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魔王さま、正義の味方を哀れむ

 オレは若い兵士の後を追って扉をぬけた。

 ひと騒動あったが、ようやく門の中に入ることができたのだ。

 だが、それで街の様子を見ることができたかといえばそうではなかった。

 目の前にはまた壁があったのだ。街は二重の壁によって守られていた。


 案内の兵士は右折して階段を登ってゆく。

 オレは壁の硬さを確かめるようにコンコン拳で叩きながら、兵士の後に付いていった。


 案内された先は、粗雑なテーブルと椅子が二つあるだけの、小さな部屋だった。


「ここでもうしばらくお待ちください」

「ああ、案内ご苦労」


 オレがそう言うと若い兵士はすぐに出ていった。




 部屋の中では、アマレットが椅子にも座らず、窓に張り付いて外を眺めていた。

 申しわけ程度の小窓だが、街の様子は十分見えるようになっている。

 オレは椅子に座るとアマレットに声をかけた。


「街の様子はどんなふうだ?」


 アマレットは興奮して窓の外を指差した。


「すごいですよ! あんなに大きな建物がビッシリです! それに通りには色んな屋台があって、みんなそこで何か買っていってますよ!」


 そう言われて窓の外を見ると、行列のできている屋台がいくつも見えた。


「屋台を見て思い出したよ。今日は昼飯を食べてなかった。結構動いたし腹が減ったな」


 腹をさすっておどけてみせると、アマレットは笑って言った。


「私、焼き菓子を持ってきました。魔王さま、いかがですか?」

「おお、それはありがたいな」


 アマレットが腰のポーチから焼き菓子を包んだ布を取り出して、それをテーブルの上に広げた。

 オレはその山のてっぺんにある焼き菓子をつまんで口に入れる。


「ん? これは、前のと味が違うのか」


 先日、彼女から貰った焼き菓子はプレーン味だった。

 今食べているものは苺の味が微かにするのだ。


「はい! おととい魔王さまに森に連れて行ってもらった時、火炎イチゴが手に入ったので早速使ってみたのですけど……お味のほうはどうですか?」


 と、彼女はちょっと不安そうに言うのだ。


「ああ、うまいよ。オレは前のより好きかもしれない」


 それを聞いた彼女はパアッと笑顔になった。


「良かったです! 私もイチゴを混ぜたほうが好きなんですよ。甘酸っぱくて美味しいですよね。でもメイプルを使ったほうがもっと美味しいんですよ。甘いのがあんまり好きじゃないおじいちゃんも、おいしいおいしいって言って食べてくれるので、すぐになくなっちゃうんです」


 アマレットは早口にそう言うと、焼き菓子を口に入れた。

 オレもそれにつられて二つ目をつまんだ。


「そうか、それは楽しみだな。次に森へ入る時はそれが採れる所までの道をつくるか」


「ありがとうございます! メイプルの焼き菓子が出来上がったら、魔王さまのところへ一番にお届けしますね」


 二人して口をモグモグさせていると、何やら階下が騒がしくなる。

 城からの使いが戻ってきたのだろうか?

