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魔王さま、村娘をお誘いする

 オレは村長とアマレットを連れて、イシロ村の生活範囲を確認して回っているところである。

 午前中のアビスの調査で、村の北の森にすさまじい数の魔獣が住み着いていることが分かった。

 その魔獣から村を守る結界を張るための、大切な確認作業だ。


 今まで村へ魔獣が近づいたことはなかった。とはいえ、これからもそうだとは限らない。

 領民を守るのは領主の仕事だ。

 安全を作り出すには、『起こる確率が低くても危険度が高いもの』を一つずつ潰していくことが肝心だ。




 魔獣の件とは関係ないが、嬉しいことがあった。

 村を回る途中で数名の村人に会ったが、以前のようにひれ伏されることもなく、普通に挨拶をしてくれたのだ。

 これはかなり嬉しい。

 まあ、気さくに、とは言えないし、まだ少しオレに怯えている者もいたが。


 だが一ヶ月前から比べたらすごい進歩だ。

 フフ、この調子であと一ヶ月もしたら、村人から向けられる求心力はすごいことになるんじゃないか。

 オレはそんな風に思った。


 だがよくよく考えてみれば、実際のところはマイナスの評価が少しマシになったというだけの話なのだ。

 遠心力を求心力に変えるには、やはり、まだまだ努力が必要だった。



 無事、村を一周できたオレは、結界を張る前に村長の家で小休止をとることにした。

 オレは今しがた回ってきたルートを思い返しながら、エンリのところでもらったという茶をすする。

 古い茶らしいがなかなかうまいな。


 オレはアマレットが出してくれた焼き菓子をつまみながら言う。


「結界のフチに旗を立てていくという村長のアイデアは良かったな。村人に知らせておけば、目安になるから外に出ることもないし、ああいう目印があれば、オレも結界を張るイメージがしやすいんだ」


 すると、村長は頭に手を当てて言った。


「お褒めいただきましてどうもです。私が冒険者をやっていた頃は、人族の中にも魔術を使うものが少なからずおったんですわ。工夫をすれば大きな魔術を行うこともできると聞きました。魔物が出る場所での野営では、あのように旗を立ててから結界を張っていた魔術師がおったのを思い出したんですわ」


「魔術については村長の聞いたとおりだよ。だが昔は人族にも魔術師が多かったというのは初耳だな」


「まあ魔族の方にはとても及びませんが。魔王さまから見れば、せいぜい多少の心得があるといった程度でしょうな」


「ふーん、昔のことなら兄上も知ってるかな? 明日はそれも聞いておくか」


 オレの独り言が聞こえたのか、茶を飲んでマッタリしていたアマレットがこちらを向く。


「明日は魔王さまのお兄さんに会われるんですか?」


「ああ、そのつもりだよ。兄上は以前帝国の領地だった街に滞在しているはずだ。今はイシロ村と同じく、ヘルウーヴェンの領地となっている。確か、ミシャとかいう街だったかな?」


「ミシャ! あの大きな街ですね!」


 街の名前を反駁して目を輝かせるアマレット。


「行ったことがあるのか? ここからはかなり離れているはずだが……」


 イシロ村からミシャまでは、一週間旅してもたどり着けないくらいには離れていたと記憶している。

 それでもイシロ村に一番近い街がそのミシャなのだから、イシロ村は陸の孤島だとか言われるのだ。


「いえいえ、アマレットは行ってませんよ。ミシャのことは村の者から聞いたんでしょう。この村では成人するときにその街へ行くことになっているんですわ。こんな辺鄙な村ですので、ミシャまで行くことは一種のステータスなんでしょうな」


