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魔王さま、村娘と街へ出発する

 翌朝、オレは調子の戻ったアビスに起こされた。

 アビスに昨日の事を軽く説明したあと、午前の日課を機嫌よくこなした。

 機嫌がいいのは、数年ぶりに兄上に会えるからだ。

 アビスもそれを知っているので、あまり訓練に身が入っていないオレを叱ることもなかった。


 午前の日課を終えるとすぐにアマレットを迎えに行く。

 アビスには留守中、村長に魔術の基礎を教えてやってほしいと頼んでおいた。




 村長の家の前には、村長、アマレット、それからアンネがオレを待っていた。

 アマレットがオレの姿を見つけて手を振った。

 オレも手を挙げてそれに応える。


「魔王さまっ、待ってましたよ!」

「ああ、遅くなった」

「早く行きましょう! はぁ、すごく楽しみです」


 アマレットは早くミシャの街が見たくて待ちきれないといった様子ではしゃいでいるが、早く出発したいのはオレも同じだ。

 だがその前に、村長に伝えておくことがある。


「村長、昨日言ったように、アビスから魔術の基礎を教えてもらったらいい。さっきアイツには頼んでおいたんだ。もうしばらくしたらここに来るはずだ」


「おお、ありがとうございます。私がマスターできるかは分かりませんが、全力で取り組みますぞ」


「ああ、頑張ってくれ。アンネも興味があるなら一緒にどうだ? 何なら見学だけでもいいし」


 まさか自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう、アンネは慌てて手を振った。


「いえいえいえ、私など恐れ多くてとても。それよりも魔王さま、アマレットをどうぞよろしくお願いします。魔族の方に失礼があってはいけませんので」


「ああ、ちゃんと見ているよ。そんなに心配しなくてもいい。兄は気さくな方だ。お前が心配しているようなことは起こらないよ」


 アンネの心配を和らげようとしたつもりだったが、彼女の顔は晴れなかった。


 アンネは心配性だな。

 オレも心配性なので彼女の気持ちは分からないでもない。

 だけどこれ以上彼女に対してできることはなさそうだった。

 オレにできるのは、アマレットを無事に連れ帰ることくらいか。


 まあ、いつまでもこうしていても仕方がない。

 オレは魔術の準備を行うために村長に言った。


「悪いがここのスペースを借りてもいいか? 帰ってくるまで借りたいんだ」


 オレは村長の了解を得て、家の前のスペースに魔術陣を描いた。

 それから親父殿から授かった二枚の魔術具(ディスク)を取り出した。


 この魔術具(ディスク)は大魔王である親父殿が作ったものだ。

 形は一般の魔術具と同じで薄い円盤なのだが、使用法が違う。

 予め、特定の魔術陣を描いておかなければいけないし、操作をサポートする案内なども出ない。

 許可された者にしか使えないようになっているのだ。


 魔術具に魔力を注ぎ、先ほど描いた魔術陣へ近づける。

 すると魔術陣と魔術具が共鳴を始めた。

 これで準備は完了。


 後は魔術具を持って魔術陣の中に入り、登録されている場所の名前を呟けば転移する。

 親父殿がこの魔術具に登録した場所は大魔王城、兄上の城、そしてこれからオレたちが行くミシャの三ヶ所だ。

 オレがここに魔術陣を描いたことで、一応、イシロ村も登録はできたのだが恒久的なものではない。

 オレが描いた魔術陣では一週間もすれば消えてしまうだろう。


「村長、オレたちが帰るまで、ここの魔法陣の中に物を置いたり、人が入ったりしないようにしてほしい。稀にだが転移事故が起こることがあるんだ」


「分かりました。立て札でも立てておきます」


「頼んだ。ではそろそろ行くか」


「お気をつけていってらしゃいませ。アマレットよ、魔王さまの言われる事をよく聞くんじゃぞ」


「はいっ、わかりました! 行ってきます」


「よし、この魔術具(ディスク)を持って魔術陣の中に入ってくれ。念のためだが、中に入ったら喋らないでくれよ」


 ないとは思うが、中で『大魔王城』とでも呟いてしまったら即座に転送されてしまうので防ぎようがない。


 昔アビスの同僚が魔術陣の中でダラダラと話していて、別の行き先を口にしてしまった。

 そして思わぬところへ飛ばされ、大恥をかいたらしい。

 転移の魔術陣の中では行き先だけしか喋らない、これが原則だ。


 アマレットはオレから魔術具を受け取り、魔法陣に足を踏み入れる。

 すると魔術具と魔法陣がひときわ強く輝いた。