 耳をすますと、階段を登る足音とざわめきが聞こえた。


「……だから、そう言っているだろう! ソラヤも連れてこい!」

「はい! 直ちに!」

「それから手配した馬車は……」


 オレを知る誰かが来たのだろう。

 その人物は大声で指示を出しながら、この部屋へと向かっているようだ。


「何かあったんでしょうか?」


 騒ぎに気付いたのだろう、アマレットが不安そうにオレを見た。

 が、そんなふうにしながらも焼き菓子へ手が伸びるあたり、コイツも食い意地がはっている。


「城からの使いが戻ってきたんだろ。これでようやく兄上に会えそうだ」


「なるほどー。あっ、魔王さまのお兄様も魔王さまなんですよね? 私、なんてお呼びしたらいいでしょうか?」


「うん? そうだな……まあ、名前でお呼びすれば間違いないだろ。兄上の名前はヴィリというんだ」


「分かりました、ヴィリ様ですね!」


 そんな会話をかわしていると、部屋に細身の女性がすっと入ってきた。


「失礼致します。ジン・ヘルウーヴェン様とそのお連れ様でお間違いありませんか」


 見知った顔だ。

 兄上の側近を務めている女性で、名前は確か……


「ああ、それで間違いないよ、アガリア。久しぶりだな」


「ご無沙汰しております。申し訳ありませんでした。先ほどは部下が大変な失礼をしたようで」


 彼女は深々と頭を下げるのだが、謝られる程のことではないとオレは思っている。


「気にしないさ。オレが魔王を拝命したのは最近のことだし、それを知らない一般の魔族も多いだろう。ソラヤ・ミストの様子から察するに、彼は最近公務についたんだろ?」


「お考えの通りです。ある方からの紹介を受け、数日前に採用したばかりなのです。腕は確かでしたので」


 本当に最近だな。

 それであのダンという兵士の上司だというのはどうなんだ?


