魔王さま、企む
「ありました! 恵みの木です!」
アマレットはそう叫ぶと木に向かって走り出した。
オレもすぐに彼女の後を追う。
「良かったです、ここの場所までの道がうろ覚えでどうしようかと思いましたけど、キチンと思い出しました」
「そんなので領主の案内を買って出るんだから大した肝だな」
オレは皮肉を言ったつもりなのだが、アマレットは胸を張ってブイサインを突き出した。
オレは思わず苦笑いをする。
オレとアマレットは村の北にある森へ探索に来ているところだ。
昨日、部下のアビスに相談した結果、森の様子を調べることになった。
調査項目は三つだ。
まず森の大まかな大きさ、次に村から恵みの木までの正確なルート、そして最後に魔獣の生息状況だ。
森の調査にあたって、予め役割分担をした。
オレが恵みの木までのルートを調べる。
アビスは森の大きさを測るために、森の外周を回る。
これを午前中に済ませ、午後からは森に魔獣がいるかを確認していくという手はずだ。
恵みの木の位置をアマレットに聞いたら「私に案内させてください!」と頼み込まれた。
アマレットが言うには、数年前のことなので正確なルートは思い出せないけれど、森に入ればバッチリ思い出せる、と言うのだ。
大体の位置でいいから教えてくれと言ったのだが、要領を得ない説明をされ、それなら連れて行ったほうがマシだと考えて今に至るわけだ。
当然、今回は村長の許可をとってある。
流石のアマレットも同じテツは踏まないらしい。
「お前に案内を頼んで正解だったな。迷うこともなくここに来れた。時間的にもかなり余裕があるし」
「はいっ、お役に立てて嬉しいです。あのう、恵みの木から、木の実を取ってきてもいいですか?」
「そうしろ。オレはオレでやることがあるから」
「えっ、魔王さま、ここから離れちゃったりしますか?」
彼女一人では魔獣に対応できない。それを身をもって経験しているアマレットは、不安そうにオレを見上げた。
当然、彼女を一人で放り出すつもりなどない。
「ああ、心配するな。木の近くからは離れないよ」
それで安心したのだろう、彼女は恵みの木のそばへと近寄っていった。
さて、オレはここから村までのルートに結界を張らなくてはならない。
オレは魔術具を取り出して準備を始めた。
この魔術具は魔石を円盤状に加工したもので、薄さは数mmほどである。
このタイプの魔術具はディスクと呼ばれる。
現在のヘルウーヴェンではこの規格が一般的だ。
この薄さだから何枚も重ねて持ち運べる。携帯に便利だ。
オレはディスクを手に持ちそれに魔力を注ぎこんだ。
すると、唸るような音とともに起動して、円盤の面に青白い文字が浮かび上がった。
オレはその文字の指示にしたがって操作を進めていった。
1.使用する魔術を選択し、魔力を注ぐ。
今回は防御陣の魔術を使う。
それを選択して、ディスクにオレの魔力を注いだ。
2.魔術の範囲をイメージする。
ここから村までのルートをイメージする。
するとそのイメージが魔術具へと転写される。
3.効果の補足をする
村人以外のものが魔術陣の中へ入れないようにする、という条件をつける。
そこまで操作を進めると、ディスク上に『実行しますか?』『はい』『いいえ』と文字が浮かびあがった。
これで準備は完了だ。
指先に魔力を込めて、選択肢に触れるだけで魔術が実行される。
本来なら詠唱、範囲のイメージ、効果の補足を、ほとんど同時に行わなければいけないところを、このディスクを使えば別々に行うことができる。
これならば、魔術の初心者であっても時間をかけさえすれば大魔術を使うことも可能だ。
仮にも魔王であるオレは、初心者では決してない。
だが今回のように、『村から森のなかにある木までのルート』という複雑な範囲を指定する場合などは、範囲のイメージを個別に行える魔術具があったほうが楽なのだ。
「アマレット! 今から魔術を使うぞ! お前がいるあたりも光るが心配ないからな!」
オレは彼女に向かって叫ぶと、魔術を実行した。
その瞬間、アマレットのいる恵みの木周辺の地面が青白く光り、次いでその光が村の方まで駆け抜けていった。
上手くいったようだ。
今回の魔術は簡易的なものだが、ひと月ほどは保つはずだ。
これで村人たちは、この木のところまで、外敵に晒されることなく来ることができるだろう。
強度には限界があるが、昨日のイノシシ程度ならば問題ない。
