村娘、大興奮
ここから数話、村娘視点となります。
「魔王さま! 見てください、馬車ですよ!」
私、こんなに立派な馬車を見たのは初めてです!
とても上品な外装で、不思議な紋様が描かれています。
馬は大きくて毛並みもキレイです。
「私、こんなのに乗ってもいいんでしょうか?」
私はちょっと不安になって魔王さまに聞きました。
すると魔王さまは笑って言います。
「ハハハ、いいに決まっている。わざわざアガリアが手配してくれたんだ。ありがたく乗らせてもらおう」
魔王さまがそう言ってくれましたから、もう、遠慮する必要もありませんよね!
「では魔王さま! 早く乗り込みましょう!」
「そうだな」
魔王さまが馬車に乗り込もうと足をかけたとき、案内役のダンさんが言いました。
「俺は御者の隣に座らせてもらうぞ」
魔王さまの後について中に入った私は不思議に思って聞きました。
「ダンさんはどうしてこっちに座らないんでしょう?」
「ああ、一応この馬車はvip専用だから遠慮したんだろう。外側に描かれた紋様を見たか?」
「はい、不思議な紋様でした」
「アレは魔王一族の証明に使われる紋様なんだよ。あの紋様がある馬車を見かけたら、それに乗っているのは魔王か、あるいはその家族、友人というわけだ。人族でいうところの王族専用の証明だな」
「は〜、そんなのに乗っちゃってるとお姫様になった気分です」
魔王さまのお話を聞いて落ち着かない気分になりました!
そうですよね、魔王さまは気さくに話してくださる方だから忘れがちだけど、魔族の王子さまなんですよね。
本当ならとっても偉い人なんです。
「まあ、お前もvipには違いないだろ。オレの友人のようなものだろ?」
「ええ!? 私がですか?」
「なんだ、違うのか? 魔族なら同年代でよく話すのは友人なんだが……人族は違ったか?」
「あわわ、同じだと思いますけど、私なんかが恐れ多いです!」
と言ってしまってから後悔しました。
これだとアンナおばさんみたいです。
魔王さまも同じように思ったのか残念そうな顔をしてみせます。
「アンナと同じようなことを言うんだな。オレは兄上から友人に身分や種族は関係ないと聞かされたよ。まあ、お前が嫌だというなら……」
そこまで聞いて、私は反射的に遮りました。
「嫌じゃないです! 友人です! お友達です! よろしくお願いします!」
「あ、ああ」
私が勢いよく迫ったので魔王さまはビックリしたみたい。
でも驚きながらも頷いてくれました。
フフフ、せっかく魔王さまと友達になれるチャンス、それを逃したらダメですよね!
「当然オレも嫌じゃないからな。実を言うとな、オレは同年代のヤツに会ったことすらなかったんだよ。お前が初めてで、さっきの赤髪の門番が二人目だ。イシロ村に来た時は年寄りばかりだなと思っていたんだが、お前から手紙をもらった時、ついに同年代のやつに会えると思って嬉しくなったよ」
「わあ、私もおんなじです! イシロ村のみなさんは私によくしてくれますけど、みなさん大人なので仕事が忙しくて、小さい頃はずっと一人で遊んでいて寂しかったんです」
と言うと、魔王さまはしみじみと呟くのです。
「イシロ村に若い奴はいないんだよなあ」
「みんな帝国の聖都に行っちゃうみたいです。私の両親も聖都を拠点に冒険者をやっているんですよ! 私が小さい時には、何度かイシロ村へ来たらしいんですけど憶えてないんです。でも手紙はよく送ってくれるんですよ! 私が成人するまでには会いに行くって書いてありました!」
「そうか、会えるといいな……お、見ろよ、城門が見えるぞ」
いつの間に馬車は動いていたんでしょう?
お話に夢中で全然気が付きませんでした。
外を見ると、とっても大きなお城が見えました。
アンネおばさんの言っていたとおり、びっくりするくらい大きいです。
間近で見ると迫力があります!
