魔王さま、害獣対策をする
村の北の森に大量の魔獣が住み着いていることがアビスの調査で判明したので、村を守るために結界を張る事になった。
なのでオレは、村長とアマレットを連れて村の外周を周ることにした。
村人の生活範囲を確認しつつ、どの箇所へ結界を張るのか決めていくためだ。
村長なら村人の生活範囲もわかっているだろうし、結界の境を確認してもらうことで、その外側に出ないように村人たちへ通達してもらえる。
一石二鳥だ。
オレたちが出発する段になって、村長が物置へ何かを取りに行った。
オレとアマレットが待っていると、物置の奥でガチャガチャと音がする。
「魔王さま、お待たせしました。これがあったことを今思い出しましてな」
村長は物置から、自分の背の高さほどもある旗を両手に抱えるようにして出てきた。
「なるほど、旗か。たしかにそれを立てていけば、村人たちの目印になるな。しかし村長、そんなに持って重くないのか? 半分くらいは持つぞ」
と村長に言ってやる。
腰を曲げながら持っているものだから心配になってしまうのだ。
「畑仕事をやっておるんで、重いとは感じんのですが、数が多いので少し持ちづらいですな。申し訳ありませんがお言葉に甘えさせてもらいましょうかな」
村長がゴトリと旗の束を置いたので、オレはそのうちの幾つかを持ってやった。
思っていたよりも重い。
アマレットも駆け寄ってきてそれを少し持つと、村長に向かって怒りだした。
「おじいちゃん、無理をしたらまた腰を痛めますよ。魔王さまの前だからって格好つけてもダメです!」
「ハハハ、すまなんだ。どうも魔王さまやお前を見ていると、自分も若くなった気がしていかんの」
村長は孫にむかって笑ったあと、腰をトントンと叩き、残った旗を肩に担いだ。
「さあ、参りましょう。案内いたしますぞ」
オレたちは持っている旗を交代で立てていきながら、折り返し地点である砦までやってきた。
イシロ村は南北に細長く伸びた形をしている。
北端には村長の家があり、そこから南に向かってメインの通りが続いている。
その通りの南端に、オレとアビスが住む砦があるというわけだ。
「アビス殿の調子はどうですかな」
村長に言われて砦の様子をうかがうと、中からは異様な気配が漂ってきている。
これはアビスの『起こすな』オーラだ。
ヤツは疲れ果てて眠っているはずだ。
絶対に起こすべきではない。
アビスは寝起きの機嫌がとても悪い。
下手に起こそうものなら、恐ろしい八つ当たりがオレに対して行われることだろう。
ヤツこそが人族が言う『魔王(悪魔の王)』だ。
オレはヤツの寝起きを想像して、恐怖に身体を震わせた。
「よし、放っておこう」
オレは爽やかな笑顔で言い放つ。
「え? そんなのダメですよ! 私、心配だからこっそり見に行ってきます!」
アマレットがそんなことを言うので、オレは一瞬で全身の血の気が引いた。
砦の中へと飛び込もうとした彼女を、オレはすんでのところで押しとどめる。
「止めないでください! 魔王さまはアビスさんが心配じゃないんですか!?」
ああっ、そんなにデカイ声を出したらアビスが目を覚ましてしまうじゃないか!
