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魔王さま、村のおばあちゃんを見舞う

「ん、まだアビスは戻っていないのか。どうするかな」


 村長の家に戻ってきたオレとアマレットだったが、まだアビスの姿は見えなかった。


 アビスの仕事は、森の周囲をまわって大きさを測るだけだ。

 オレたちより早く戻っていると思っていた。


 まだここにいないということは魔獣に会うなどのトラブルがあったか、あるいは単に森が大きいのか。

 どちらにしろ彼が戻ってこないことには次の仕事に取りかかれない。


 なので先に早めの昼食をとってもいいのだが……


 オレが考えているとアマレットが言った。


「じゃあ、エンリおばあちゃんのところに行きませんか?」

「エンリ? それは誰のことだ?」


「もう! 忘れちゃったんですか? 魔王さまが治してくださったおばあちゃんですよ〜。お祭りの時に会ってあげてくださいって言ったのにまだ会ってないでしょう?」


「あ、ああ。そうだったな」

「そうですよ! しっかりしてください」


 確かに昨日、アマレットはそのようなことを言っていたが、バアさんの名前までは聞いていなかったのでオレが責められるいわれはない。

 オレが釈然としない気持ちでいると彼女は言った。


「アビスさんはまだ戻っていないのだし、一度おばあちゃんに会ってあげてください。おばあちゃんも魔王さまにお礼をしたいって言っていたので」


 オレもそのバアさんを見舞っておきたいとは思っていた。


「そうだな、時間もあることだし、見舞いがてらのぞいてみるか」


 オレはアマレットに案内してもらってエンリの家へと向かった。




「エンリおばあちゃんが住んでいるのはこのお家です!」


 エンリの家は広場の近くにあった。


 エンリは少し前まで、息子夫婦や孫と一緒に暮らしていたらしい。

 その三人は仕事でイシロ村と聖都を行ったり来たりしていた。

 だがイシロ村が魔族領になった時に聖都にいたため、こちらに戻れなくなった。

 だから今はエンリ一人でこの家に住んでいる。

 彼女はかなりの高齢にもかかわらずしっかりしていて、毎日欠かさず仕事をしていたのだという。


「そんなエンリおばあちゃんの調子が悪くなったのでみんな心配してたんです」


「そうか……息子夫婦と孫がいたのか。エンリには悪いことをしたな」


「なにがですか?」

「いや、なんでもないよ。忘れてくれ」


 頭の上に?マークを浮かべているアマレットに、オレはそう言ってごまかした。


 エンリの息子たちがイシロ村に帰れなくなったのも、魔族が帝国に対して奇襲を仕掛けたのが原因だ。

 そのせいで帝国は他の国々から侵略を受け、イシロ村も失ったのだから。


 だからといって、オレは魔族だけが悪いとは思っていない。

 そもそもは帝国が魔族領へちょっかいをかけてきたのが始まりだし、帝国への奇襲を決断した兄上は、今では我が国ヘルウーヴェンの英雄だ。


 まあ、そんなことを言っても、息子たちに会えないエンリには関係ない。

 寂しい思いをしたことだろう。

 体調を崩したのも魔素不足だけでなく、そのことにも原因があったかもしれない。


「アマレット、まずはお前が入ってくれ。いきなりオレが入ったらバアさんも驚くかもしれないからな」


「魔王さまは心配しすぎですよ。昨日あれだけ言ったのに」


 確かにオレは心配性ではある。

 それは自分でも自覚しているし、アビスにもよく言われる。

 だが、アマレットだけには言われたくない。


 コイツは楽天的すぎるのだ。

 しかも短慮だ。

 昨日知り合っただけだが、オレには本当にそれがよく分かっている。


「どうしたんですか?」


 昨日のできごとを思い出して苦い顔をしているオレを見て、彼女は首を傾げた。


「気にするな。さ、エンリにオレを紹介してくれ」


 本当は気にしてほしいところだが、それを言ったところで無駄だろう。

 オレは彼女の背中を押して扉の前に立たせた。


「エンリおばあちゃん、いますか?」


 アマレットがノックをして家の中に声をかけると、中から女性の声がした。


「アマレットなの? 何か用事かしら、入っておいで」


 優しそうな声だ。


 アマレットはオレを見て頷くと、扉を開けた。

 その瞬間、家の中から香の香りがかすかにした。


「お邪魔します。エンリおばあちゃん、魔王さまをお連れしました!」

「邪魔するぞ、エンリ」


 オレはそう言って家の中に足を運ぶ。

 先ほどの香の香りがオレたちを迎えた。

 中には上品そうな女性が椅子に腰掛けていた。


「ああ、座ったままでいい。病み上がりなのだろう? アマレットにお前のことを聞いてな。見舞いがてら様子を見にきたんだ」


 オレがそう言うとエンリはニッコリと微笑んで言う。


「まあ、そうでしたか。わざわざこんな年寄りのところへ……おかげさまで体の調子もずいぶんよくなりました。ありがとうございます」


 エンリは年寄りというが、オレの眼には結構若くみえた。

 ハッキリ言って村長よりもよっぽど若く見える。


「礼を言われる程のことではない。オレはイノシシを狩っただけだし、礼を言うなら村長の言いつけを破って、オレを森へ案内したアマレットに言うんだな」


 ニヤリとして言うと、アマレットは自慢気に胸を張った。


 いや、褒めてはいないのだが……


「ま、それはそれとして聞きたいこともあったんだ。体の調子が悪かったというのはどんなふうに悪かったんだ?」


「どのように悪かったか、ですか? ええ、悪くなったのは一年ほど前なのですが、その頃から手先がしびれたり、何もないところで躓いたりするようになりました。それからしばらく経つと、しびれが腕や足まで広がって、体を思うように動かせなくなったのです」


