魔王さま、正義の味方と戦う
ミシャの街の門番は二人いて、向かって右側に赤髪の若い魔族、左側には中年の人族が陣取っていた。
彼らは、オレ達が遠くにいたころから気付いていて警戒していたようだったが、オレたちがまだ子供に近い年頃だとわかると警戒をゆるめた。
それでもオレたちの方を注視しつつ、長い二又の槍を持つ手を強く握っている。
「魔王さま、早く入れてもらいましょう!」
アマレットがそういった瞬間、若い方の門番の手がピクリとして、槍の先が少し振れた。
オレがそちらを見れば、向こうもオレを見ていた。
いや、睨んでいた。
「魔王さま、どうしたんですか?」
それを聞いた赤髪が目を見開き、槍をこちらに向けて叫んだ。
「何者だ!」
すぐさま中年の門番がなだめにかかった。
「おいおい、いきなり何してるんだよ。簡単な審査をして問題がなかったら入れてもいいと言っただろ?」
「そうはいきません、コイツはこともあろうか魔王さまをかたる不届き者です! 魔族の面汚しめ、ここで成敗してくれる!」
「んん? なんだ、この兄ちゃん魔族なのか。じゃあそっちの嬢ちゃんも?」
「……いえ、この娘は人族のようです。おおかたどこぞの村でさらってきたんでしょう。そして無理やり魔王さまなどと呼ばせているに違いありません。くそっ、お前みたいなのがいるから魔族は凶暴だと思われるんだ!」
門番たちの掛け合いは、こんな調子で続く。
えらく話の通じなさそうな奴だ。
誤解は解いておきたいので、オレは赤髪に説得を試みた。
「まあ、聞いてくれよ。魔王は魔王でもオレはイシロ村からやってきた……」
「聞く耳持たん!」
なんなんだ、一体?
こんな奴でも門番が務まるのか?
オレが困惑していると中年の門番がのんびりと言った。
「おお、イシロ村か。ずいぶん遠いところから来たんだな」
「デタラメに決まっています。信じてはいけませんよ。ダンさんはその子を安全なところへやってください。私はこの不届き者に、魔族の正義というものを知らしめてやります」
赤髪はそう言って、オレの方へと歩いてくる。
「やれやれ、上司命令じゃ仕方ない。嬢ちゃん、こっちだ。中に入れてやるよ」
こんな調子ではダンさんとやらも苦労していそうだ。
ダンに手招きされたアマレットは不安そうにオレを見る。
「先に入れてもらえ。オレもすぐ行くよ」
オレがそう言うと、彼女は頷いて門に駆け寄った。
アマレットはダンに連れられて、門の隣にある小さな扉から中に入っていった。
それを確認してから、オレは目の前の赤髪に言った。
「さて、オレはジン・ヘルウーヴェンという。お前の名前はなんというんだ?」
「ヘルウーヴェンだと? あくまで王の血統をかたるか。いいだろう、私はソラヤ・ミスト。お前を死刑台に送るものだ」
魔王を詐称するのは確かに罪にはなるのだが、とても死刑になるには足りない。
というか……
「死刑はもう廃止されているだろ」
「……フン、少しは内情に詳しいらしいな」
内情も何もオレは魔王だから、ヘルウーヴェンの法律ぐらい一通り学んでいるんだよ。
「なあ、ここでお前と事を構える気はないんだ、ソラヤ・ミスト。お前の上役に連絡してくれればそれで解決する」
「ふざけるな!」
ソラヤはそう叫ぶと、オレから距離を取るためにバックステップをして、二又の槍に魔力を込めはじめた。
やはりこうなったか……
コイツの実力がわからないので対決は避けたかったのだが、こうなっては仕方がない。
仮にも魔王が門番に負けたとあっては、ヘルウーヴェンの血が軽く見られる。
『血は金よりも重い』
理性的で感情を表に出さない者が多い魔族だが、自分の血筋だけは別だ。
家族や先祖への思い入れは、人族よりも強いのだ。
ソラヤの槍は、彼の魔力を受けて複雑な紋様を浮かび上がらせはじめる。
「槍も特別製か。魔力回路を組み込んであるのか?」
オレはソラヤに彼の獲物について質問する。
物に魔力を込めると壊れにくくなるのだ。
魔力回路がある武器は、魔力の通りが早い上に込める魔力量も少なくすむので、魔族の剣士は自分の剣に回路を組み込んでいることが多い。
「その通りだ。お前も魔力を込めなくていいのか?」
何故か敵であるはずのオレに対して気遣いをみせるソラヤ。
悪いやつではないのだろうが、どうにもズレている。
「ああ、オレのはもう込めてある」
「やはり、もともとやる気で来たんだな!」
さっき 森の彷徨い人を倒したときの魔力が残っているだけなのだが、それを説明する暇はなかった。
ソラヤは叫ぶと同時に、距離を一気に詰めて槍を突きだした。
思っていたよりだいぶ早い!
