嘘をついても意味ないだろ」
アマレットはちょっと考えていたが、納得したのだろう。
「それは、そうですね。エヘヘ、そうですよね!」
と、笑顔で言った。
全く単純なヤツだな。少し心配になるほどだ。
オレも人のことは言えんが……
オレは喜んでいるアマレットを見ながら、そんなふうに考えるのだった。
「コチラが食堂になります」
侍女に案内された大部屋にはテーブルがいくつも並んでいて、兵士たちが夕食をとっていた。
みんな行儀よく食べていて、オレは感心しながら見ていたが、端の方では侍女を口説いている輩もいる。
「なあ、今度の休み、南通りに出かけないか?」
「今は勤務中です。休みの話は休みの日になさったらいかがですか」
「かたいこというなよ。ヴィリ様ならこれくらい見逃してくれるって」
「ではアガリア様にご報告しておきましょうか」
「なっ、おい。それは反則だぜ」
「触らないでください。セクハラをされたと訴えますよ」
「待ってくれ。すまなかった、このとおりだ。だから話を……!」
日常茶飯事のやり取りなのだろうか、他の兵士たちは彼らの方を見みることすらせずに食事を続けている。
「魔王さま、見ましたか! あれが有名な修羅場ですね!」
「いや、それは違う」
コソコソとささやいたアマレットへ冷静にツッコミを入れる。
彼女がわくわくしているように見えるのは、オレの気のせいではないだろう。
オレたちを案内している侍女は、ちらりとセクハラ兵士の方を見たが、見なかったふりをして「奥の小部屋に夕食の用意がございます」と言った。
ちょっと気になったオレは、彼女にあの兵士のことを尋ねてみる。
「彼はいつもあの調子なのか?」
来賓に話したくない話題だったようで、侍女はどうするべきか迷っていたが、やがてため息をついて言った。
「困った方なのです。女性と見れば人族、魔族関係なしに声をかけるものですから、私ども侍女たちの間では、非常に評判が悪いのです。この前などはアガリア様をターゲットにして……」
オレはその様子を思い浮かべて吹き出してしまう。
「どうなったか簡単に予測できるな」
「どうなったんですか!?」
アマレットが身を乗り出して聞いた。
そのあまりの勢いに、侍女は後ずさった。
「え、ええ、アガリア様はその場で鉄拳制裁をお下しになられました。あの方はその後、数日はおとなしくなったのですが……」
すると、近くで食事をしていた兵士が、侍女の話を聞いていたのだろう、堪えきれずに咳込んだ。
対面にいた兵士がそれに抗議する。
「何しやがるんだよ、きったないな!」
「だってよ、あのナンパ野郎、アガリアさんを口説きやがったって聞いたからさ。ブブッ、まさか、あのアイアンメイデン殿を説くなんて、命知らずもいいとこだぜ!」
彼はそう言ったあと、楽しそうに笑っているが、その後すぐ彼の身に降りかかる災難を知っていれば、そんな気分にはならなかったはずだ。
「どういう神経をしてるんだろうな! あの人に特攻するなんざ、普通の人間には考えつかんぜ。逆に尊敬するね、オレは」
と、大声で話す彼の後ろに、禍々しい気配をまとわせた人物がスッと立った。
それを見て対面の兵士は顔を青ざめて下を向いてしまった。
「なんだよ、お前はなんとも思わないのか? あの人を口説くなんて笑えるじゃないか?」
彼の同僚は完全に無視をきめこんだようだ。
『俺には関係ない』とばかりに、スープをすくって口に運ぶ作業を開始した。
笑っていた兵士もそれを見て、流石に不思議に思ったのだろう。
笑うのをやめて何か言いかけた。
が、その瞬間、彼の背中から声がかかる。
その声は静まり返っていた食堂によく響いた。
「面白そうな話をしているな。続きを聞かせてくれ。私がなんだって?」
声をかけられて振り返った兵士は、声の主を認めて驚愕する。
「アガリアさん!?」
突然あらわれたアガリアを見て、その兵士は立ち上がって直立不動になった。
食堂のあちこちからは同情の視線が集まっている。
彼はある意味では被害者なのだ……
そして、彼をこんな状況に追い込んだ原因を作った張本人、ナンパをしていた兵士はいつの間にか食堂から消え去っていた。
アガリアは涼し気な笑顔をオレに向けて言った。
「ジン様、これ以上お見苦しいところをお見せしたくありません。どうぞ、奥の部屋へ。私も手早く処理して向かいます」
「あ、ああ、ホドホドにな」
オレは兵士の助けを求める視線に気付かないふりをして、奥の部屋へと向かった。
……南無。