馬車はお城の周りの道を右へと曲がっていきます。
私はゆっくりと回転するお城を見ながら言いました。
「うわあ、大きいですね」
「そうだな、外側の大きさだけで言ったら大魔王城よりも大きいな。だがこんな高い場所にあるというのは驚きだ。こう坂道が続くと、毎日門と城を往復するような連中は大変だろう」
「でも、お城までは上りで大変ですけど、門へ行くには下りですから楽なんじゃないですか?」
「おいおい、これだけ急な坂なんだ。注意して移動しないと危ない。走りだしたら止まれないんじゃないのか」
魔王さまがそんなことを言います。
なので私は、走っている兵士の方が止まれずに慌てているところを想像して、思わず笑ってしまいました。
魔王さまは怪訝そうに私を見て言いました。
「急にどうした」
「ふふふっ、想像したら面白くって」
「ブッ、バカ。これはわりと真面目な話なんだ。これだけ急だと怪我人だっていてもおかしくない、フフッ、おかしくないんだぞ」
「そんなこと言って、魔王さまだって笑ってるじゃないですか」
「ちがう! オレはお前みたいな想像をして笑ったんじゃなくて、お前がアホなことを考えてることがおかしかったんだよ!」
魔王さまは口を手で隠してわざとらしく咳払いなんかしてますけど、私にはわかります。
あれは笑っているのを私に見せまいとしてるんです!
ですが、しばらくそうしていると可笑しいのもどこかにいってしまったのか、真面目な顔つきで何か考え始めたみたいです。
「しかしこの急な坂道でどうやって馬車を運んでいるんだろう? 登りも降りも、馬や馬車にかなりの負担がかかると思うんだが……あとでダンに聞いてみるか」
私には馬車の仕組みなんて分かりません。
魔王さまの邪魔をしたらいけないので、私は外を眺めることにしました。
馬車の窓からは、のんびりとした速さで町並みが流れていくのが見えます。
通りの端にはいくつか屋台が見えました。そのたびに美味しそうな匂いが漂ってきて、お腹が鳴りそうになります。
実は私も魔王さまと同じで、お昼を食べずに来ました。
この街には美味しいものがいっぱい売っているのだと、村のみんなから聞いていたからです。
小さい頃から貯めていたお小遣いを持ってきたので、なにか買って食べたいところです。
近所のみんなにもおみやげを買わなくちゃ。
通りにいる小さい子どもたちが、私達の乗る馬車を指差しながら何か言いました。
私がそれに手を振ってみると、手を振ったり上げたりしてくれました。
なんだか本当に有名人になった気分でした。
それからしばらくして馬車は止まりました。
魔王さまに促されて外に出ると、北口と同じような門が見えます。
門の隣には『西出入口』と書かれた立て札がたっていました。
「私たちが入ってきた門には、あんな立て札なんてありませんでしたよね?」
と言うと魔王さまは、首を傾げます。
「そうだったか? オレは憶えていないが、あったんじゃないのか」
「いいえ、絶対にありませんでした!」
「すごい自信だな」
私たちがそんなやり取りをしていると、ダンさんが馬車から離れてこちらにやって来ます。
「嬢ちゃんの言うとおり、北門にはこんな看板はないよ」
やっぱり私の言うとおりでしょ?
ちょっと得意になって魔王さまの方を見たら何故か苦笑いされました。
「それはなんでなんだ? こっちには立派な兵舎もあるし、北門は冷遇されているのか」
魔王さまがそう聞くと、ダンさんは笑って言います。
「ハハハ、そうじゃない。単に北側から出入りする旅人がいないというだけのことさ。だったら看板なんて必要ないだろう? 北門以外の出入り口からは、他の街へ道が続いているんだ。だけど北門の外には道なんてなかったろ? わざわざ北から入る物好きなんていない。兵士の数が少なくても十分やっていける。だが北の森から魔物が出てきやがる時があるんで、北側には腕のたつ兵士が配属されるっていう寸法だ」
「なるほどな、それで魔族のソラヤ・ミストか……あんたもそうなのか?」
「ハッ、まだまだあの小僧には負けんさ。あんたら魔族が攻めてきた時は、間合いの外からの魔術でやられたが、獲物を持っての勝負なら誰にも負ける気はないぜ」
と言って腰に下げた剣をバシバシ叩いて、ニヒルに笑うダンさん。
「わあ、頼もしいですね! ダンさんみたいな人がイシロ村にもいてくれたらいいですよね」
それを聞いた魔王さまは、何とも言えない表情を私に向けます。
「たしかに魔獣が出たとき、腕の立つ者がいれば助かるが……アビスがいるし、一応、オレもそこそこはやれるつもりだ。今のところはこの二人で我慢してくれ」