オレは身をよじって槍を躱し、同時に抜剣した。
ソラヤはオレが攻撃を躱したのを見て、素早く後ろに下がる。
「躱されるとは思っていなかった。手強いやつだ」
会心の突きだったのだろう、ソラヤはオレがそれを避けたことに驚いている。
「お褒めに預かったようで」
オレは抜剣したついでに頭でも叩いてやろうと思ったのだが、そのときにはすでに彼は間合いから飛び退いていた。
かなり素早い。
年はオレとさほど変わらないはずだが、これほど動けるのはコイツも誰かから英才教育を受けているに違いない。
舐めてかかると怪我をするな。
オレは剣をダラリと下げ、頭を突き出して前傾姿勢になった。
分かりやすいスキを作ってやったつもりだが、彼は乗ってこなかった。
さっきの突きを躱したせいで慎重になっているのかもしれない。
「どうしたんだ? これだけわかりやすく攻撃してくださいと言っているのに」
全身を脱力させて剣をブラブラと振ってみるが、彼はまだ動かない。
「フン、その手には乗らない。お前は油断のならないヤツだと分かった」
慎重に間合いを測って槍を動かす彼に、オレは薄ら笑いを浮かべて挑発を仕掛ける。
「ハハ、随分と臆病なんだな。これではお前を訓練したヤツも嘆くだろう。いや、ソイツ自身が情けないヤツなのかな?」
「なんだと!」
オレが言い切る前にソラヤが怒りの形相を見せ、先程より速い速度で踏み込んでくる。
魔族にしては珍しく、感情の起伏が大きいやつだ。
彼はやたら滅多に、しかし全てをオレの急所に向けて槍を突きだした。
オレは突きをいなし、防ぐことだけに集中した。
彼の突きは速いが、すべてが正確で読みやすい。
毎日アビスのいやらしい攻撃を受けているオレにとっては、まだ少し余裕があった。
ソラヤの攻撃は、オレの体にダメージを与えられない。
彼の怒り顔に焦りが混ざり始めたが、突きの連撃を止める気配はない。
オレは攻撃が止まった瞬間、槍の間合いが消える懐に侵入して、剣で殴打してやるつもりだった。
彼も懐に入るというオレの狙いが分かっているので攻撃を続けるしかない。
オレにはもう一つ狙いがあった。
それはヤツの酸欠だ。
これほど苛烈に連撃を繰り返しているのだ、必要最小限の動きで攻撃を躱し続けるオレとは違って、ソラヤの酸素消費量は凄まじく多い。
怒涛の連撃は続く。
その一撃一撃を防ぎ、いなし、躱すたびに、オレの脳内にアドレナリンが湧き出てくる。
オレの口元は自然と吊り上がっていく。
対して、酸素不足による苦しそうな表情がソラヤの顔に出始める。
ソラヤの突きの精度が荒くなり、槍の穂先がブレはじめる。
紙一重で躱したはずの二又がマントの端を奪い去った。
危険な徴候だ。
ラッキーパンチが当たる可能性だってある。
オレは、反撃に出る態勢を整えた。
ソラヤの動きが少しでも鈍ったなら、それが罠だとしても仕掛ける!
オレがその気になった瞬間だった。
限界に近かったのだろう、ソラヤは最後の突きを繰り出して一瞬止まってしまう。
オレはそのスキを見逃さない。
すかさず槍を払いのけ、彼の体に向かって剣を振る。
「うおおおおおお!」
「ぐあっ!?」
体に剣を叩きつけられ、難なく吹き飛ぶソラヤ。
彼は大の字に倒れたまま、荒い呼吸をしている。手元に槍はなかった。
槍はオレが払ったときに手放してしまったのだ。
勝負アリ、だな。
オレは槍を拾ってソラヤに近づいた。
「くそっ、私の負けだ! 好きにしたらいい!」
ソラヤは悔しさを滲ませた言葉を、空に向かって叫んだ。
それでオレは槍を彼に向かって放り投げた。
槍は放物線を描きながらソラヤへと落ちていき、彼の腹筋を打ち付けた。
「ぐぅ!?」
「では好きにする。ミシャへ入るぞ」
オレはソラヤが何か喚くのにも構わず背をむけて、ダンと呼ばれていた門番のもとへ向かった。
オレが近づくと、ダンはくだけた調子で話しかけてきた。
「兄ちゃん強いんだな! ソラヤはこの街の兵士では五本の指に入るようなヤツだぜ」
「実力的にはそこまで変わらないよ。今回は向こうのミスで勝たせてもらったけど、次にやりあったらどうなるか分からない」
と謙遜すると、
「ふーん、そうかい」
と彼は顎に手を当ててヒゲをゴリゴリやっている。
「ところでオレも入れてもらいたいんだが……連れも待たせているしな」
「ああ、すまん少し待ってくれないか? 今、城に使いを出しているところなんだ。ジン・ヘルウーヴェンという魔王さまが来たってな」
ダンはそう言ってニヤリとする。
さてはコイツもオレを信じてないな。
「まあ、すぐに戻ってくるだろうから中の部屋で待っていてくれ。嬢ちゃんもそこにいるよ」
彼はそう言うと扉をリズミカルにノックした。
すると扉の隣にあった小さい方の入り口から若い兵士が出てくる。
「この人も同じ部屋に通せ」
「分かりました!」
若い兵士はダンに向かってビシリと敬礼を決めると、オレのほうへ体ごと向きなおった。
「私がご案内いたします!」
「では、よろしく頼む」
オレは、若い兵士に後について、ミシャの壁をくぐり抜けた。
魔王さまは門番と戦いました。