オレも叫びそうになるのをぐっとこらえ、小声でアマレットに言った。
「ダメだ、止めてくれ! オレを殺す気か!? おい、暴れるな!……村長、早くここを離れよう! 早く!」
オレは暴れるアマレットを押さえ込みながら、砦から離れた場所まで引っ張っていった。
村長は砦の南側に旗を立ててからこちらに向かってくる。
それを見て諦めたのか、アマレットがおとなしくなったのでオレも手を離してやった。
「なんでアビスさんの様子を見に行かなかったんですか?」
不満顔の彼女に、オレはアビスの恐ろしさを語ってやることにした。
アイツへの恐怖はこの体にしっかりと刻まれているので、いくらでもそれを語ることができる。
村長がやってくるまでの間、アビスがオレに対して行った悪魔の所業を、しっかりと語って聞かせた。
「……というわけだ。さあ、これでお前にもアビスの恐ろしさがよくわかったろう。ヤツは今日疲れきっているんだ、そんなときに休息の邪魔をしたら、後々オレがひどい目にあわされる」
「はぁ~、アビスさんは魔王さまよりお強いんですかぁ。すごいですね」
「驚くのはそこじゃないだろ! 今のオレの話を聞いていたのか?」
まるで見当違いな驚きに、思わずツッコミを入れてしまったが、彼女はそれを受けてもニッコリと笑って言った。
「はいっ、ちゃんと聞いていました。だけどそれは魔王さまから見たアビスさんですので、本当のアビスさんとは少し違うかもしれないです。どんな人なのかはアビスさんとお話をしたりして自分で判断したいです!」
彼女に正論を言われて、オレは言葉に詰まってしまった。
自分の考えを他人に押し付けるのは良くないことだと、兄上からもよく聞かされていたことだ。
さすがにこれはオレが間違っていた。
アビスへの恐怖は、少々オレの理性を狂わせていたようだ。
まさかコイツにそれを気づかされることになるとはな。
「……そうだな、確かにそれがいい。今の話は聞かなかったことにしてくれ」
と、神妙な顔をしてアマレットに言うと、
「え? どうしてですか、今のお話が本当なのかアビスさんに聞いてみたいです」
彼女の発言に、再びオレの顔面は蒼白になった。
隠れてアビスの陰口――オレにとっては紛れも無い事実なのだが――を叩いていたなんてことを知られたら、どちらにしても恐ろしいことになる!
「待ってくれ、頼むからそれだけは待ってくれないか」
オレは必死に懇願したが、アマレットは不思議そうに首を傾げるだけだ。
アビスに先ほどの陰口を知られたらオシマイだ。
何か口止めの手段は無いかと考えるが、ちゃんとした理由も思い浮かばなくて、「やめてくれ」と頼み込むことしかできない。
頼み込むオレと、首を傾げるアマレット。
二人は完全なる平行線をたどっていたのだった。
そこへ、オレたちの様子を見ていた村長が笑いながら戻ってきた。
「ハッハッハ、いや、すみませんな。ハハ、魔王さまも歳相応のところがおありのようで安心いたしましたぞ」
恥ずかしいところを見られたオレは取り繕うように、コホンと咳払いをした。
「お前の言うとおりだよ。魔族は見た目が若くても、実際にはその何倍も歳をとっているんだ。だから人族から見れば、老獪な奴が多いと感じるんだろうな。けど魔族も二十歳くらいまでは人族と同じような成長速度なんだよ。オレも見ての通りの見た目と年齢だよ。村長から見ればまだまだアマレットと変わらない子供なんだろうな」
「はは、そのようで……アマレットや、あまり魔王さまやアビス殿を困らせてはイカンぞ。アビス殿はお疲れじゃったろう? そんなときにお訪ねしたら迷惑じゃろう。前々から言っておるが、自分の思う親切が相手にとっても親切になるとは限らないんじゃ、相手のことをよく考えて行動せないかんぞ」
「はい、ごめんなさい……」
村長が彼女に向けて厳しい顔を見せると、アマレットはシュンとしてしまった。
「まあまあ、今回はオレにも非があったし、いいじゃないか。折り返し地点は過ぎたことだし、どんどんいこう」
アビスへの悪口が有耶無耶になりそうなので気が楽になったオレは、村長に案内を続けるように促した。
だが結局、今回の顛末はアビスの耳に入ってしまうのだ。
もちろんアマレットの口から。
後日すっかりそのことを忘れていたオレは、冷ややかな笑顔のアビスに呼び出されるのだが……それはまた別の機会に話すことにしよう。
読んでいただきありがとうございます。
魔王さまは部下が怖いんですね。