魔王さま、お祓いする
そこには、仰向けに倒れているアマレットと、彼女の周りに群がっている得体のしれない白い浮遊物がいた。
「うわ出た!?……ん? 何だよ、魔物じゃねーか! 脅かしやがって!」
一瞬、本当に幽霊が出たのかと思ったのだが、よく見るとそうではないことに気付いた。
大魔王城の近くの森にもいる魔物『森の彷徨い人』だ。
コイツらは出会った者から少しだけ魔素を奪っていく低位の魔物だが、複数に襲われると魔素不足になることもあるので危険な存在ではある。
現にアマレットは魔素を吸い取られて目を回している最中だ。
「待ってろ、今助けてやる!」
すぐさまオレは剣へ魔力を流し込む。
森の彷徨い人は魂と魔素だけで構成されたアストラル体だ。
コイツらには魔力が通った何かで攻撃しないと効果がない。
まあ、武器に魔力を流すことで丈夫になるという効果もあるので、魔族は戦闘の開始時にそれを儀式的に行っている。
十分な魔力が剣に流れたことを確認したオレは抜剣するが、森の彷徨い人はこちらを警戒することもなくアマレットの魔素を貪っている。
「くそっ、あいかわらず何を考えているのか分からん不気味なやつらだ」
オレが剣を横薙ぎに振るうと、森の彷徨い人どもは身体を上下に分断された。
下半身はあたりに霧散するが、魂のある本体部分はふわふわと上方へ逃れようとしていた。
「逃がすかっ!」
また帰りにでも襲われたらたまらないのでここで始末しておく。
オレは飛び上がってめちゃくちゃに剣を振った。
たまたまにでも魂の部分に当たれば儲けもの、そうでなくても分断された部分は消えていくので森の彷徨い人どもは、だんだんと小さくなっていく。
てごたえあり、だった。
オレが振り回した剣は、半分以上の森の彷徨い人を葬った。
アマレットの頭上に群がっていた森の彷徨い人どもは、仲間が消えていくのを見て逃げ出そうとしている。
だが逃がすつもりなどない。
着地したオレは、ヤツラの小さくなった身体から魂のある位置にあたりをつけて、また飛び上がった。
「このっ! なにが幽霊だ、よくも脅かしやがって! うりゃ! 消えろ!」
はたから見れば、悪態をつきながら白い霧にむかって剣を振り回しているという、気でも触れたのかと思われそうな光景だが、これはちゃんとした魔物退治の一環だ。
悪態をついているのは、一瞬でも幽霊などというものを信じてしまいそうになった自分への戒めだ。
……嘘じゃない、ホントだぞ?
「くらえ! 悪霊退散!」
オレは最後の一匹を倒して着地すると、大きく息を吐いて冷静さを取り戻そうとした。
ふう、魔術研究によって文明が大きく動こうとしているこの新時代に、なにが幽霊だ、非魔学的な。
「あの〜、魔王さま?」
ようやく落ち着きを取り戻した、という時にアマレットから声がかかったのでオレはビクリとした。
いつから目を覚ましていたのか、いや、いつからオレの醜態を見ていたのか?
オレは笑顔で取り繕って振り返る。
「やあアマレット、ようやくお目覚めだな」
「ずっと起きてました。幽霊にびっくりしてコケたあと、どうしてか身体が動かなくなったんです」
急激に体内の魔素が減るとたしかに身体が動かなくなることがある。
急性魔素不足とかいうやつだな。
というかずっと見ていたのか……。
「でも魔王さまはすごいんですね! 魔獣だけでなく幽霊も倒しちゃうなんて!」
例のキラキラした目でオレを見るアマレット。
だが事実と違うことで褒められても困惑するだけだ。
「いや、あれは魔物なんだが」
「そうなんですか? 『悪霊退散!』って言ってたのに? 教会の祓魔師がそう言うと幽霊とか悪魔は消えちゃうって、おじいちゃんから聞きましたよ」
……恥ずかしい決めゼリフもバッチリ聞かれていたようだ。
顔が熱くなるのを感じたオレはフイッと横を向く。
困ったぞ、どうごまかしたらいいんだよ……。
森の彷徨い人を魔物だと説明すれば、オレはなぜあんなに取り乱していたのか?ということになる。
森の彷徨い人が幽霊だったと言っておけば、この場では恥はかかないかもしれないが、幽霊とかいうものの存在を認めることになるし、それに何よりオレは祓魔師とかいう詐欺師ではない!
「どうしたんですか?……あっ、分かりました! 魔王さまは祓魔師だけど幽霊が怖いんですね! だからさっきの幽霊を祓うときもあんなに叫んで……」
「わー! わかったわかった、ちゃんと説明するから!」
どちらにしても恥をかくなら、事実を正直に言ったほうがマシだ。
ミシャまでの道中、彼女に自分の恥部を説明するハメになったことに、オレはがっくりと肩を落とした。
「じゃあ、さっきの幽霊は幽霊じゃなくて幽霊に似た魔物だったんですね」
アマレットがちょっとよく分からないことを言いながら首を傾げた。
オレはアマレットを連れてミシャへ向かう道すがら、彼女に先ほどあったことの説明をしている最中だ。
「ああ、アイツらは出会ったヤツから、ちょっとずつ魔素を奪っていくんだよ。お前の身体が一時的に動かなくなっていたのはそのせいだろう。で、オレがああいったことを口走っていたのは、八つ当たりのようなものだよ……正直に言うのも恥ずかしいんだが、オレは幽霊とかいった類いのものが苦手なんだよ。最初にアイツらを見た時は幽霊かと思ったんだが、すぐにそうじゃないと気づいたんだ。そうしたら驚かされたことにイラッとしてな」
「そうなんですか。でもさっきは幽霊なんていないって言ってませんでしたか? いないものが苦手なんですか?」
「本当にいるかいないかは分からないだろ? オレは見たことがないしな。人は分からないものを一番恐れる、とか聞いたことがある」
「へぇ、そうなんですね」
そんな話をするうちに、ミシャの街の近くまでやってきた。
太陽の角度から察するに、オレたちがやってきた森はミシャの北側に位置するらしい。
街は高い壁に囲まれており、その壁には大きな門があった。
門の側には人が立っているが、門は人三人分ほどの高さがある。
「かなり高い壁だな」
「でもお城はもっと高いですよ、ほら見てください!」
彼女の言うとおり、街の中心にある城は、高い壁で囲っていてもよく見える。
壁の外から城の全貌が見えるほどなので、おそらくミシャの街は中心に行くほど高くなっているのだろう。
城塞都市だとも聞くし、街の中は防衛のための様々な仕掛けがあるに違いない。
「中を見るのが楽しみになってきたな」
「私もです! 早く行きましょう!」
アマレットはそう言って門へ向かって駆け出す。
オレはゆっくりとその後を追った。
こちらからは見えないが、ミシャの門番からは、彼女がキラキラ目を輝かせながら笑っているのが見えるんだろう。
それを見れないことを少し残念がっていることに気付いたオレは、頭を軽く振ってその思いを振り払う。
改めて彼女を見ると、彼女の後頭部で細く編んだ髪の毛がぴょんぴょんと左右に跳ねている。
オレは「まるで馬の尻尾だな」だのと考えていた。
門の近くまで走っていった彼女は、立ち止まって門を見上げていたが、やがてこちらを向いて大声で呼んだ。
「早く来てくださいよ〜! 早く〜!」
遠くから彼女に呼ばれたオレは、口元に笑みを忍ばせて走りだした。
幽霊をお祓いしました。