「なるほど、痛みはなかったんだな?」


「ええ、全身の感覚がなくなっていくようで……ですが昨夜、魔王さまから頂いたお肉を、この子に食べさせてもらったら、それまでがウソのように良くなりました」


「そうか、それは良かった」


 今エンリが話したのは典型的な魔素不足の症状だ。

 一人でそのことに納得しているとアマレットが尋ねてきた。


「魔王さま、どうしたんですか?」


「ああ、やはりエンリは魔素不足で体が動かせなくなっていたんだ。魔素不足になると、指先から体の中心に向かって、だんだんと自由が効かなくなる。だが、魔素を多く含むものを体内に入れるとすぐに治るんだ」


 まあ、魔素を取らなくても数ヶ月は大丈夫なので、普通ならは気にしなくてもいいのだが、この村で採れる食べ物には、たまたま魔素を含むものが少なかったのだ。

 以前は恵みの木の実も採れたし、帝国から魔素を含む食料も支給されていたのだろうが、今ではそれもない。


「そうだ、少し失礼なことを聞くがエンリはいくつなんだ? オレには若く見えるんだが……」


 オレがそう聞くと、エンリがなにか言う前にアマレットが答えた。


「エンリおばあちゃんは今年で80になるんですよ!」

 それにエンリは付け加えた。

「ええ、そうなのです。この村では一番の古株になりますね」


「そうなのか、いや、魔素不足は高齢の者のほうがなりやすいから年齢を聞いたんだよ。そうか、80か。そうは見えない。村長より若くみえるよ」


 魔族の80ならまだまだ若いが、人族ならそうでもないということぐらいは、ちゃんと知っている。

 エンリに言ったのはお世辞ではないし、村長うんぬんの下りは本気でそう思っている。


「まあまあ、こんなお婆さんをおだてても何も出ませんよ。それに村長は……あの方は苦労されてますから」


 エンリがそう言うのを聞いてオレは村長の禿げ上がった頭を思い出した。

 村長は冒険者だったというし、性格も豪胆だなと思うのだが、村を取りまとめる責任者なのだから気苦労も多いのだろう。


 エンリはその村長の孫であるアマレットの頭をなでている。

 エンリのアマレットを見る目はまるで孫や娘を見るようかのようだ。

 それでエンリが息子たちと離れ離れになっているということを思い出した。


「息子たちが聖都に残っているとアマレットから聞いたが、そんなときに大変だったな。辛かっただろう」


「いえ、体調が悪い時も、皆さんが私のことをよく見てくださいました。特にこの子は毎日来てくれて、息子たちに会えない私を励ましてくれたのです。ですから、そこまで辛いということはありませんでした」


 それを聞いたアマレットが頭をかいて照れている。

 そうか、なかなかいい事をしているじゃないか、コイツは。


 エンリは辛くないなどというが、それはもちろん嘘だろう。

 本心では息子たちに帰ってきてほしいと思っているに決まっている。


 そんなエンリのために何かできないだろうかと考えるオレ。

 実は、オレはエンリの上品な物腰の中に、自分の義母の面影を見出していた。


 義母は、生まれてすぐ母を失ったオレに良くしてくれたのだ。

 そして義母がオレへ向けていた眼差しは、エンリがアマレットへ向ける眼差しそっくりだった。

 それもあって、オレはエンリの境遇をなんとかしてやりたいと思ったが、オレも人の上に立つ魔王なのでエコヒイキはできない。

 領民の依頼としてオレに言ってくれるならやれることもあるんだが。


 いや待てよ?

 エル帝国の聖都に取り残された村人たちは他にもいたはずだ。

 それを調べよう。人数が多いようなら、今後の課題にできる。

 これならエコヒイキにはならんだろ。


 オレは心のなかの『やるべきことリスト』にそれを書き加えておいて、エンリに言った。


「そうか。昨日祭りに来ていた者にも言ったんだが、困ったことがあれば遠慮せずに言ってくれよ。それから、調子が良くなったとはいえ無理はするな。恵みの木の実は手に入るようにしておいたから、定期的にアマレットに届けてもらうといい。そうすればもう魔素不足で体が痺れるということはなくなるはずだ」


「はいっ、毎日届けますね!」


 アマレットが元気よく宣言する。

 魔素不足予防のためだけなら毎日でなくてもいいが、エンリの寂しさを紛らわすにはそれくらいで丁度いい。

 オレは頷いて言った。


「アマレット、今とってきた木の実を渡しておけ……ではそろそろ失礼しようかな。エンリ、体を労れよ」


「はい、本当にありがとうございました。是非、またいらしてくださいね。うちで作っているお茶を用意してお待ちしております」


「ああ、また寄らせてもらおう」

「エンリおばあちゃん、さようなら!」


 オレたちはエンリに別れを告げて村長の家へと戻ったのだった。

次回は部下のアビスが戻ってきます。

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