 なるほど、それでアマレットは目を輝かせているのか。


「一度は行ってみたいって思ってるんです! 中心にはびっくりするくらい大きなお城があるって、おとなりのアンネおばさんが言ってました!」


 ふーむ、おそらくは誇張された話を聞いているのだろうが、それを伝えてアマレットの夢を壊すこともないだろう。

 オレは適当に相槌を打っておいた。


「魔王さまはそこまでどのようにしてミシャまで行かれるのですかな? 馬はお持ちでないようですし、村の者から借りておきましょうか」

 と、村長は提案してくれる。

 ありがたい申し出ではあるが、移動手段は他にある。


「いや、いいんだ。転移魔術というものがあって、それなら一瞬で行ける。かなり高度な魔術だからとんでもない魔力が必要だし、本来ならオレが扱えるようなシロモノでもないんだが、親父殿……大魔王からそれを使える魔術具(ディスク)を渡されている」


「ほほう、私も旧帝国の遺跡で、転移魔術の魔術陣を見たことがあります。旧帝国の偉い魔術師さまが、古代魔術なので動かすことはできないと言っておりましたが」


「へえ、流石に元冒険者なだけあって色々知ってるんだな。現代では、古代魔術は失われてしまっていて扱うことができないんだが、オレの親父殿、大魔王はその中の一部を扱うことができるんだよ。魔術具による魔術だから制限はあるけど、明日ミシャまで行って明後日帰ってくるくらいならできる」


「むう、大魔王さまは凄まじい力をお持ちですな」


 親父殿とその魔術具の力に村長が驚いたことと、アマレットが尊敬の眼でオレを見たこととが嬉しくなってしまう。

 なのでつい、こんなことも言ってしまうのだ。


「そうだアマレット、明日はお前もついてくるか? アビスは留守番だし、アイツの代わりにどうだ」


「いいんですか!? 絶対行きます!」


「これ、アマレット! お前は遠慮というものを学ばんか!」

「嫌です! 絶対についていきます!」


 オレの提案にすぐさま飛びついたアマレットは、村長に咎められても聞く様子はない。

 もう完全に付いていくつもりになっているようだった。

 別にアマレット一人付いてきたところで邪魔にはならない。

 腕を組み、怖い形相をつくってアマレットを叱る村長をなだめた。


「まあまあ村長、迷惑にはならないよ。それに、この村の人間は全員ミシャに行ったことがあるんだろう? ミシャも今は魔族領だが、この先どうなるか分からないし、アマレットが成人した時にミシャに行けるかも分からないんだ」


「む、それはその通りかもしれませんが」


 と言う村長。

 腕を組んだままだったが、つり上がっていた眉が下がった。


「アマレットだけ行けないというのもかわいそうじゃないか」


 オレがそう言うと、アマレットが便乗してたたみかけた。


「そうです! おじいちゃんは昔いろいろなところに行ったんでしょう。その自慢ばかり聞かされる私の身にもなってください!」


「むむむ……」


 村長はアマレットが言ったことに覚えがあるのか、渋い顔をして唸りはじめた。


「村長、ちょっとしたピクニックに行くと思えばいいんだ。瞬きする間の移動だし、危険はない。明日の昼すぎに出て、明後日の午前中には帰ってくるからさ」


「そうおっしゃってくださるなら……本当に魔王さまに迷惑はかかりませんかの?」


「ああ問題ない。オレが責任をもって連れ帰るから安心してくれ」


「では孫をよろしくお願い致します。こりゃアマレット、魔王さまやその他の方々に、決して迷惑をかけてはいかんぞ」


「はいっ、分かりました! 魔王さま、ありがとうございます!」


 ということで、アマレットを連れてミシャの街へ行くことになった。


 その後、気分の良くなっていたオレは、さっくりと村の結界を張るのを終わらせた。

 そして砦に帰ろうとしたのだが、アビスが休んでいることを思い出す。


 起こしたら何かしらの八つ当たりをするに決まっている。

 それを恐れたオレは夕食も村長のところで食べることにした。

 そして、あたりが暗くなった頃、まだ不穏な気配を漂わせている砦へこっそりと戻り、物音を立てないように自室へと潜り込んだのだった。

村娘を連れて、街へ繰り出します。

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