「ハッハッハ、この嬢ちゃんにかかれば魔王さまもカタナシだな! 嬢ちゃんも贅沢言っちゃいけないぜ。ソラヤを軽くあしらったこの兄ちゃんがいるなら、魔獣程度心配はいらないさ。どうせ、そのアビスって言うヤツもかなりつかうんだろう?」
「まあな、オレの師匠だしな」
魔王さまは頬をかきながら言いました。
きっと照れているんですね。
「ほれ、そういうことなら心配する必要はないさ」
「はい。魔王さま、失礼なことを言ってごめんなさい」
「いい、いい。それよりダン、早く案内をしてくれ。メインの通りを散策した後は、この街の地形を活かした防衛方法が知りたいんだ。どんな工夫がされているのか、それも知りたい」
「よし、じゃあ行くか。端から端まで歩くから結構な距離になるが」
「大丈夫だろ。アマレット、お前もいけるな?」
「はいっ、足腰には自身があります。早く行きましょう! お腹が減ってきちゃいました」
私がそう言うと、魔王さまとダンさんは顔を見合わせて苦笑いするのでした。
私たちはダンさんの案内を受けながら、ミシャのメイン通りを歩きはじめました。
魔王さまはダンさんに何やら難しそうな質問をしています。
私は二人の邪魔をしないように少し離れて歩きながら、ミシャの街を目に焼き付けていきます。
少し歩くと屋台がずらりと並んでいる光景が目に飛び込んできました。
お腹が空いていた私は二人をおいて駆け出しました。
「いらっしゃい! うちの焼き鳥は大陸一だよ!」
「お嬢ちゃん、この辺りでは珍しい海魚の塩焼きはどうかね?」
「フルーツと生クリームが入ったクレープはいかが? 女の子だもの、甘いモノは好きよね」
おおぅ、これが都会の客引きというやつですね!
みなさん積極的に通りかかる人たちに声をかけています。
私はお腹が減りすぎて限界なので、声をかけられた屋台すべてに突撃です!
「3本ください!」
「脂の乗ったお魚がいいです!」
「クリームたくさんでお願いします!」
こうして戦利品を勝ち取った私は、とても幸せな気分で魔王さまたちのところへ戻ります。
「戻ってきたか。突然走りだしたから驚いたぞ」
「えへへ、皆さんいっぱいおまけしてくれました」
私は両手にたくさん持った食べ物を見せます。
魔王さまはちょっと呆れた顔で言いました。
「そんなに食べられるのか?」
「無理です! 魔王さまもどうぞ。お昼、まだでしたよね」
「なんだ、オレの分も買ってきたのか」
「ダンさんもどうですか?」
「こりゃありがたいな。俺も昼飯はまだなんだ。ありがたい」
私たちは三人で並んでモグモグ食べはじめました。
まずはメインの焼き魚からです。
海魚を食べるのは初めてです!
カブリつくとお魚の脂が舌の上へ流れ出ました。
そこにあっさりした白身と、お塩の効いた皮が合わさって最高のハーモニーが生まれましたよ!
私はすぐに平らげてしまいました。
次は大陸一の焼き鳥ですね!
わあ、これはたまりませんねぇ!
串に刺さったお肉は、お昼どきに絶望的な空腹を誘う匂いを、私達の周りに振りまいています。
カブリつくとパリッと焼かれた皮とジューシーなお肉、そして秘伝のタレが口の中に転がり込みます!
流石、大陸一です。私の負けです。
最後はクレープですね。
これは食後のデザートには贅沢ですよ!
カブリつくと、思いの外、爽やかな風が口の中を駆け巡りました。
これは皇帝ミカンの香りですね。
もう一回カブリつきます。
今度は千年リンゴのシャクッとした食感を楽しみます。
そして名残惜しい最後の一口。
そこにはイシロ村でも採れる火炎イチゴが入っていました!
生クリームに火炎イチゴはとても良くマッチしちゃうんです!
周りの人たちが私たちの食べている様子をチラチラ見ているような気がしますが、全然気にしません。
だってこんなに美味しいんですもん!
……ふう、お腹いっぱいです。
一番早く食べ終わってしまった私は、村のみんなへのお土産のことを思い出します。
「あ、そうだ。村の人達にもお土産を買いたいんですけど、何がいいでしょうか?」
魔王さまは焼き魚にかぶりつきながら考えてくださいます。
「食べ物ならそうだな、日持ちがするものがいいだろうな」
「それなら、干物とかだな。ほれ、あそこの店は干した果物やら魚やら売ってるぜ。オレの女房もよく使ってる店だ」
ダンさんがお店を指差して教えてくれました。
「買ってきます!」
後ろで「元気なヤツだ」「いい子じゃないか」という声が聞こえるのを置き去りにして、私は店へと駆け出しました。




