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村娘、占い師に会う

 私と魔王さまは、兵士長のダンさんに案内されて、西門からお城までのメイン通りを散策し終えたところです。

 ですので、今はお城の前の広場で小休止中です。


 ミシャの街はお城を中心にして十字に大通りが通っています。

 その中でも一番栄えているのがお城から南門へ向かう南通りです。


 私たちはこれから南通りへ向かうことになっています。

 ダンさんは、南通りを指差しながら説明してくれます。


「城から南門までの通りには重要な建物がたくさんあるんだ。南門から通っている街道は最終的に聖都に行きつくし、旅人も一番よく通るからな。宿屋にギルド、酒場やコーヒーハウス、劇場。なんでもござれだ。ちょっと裏道に入れば娼館なんていうのもある。そうそう、魔族領になってから魔術師協会っていうのも、この通りにできたんだったな。ここは人通りも多いから、兵士も頻繁に巡回していているんだ。この街は軍事拠点だから兵が多いのは当然なんだが、そのおかげであったとしても、治安がいいというのはちょっとした自慢なんだぜ」


 私はダンさんの説明をフンフンと頷きながら聞いていました。

 この道をずっと進んでいけば、お父さんとお母さんがいる聖都につくというのは不思議な感じがします。

 聖都の話はおじいちゃんからよく聞かされました。

 私もいつかは行ってみたいところの一つです。


「南門には馬車を待たせてあるから、そこで俺の案内は終了というわけだな。さあそろそろ行こうか。南門まで行く途中、この街の地形について説明する」


「ああ、頼む。アマレット、まだ歩けるか?」

「まだまだ平気です!」




 私たちはダンさんの説明を聞きながら南門へと向かいます。


 ダンさんによると、このミシャの街では有事の際、メインの通りの何箇所かにバリケードを築くのだそうです。

 そうしておけば、街の外を囲む壁を突破されたとしても、一気に城まで攻め込まれることがありません。

 弓矢なんかは高いところのほうが遠くまで届くので、中心へかけて盛り上がっているミシャの街なら、バリケードで足を止めた侵略者を弓で一網打尽にできる、ということでした。

 裏道へそれた敵に対しても対策があるようです。


「まあ、あんたら魔族が攻めてきた時は一瞬だったからな。街で兵士と揉め事を起こした魔族が暴れだしたって聞いて出て行った時には、すでに別のヤツが城を占拠していたんだから始末に負えねぇ。慣れない城攻めをやろうとして魔術で返り討ちさ。他の街もそんな感じで落とされたんだろう? あんたの兄さんは恐ろしいな」


「身内のオレでも計り知れないところがある人だ。だが魔族の名誉のためにも言っておくが、ここを攻めたのは帝国が定期的に魔族領へちょっかいをかけてくるからだ。この街を抑えれば、帝国は魔族領へ攻められないからな」


「まあ、神聖エル帝国の王室は人族至上主義だしな。教会にもその影響が出てきやがる。オレも女房も割と熱心な信者だから、安息日には教会に通っているが、この街の古株はだんだんと来なくなっているみたいだぜ。昔とは教義が変わってきているらしい。ま、この街は魔族領になっちまったんで、この先どうなっていくのか分からんがよ」


「兄上なら無茶なことはしないさ。この街の住人もしっかりしているんだろ? 今日はこの街に住む人族との折衝会議らしいが、結構時間がかかっているみたいだしな」


 ちょっと難しいお話ですが、お二人のやりとりは私には新鮮です!

 世の中にはいろいろな考え方があるのだと感心しました。


 感心しながら二人の話を聞いていると、ダンさんが手を叩いて横にある建物を指差しました。


「お、そうそう。ここが冒険者ギルドだ。この街には下級ギルドしかないが、なかなか立派なものだろう?」


 わあ、ここがそうなんですね!

 昔はおじいちゃんが、今はお父さんとお母さんが在籍している冒険者ギルド!


 ギルドは3階建てで、周りの建物より随分と立派です。

 屋根のテッペンには知恵の象徴である日輪の装飾が、入り口には勇気を表す握り拳のコテが飾られています。

 入り口から中をそおっと覗くと、多種多様の人々が入り乱れていて、ギルドの中だけ別の世界のようでした。


 初めて冒険者ギルドを見て、嬉しくなった私は、振り返って二人に言いました。


「冒険者って凄いんですよ! 大陸中にある古代遺跡へ何日も潜って、古代の遺産を持ち帰ってくるんです。古代文明の中には今よりもずっと進んだ技術があって、空に浮かぶ街なんかもあるって聞きました」


「嬢ちゃん、詳しいな」


「はい! 私のおじいちゃんは昔冒険者だったので、色々な遺跡を調査した時の話をしてくれるんです。私もいつかはそういう遺跡を見てみたいです!」


「夢があっていいじゃないか。しかし、嬢ちゃんのじいさんは遺跡に潜るような上級冒険者だったのか」


 ダンさんがそう言うのを聞いて魔王さまが面白そうに質問しました。


「冒険者にも上級下級があるのか?」


「そういうことだ。上級冒険者は上級ギルドへ、下級冒険者は下級ギルドへってな。古代遺跡の調査なんていう危険な依頼は上級の冒険者にしかこなせないぜ。まあ、こっそり潜って盗賊まがいのことをやる、言葉通りのモグリなんていうのもいるようだが」