 オレがそんなふうに考えていると、性格を表すかのようなぴっしりした姿勢でアガリアが言う。


「ジン様、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


「親父殿と兄上に報告することができたんだ。急な来訪になって申し訳ない」


「いえ、お気になさらず。ヴィリ様との面会ということですね。早急に調整を行います……ところでジン様、そちらの女性は?」


「ああ、イシロ村の村長の孫だよ」


 オレはアマレットの方を向いて端的な紹介をした。

 するとアマレットはアガリアの方へずいっと進み出る。


「初めまして、アガリアさん! アマレットといいます」


 元気よく挨拶をするアマレットに気圧されたのか、アガリアの肩がわずかに動く。

 が、表情は変えずに、こなれた所作で挨拶を返した。


「お初お目にかかります、アマレット様。魔王ヴィリの側近を務めるアガリアです。以後お見知りおきをお願いいたします」


「はい、よろしくお願いします!」


 村娘に対してやたらと丁寧な挨拶を済ませ、再びオレの方を向くアガリア。


「ジン様、面会の際はアマレット様もご一緒ですね?」

「ああ、そのつもりだが」


 せっかくアマレットをここまで連れてきたのだ、会わせてもいいだろう。

 いや、オレの自慢の兄を見せてやりたいというのが正直なところだ。


「失礼いたしました。お聞きするまでもないことでしたね」


 アガリアがそう言ってフッと微笑んだその時、部屋の外から誰かが話す声が聞こえた。


「ほら、さっさと行ったほうがいいんじゃないか? アイアンメイデン殿がお待ちだぞ」


 アガリアはそれを聞いて眉をピクリと動かした。


「ダンさん、押さないでください! まだあの人に会う心の準備が……!」


 会話の内容からして、外にいた二人の門番だろう。

 小声でぼそぼそやっているつもりなのだろうが、二人の声はよく響いていて、この部屋にいてもハッキリ聞き取れる。


 アガリアは眉をひそめてそれを聞いている。


「少し失礼いたします。不届き者にバツを与えないといけないようですので」


 アガリアはオレたちに頭を下げて部屋を出た。

 すると廊下からドスンと音がする。


「ア……ガリアさん!」

「立て、ソラヤ! 私の方で確認した。お前が無礼を働いた方はヴィリ様の弟君、魔王ジン様だぞ!」

「本当にあの方が!?」

「私を疑うのか?」

「いえっ、そのようなつもりは……」

「さっさと立たないか!」

「はっ、はい!」


「よし、この場で沙汰を言いわたす。三ヶ月減俸だ。それから一週間の謹慎を命ずる」


「さ、三ヶ月……あの、謹慎中の給金は?」


「出るわけがないだろう! 寮にこもって反省していろ!」


 廊下にアガリアの怒鳴り声が響き渡った。

 しばらくその反響音が続く。

 それが消えていくと、最後には、不気味なほどの静けさだけが残ったのだった。


 その静けさの中にあっては普段の調子で話すのがはばかられたのだろう、アマレットが小声でオレに囁いた。


「魔王さま、何だかかわいそうですね」

「まあな、だが仕方がないさ」


 二人でコソコソ話していると、アガリアが部屋に戻ってきて言った。


「ジン様、おまたせいたしました。城へご案内します」

「それなんだが、兄上にはすぐに会えるのか?」


 兄上は忙しいハズだ。

 すぐに会えるなら問題ないが、時間がかかるのなら街を見て回りたかった。


 アガリアは頭を下げて言う。


「……申し訳ありません。ヴィリ様は常時ならば、何をおいてもジン様にお会いになられるはずなのですが、本日は魔族と人族の折衝会議がありまして、少なくとも夕方までは会議室から出られないと思われます」


「そうか、ならそれまで街を見て回りたいと考えているんだが。アマレットの観光ついでだが、オレもこの街を見て回ることで学ぶこともありそうだ」


 オレはアマレットを指差して言うと、アガリアは頷く。


「そういうことでしたら案内をお付けしましょう」

「それはありがたいが、いいのか?」


「ええ、最近ではこの街でも魔族と人族のいさかいも少なくなり、お互いが協力しあう姿もよく見られるようになりました。仰られたように、ジン様が参考になるようなこともあるかもしれません。詳しい人物をお付けいたします」


「それなら、俺が適任だな」


 廊下で話を聞いていたのだろう、ダンが部屋の入り口に姿を見せた。


「ダンですか。あなたが抜けてここの仕事に差し障りはないのですか?」


「クッ、今日一日はあの坊やに付いているつもりだったんだ。アイツが謹慎なら俺もここにいなくていいってもんよ」

 と言って、彼は肩をすくめた。


「では、お願いしましょう。ジン様、彼はこの北門の兵士長です」


「魔王さま、さっきは失礼。俺はダンという。この街の生まれだから案内は任せてくれよ」

 そう言うと、ダンは自分の胸を軽く叩いた。


「ああ、よろしく頼む」

「よろしくお願いします、ダンさん!」


 ダンは頷くと、アガリアに向かって言った。


「アガリア殿、馬車を用意したんだったらメイン通りの西区まで頼めないか?」

「分かりました。そう手配しましょう」


 アガリアは部屋の外に待機していた自分の部下に指示を出した。

 そしてまたオレに向き直って言った。


「ジン様、ひとまず私は失礼させていただきますが、何かご不明な点はございますか」

「会議が終わるまでに城へ行っても、問題ないか?」

「ええ、問題ありません。お部屋を用意してお待ちしております。では、私はこれで失礼させていただきます」

「ああ、ご苦労様」


 アガリアは深く礼をして部屋を出ていった。


 その後、アマレットが机の上に広げた菓子をポーチに仕舞うのを待って、オレたちは部屋を出た。


 そういえばダンは兵士長だと言っていたな。思っていたよりも偉いさんだったのか。

 オレはふと湧き出た疑問をダンに投げかける。


「ダンは兵士長なんだろう? それなのに門番もするのか?」


「もちろん普段は事務仕事が多いさ。だが新人の研修は俺がやることにしている。特に今回の新人は魔族で、研修が終わればすぐ上司になるって話だったからな。ソラヤにはしっかり現場というものを分かってもらおうと思っていたんだが……」


「間が悪かったな」

「そういうこと。ヤツもヤツで融通がきかないからな。あのまま上司になられるとこっちが困るぜ……おっと、愚痴になっちまったな。まあ、アイツも悪いやつではないんだよ」


 話題になっているソラヤは部屋の外にも見当たらなかった。

 アガリアに怒鳴られたので、おとなしく寮へ向かったのだろうか?


 ソラヤとアガリアの力関係は、オレとアビスのそれによく似ている気がする。

 そう考えると、ソラヤに対して同情心の一つも生まれようというものだ。

 同類相憐れむ、というやつだ。

 オレは心の中で、彼の復活を、そっと祈るのだった。

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