「わっ!?」


 アマレットは驚きの声を上げ、その後すぐに口を押さえてオレのほうを向いた。

 彼女の様子に、オレはクスリとする。


「それくらいなら大丈夫だ。行き先さえ言わなければ問題ないよ」


 それを聞いてホッとするアマレットだった。


「では行ってくるよ。魔術陣のことだけ頼む」

「お任せくだされ。責任をもって管理いたしますぞ」


 村長が力強く言ったので、オレは安心する。

 魔術陣の中に入り、行き先を口にした。

 その瞬間、オレとアマレットは青白い光に包まれた。




 光が収まると、オレたちは真っ暗な場所に立っていた。

 おそらくはミシャの城の中なのだろうが、とにかく暗くて周りを確認できない。

 魔術陣の光のおかげで出口らしき扉が何とか見えた。

 オレはぼんやりしているアマレットを引っ張って扉に向かった。


「オレもここには初めて来たから、不案内なんだよ。とりあえずはあの扉から外に出るぞ」


 返事がなかったので彼女のほうを見るとコクコクと頷いている。


「もう話してもいいんだぞ」

「分かりました!」


 突然元気よく、部屋の外にも聞こえるほどの大きな声で返事をしたアマレットに、苦笑いしながら扉のノブを回した。


 暗い部屋から出ると、森の中だった。

 城の中の小部屋だとばかり思っていたのは、実は森の中の小屋だったのだ。

 転移が失敗していたのかと一瞬焦ったが、少し離れたところにミシャらしき街が見えたので安心した。

 兄上の部下がミシャに潜入する際、ここの魔術陣を使ってやって来たのだろう、それをそのまま使っているというわけだ。


 オレが一人で納得していると、小屋から出てきたアマレットが叫んだ。


「魔王さま、ここ森の中ですよ! ミシャじゃありません!」

「落ち着け、あそこに街が見えるだろう。多分あそこがミシャだ」


 パニックになっていた彼女だが、街を見つけるとすぐに普段のペースで感心しはじめた。


「あっ、ホントですね。わぁ、すごく大きいです!」

「さあ、ここにいてもしかたない。早くこの森を出よう」

 オレは街を見つめている彼女を促して歩き始めた。


「魔王さま、この森って何か出そうですね」


 アマレットは、おっかなびっくり、という感じでオレの後をついてきている。


「たしかに昼間なのに薄暗いし不気味だな……夜には来たくない」


「魔王さまもお化けとか幽霊は苦手ですか?」

「幽霊とかいるわけ無いだろ! フフン、そんなのを信じているなんてまだまだ子供だな」


「え〜、魔王さまは見たことないんですか?」

「な、何言ってるんだ? いないものを見ることなんてできないだろ」


「私、よく見ますよ? 村のみんなも夜にはよく出るっていってます」


 コイツは何を言っているのか?

 イシロ村に幽霊が出るというのか?

 勘弁してくれ。


「でも、あちら側に連れて行かれそうになったり、気付いたら後ろにいてびっくりしたりするので私は苦手なんです。ほら、こういう雰囲気のところだとよく見かけませんか?」


 なんだよ『あちら側』って、怖いだろうが!


 アマレットがオレを脅かすので、心臓の鼓動が早くなる。

 オレの足も自然に速くなる。


「あっ、待ってくださいよ〜。魔物が出たらどうするんですか〜」


「知らん。幽霊とかいう訳の分からんものより、魔物とか魔獣に出会うほうがよっぽどマシだ」


「わあ、やっぱり魔王さまも幽霊が苦手なんですね! 私と一緒です!」


 アマレットは嬉しそうに付いてくるが、オレは全く嬉しくない。


 というか、コイツはオレをからかっているんじゃないだろうな。

 幽霊だのなんだの言われたせいか、先程から後ろに不穏な気配を感じている。

 もちろん気のせいに決まっているので、振り向く気はない。


 冷たい気配を背中に感じてサブイボをたてていると、アマレットが恐る恐ると言った様子で尋ねてくるのだ。


「魔王さま、なんだか背中に……」

「言うな! いいか、何も言うなよ。あと、絶対に振り向くなよ!」


「でも気になります! こういう時ってだいたい……ひえっ」

「おいアマレット、どうした? おいっ!」


 アマレットがおかしな声を出たきり黙ってしまったので、慌てて呼びかけるが反応はない。

 彼女はオレの視界から完全に消えてしまっていて、確認するためには後ろへと振り向かなければいけない。


 覚悟を決めて振り向くとそこには――

やはり幽霊なのでしょうか。

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