「おじいちゃんはそんなのじゃないですよー。ちゃんと王族の方にあって依頼を受けたって言ってました! 旧エル帝国のお姫様ですよ!」


「それが本当ならその爺さん、大した人物だぜ」


 ダンさんが目を丸くして言いました。私はおじいちゃんが褒められたので嬉しくなります。


 魔王さまが言います。


「オレも話してみて分かったんだが、若い時はなかなかの使い手だったようだな。肝も座っているし面白い人物だ」


「ほう、ぜひ話をしてみたいな」


 二人はおじいちゃんの話題からだんだんと剣術の話題に移っていき、真剣に語り合っています。

 私はしばらく話を聞いていましたが、流石に剣術のことはよく分からないので、ぼうっと道行く人たちを眺めていました。


 すると、冒険者ギルドの横の小道から出てくる男の人がいました。

 嬉しそうにガッツポーズなんかしていて、周りの人から注目を集めても気になっていないようです。

 本当に嬉しそうな様子が面白くてしばらく眺めていたのですが、ふと、その人が出てきた小道を見ると、奥の方に顔を隠した人が座りこんでいました。

 その人は透き通った大きな玉を持っています。


 私は異国情緒あふれるその人が気になって、話に夢中な二人に、何をやっている人なのかを聞きました。

 するとダンさんが答えてくれます。


「ああ、ありゃあ別大陸から来たっていう、最近噂の占い師だ。よく当たると聞くが、神出鬼没で滅多に見つからないそうだぜ」


「アマレット、気になるなら占ってもらったらどうだ? オレたちはここで待っているから」


 魔王さまはそう言うと、またダンさんと話し始めました。

 それならせっかくなのであの人に話しかけてみましょう!


 私はその小道に入ってそうっと近づきました。

 私とその人の他には誰もいません。

 ちょっとドキドキしながらもその人に声をかけようとして……


「あら、かわいい迷い猫」


 その人は女の人でした。キレイな声でそう言います。


「猫ですか? どこにいるんです」

「フフ、あなたのことよ」

「ム、私、猫じゃないですよ。それに迷ってません」


「あら、そうかしら? 人は迷い猫みたいなものじゃない。猫って自分の歩いている道を知らなくてもまるで王様みたいな態度でしょ。人だって同じよ。いつだって尊大で滑稽なんだもの。でもあまりふらふらと色んなものに顔を突っ込むのはオススメしないわ。ほら、こちらの大陸のことわざにもあるじゃない、『好奇心猫を殺す』ってね」


 この人はなんの話をしているのでしょうか?

 占いをしたくないから私を煙に巻こうとしているのかもしれません。

 私はお姉さんに恐る恐る尋ねました。


「あのう、お姉さんは占い師さんなんですか?」

「ええ、そうよ。あなたも占ってほしいの?」


 お姉さんは笑って聞き返してくれました。

 これは脈アリですね!

 すかさずお願いしましょう!


「はいっ、お願いします!」

「目をキラキラさせちゃって、かわいいんだから。いいわ。当たるも八卦当たらぬも八卦ってね」

「なんですかそれ?」

「そういう言葉があるのよ。さっ、こちらにいらっしゃい」


 私は促されてお姉さんの正面に立ちました。

 お姉さんは台の上の透明な玉を、真剣な眼差しで見ています。

 しばらくするとお姉さんはボソリとつぶやきました。


「なるほど」


 占いは終わったんでしょうか?

 お姉さんは呟いたきり黙ってしまいます。

 それでもじっと待っていると、お姉さんはハッと私を見上げました。


「ごめんなさい。そう、占いの結果ね……ねえ、あなたは本当に知りたい?」


 お姉さんはためらいがちに言いました。

 私はその様子になんだか不安になってきます。


「も、もしかして悪い未来が見えたんですか?」

「そうね、良いことと悪いこと両方かしら」


「そ、それは絶対にそうなっちゃうんですか?」

「あなた次第ね」


「え! そんなの占いの意味があるんですか!?」

「だってそうなんだから仕方ないでしょ」


 お姉さんは肩をすくめて言います。

 私はちょっと考えてから言いました。


「分かりました。私次第なのだったら良いことだけ教えて下さい!」


 起こるかどうか分からない悪いことなんて知りたくありません。

 それに魔王さまがいてくれたら悪いことがあっても吹き飛ばしてくれそうです。


 お姉さんは考える仕草をします。


「そうね、それがいいわ。あなたに起こるいいことだけ教えてあげる……まずは一番喜びそうなことからね。あなたはあなたが会いたがっている人たちに会えるわ」


 私はびっくりしました。

 なんでこの人は、私が会いたがっている人がいるって分かるんでしょう?

 お父さんとお母さんのことです!


「次に、あなたの住んでいるところ、人数が増えそうね」


 イシロ村に誰かやってくるんでしょうか。

 また魔族の方だったりして!


「最後に、あなたは自分自身のことを知ることになるわ。今言ったことは、どれも一年もしないうちに起こることよ」


 最後の予言はよく分かりません。

 でも一年です!

 一年以内にお父さんとお母さんに会えるんです!

 きっとイシロ村へ帰ってきてくれるんですね!


 私が喜んでいると、お姉さんの眼がキラリと光ります。


「でも気をつけて! さっきも言ったようにこれが起こるかどうかはあなた次第だし、どうしたらこれが起こるのかは誰にも分からない。占いなんて、なんの意味もないのかもしれないわね」


 お姉さんは肩を落としてそう言いました。

 でも私はそうは思いません!


「そんなことないです! いいことが起こりそうだって聞いたら、誰だって嬉しくなります! 私の前に占ってもらった人はとっても幸せそうでした。お姉さんにはみんなを笑顔にする力があると思います!」


 お姉さんは眼をぱちぱちさせていましたが、やがて目元を緩ませたのが分かりました。


「フフ、そう言ってくれて嬉しいわ。私の占いはこれでおしまい。気をつけてお帰り」


「はいっ、ありがとうございました。また、会いましょう!」


「ええ、ええ、また会えるといいわね」


 私はお姉さんにお辞儀をして、幸せな気分で魔王さまのところに戻るのでした。

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