アマレットの方を向くと、彼女はぼんやりと光る魔術陣を見つめていた。
そのうちにしゃがみこんで地面に描かれた魔術陣に手を伸ばし、おそるおそる触れる。
魔術に詳しくないアマレットなら、地面に浮かび上がる魔術陣を不思議に思って当然だ。
そういえば昨日オレが魔獣を倒した時、彼女はぼんやりしていた。
魔獣が死ぬところを見て堪えたのかなと思っていたが、今思えば、あれは魔術陣が気になって見とれていたのかもしれない。
オレがアマレットに近づくと、彼女は口を開く。
「キレイですね、この光を見ているとなんだか不思議な気分になります」
「魔術陣が気になるか? その光は魔力そのものなんだ。魔素が人の体内に入って蓄積されると、やがてそれが魔力になる。その魔力を使って魔術陣を描くんだ。人によって魔力の色は違うから、違うヤツが同じ魔術を使っても同じ色にはならないんだ。まあ、たいていのヤツは赤く光るか黒く染まる。オレの魔力の色は珍しいらしいな」
「そうなんですか、とっても綺麗だと思います! じゃあこの色の魔術陣を見たら、魔王さまが描いた魔術陣だっていうことですね!」
綺麗だと言われてオレは少し気分を良くする。
実際、青白く光る魔法陣はなかなか幻想的で、自分でも気に入っている。
「そういうことだな。まあ、人によって微妙に色が違うから、ちゃんと調べたら誰が魔術を使ったか分かってしまう。お前が魔術を使えるようになっても悪さはできないぞ」
「えっ、私が? そんな、私なんかが魔術を使えるようになるなんてありえませんよ〜」
「そんなことはないと思うが……誰にでも、という訳にはいかないが、ほとんどのヤツが習得できるだろうし。お前は魔術に興味があるのだと思ったけど、違ったか?」
「あっ、違いません! 小さい頃はおじいちゃんに『グル』のお話を聞いて魔術師に憧れていました。でも帝国の通達や教会の教えでは、魔術は危険で邪悪なものだから、教会のごく一部の人しか使ってはいけないものだって言われていたので、そうなのかなって思っていました」
アマレットが言った『グル』というのは、この世界に現れた最初の魔術師のことだ。
この世界の危機を救ったという言い伝えや伝説が各地に残っていて、魔族の間でもその存在を信じている奴は多い。
昔はオレもよく、グルの話を聞かされたものだった。
「そうか、だがもうイシロ村は魔族領なんだから、魔術に憧れても問題ないな?」
「そうですね!」
嬉しそうに頷いたアマレットを見てオレは考えていた。
『イシロ村住民全員魔術師化☆計画』を実行せねばならんと。
この計画はオレの野望である『魔族と人族が手と手を取り合って生きてゆける世界』をつくるための第一歩になるはずだ。
人族、とりわけ神聖エル帝国の民は、オレたち魔族を恐れている。
その恐れの大きな要因は、魔族が扱う強大な力、『魔術』だ。
それを自在にあやつる魔族を、人族が恐れるのも当然といえば当然のこと。
だが、人族にも魔術が扱えたら?
そこまで魔族を恐れなくなるんじゃないだろうか。
まずはアマレット。
次は村人たち。
どんどん広めていく。
そして最終的には帝国民ですら魔術を使えるようにするのだ!
ククク、予言してやる!
全ての人族が魔術師になった暁には、魔術を使ってはいけないという教会の教義は意味を成さなくなる!
信仰を柱に立国したエル帝国は、内部の矛盾により崩壊する!
そして、魔族と人族は種族の垣根を取り払い、平和な世界を築きあげるのだ!
……ちょっと悪乗りしてしまったようだ。頭を冷やすか。
ちなみに、計画名に☆が入っているのは、最近の人族の流行を取り入れたためだ。
アビスの情報では、店の名前や芸名を区切るときに使われるらしい。
例えばオレの名前だと『ジン☆ヘルウーヴェン』……いや、これはナシだな。
アマレットが木の実を集め終わるのを待って、オレは切り出した。
「昨日アビスと話していたんだ。村人たちに魔術を教えるのはどうかって。魔術教室のようなものを考えている。村長も興味がありそうだったし、よければお前もどうだ?」
「私が……魔術を?」
アマレットは信じられないといった表情でオレを見る。
それに頷きを返すと、彼女は下を向いてボソリといった。
「私、おっちょこちょいで失敗も多いんです。だから……」
おっと、やる前から諦められるとこちらが困る。
「大丈夫だ。お前が諦めない限り、オレも根気よく教えるつもりだ。それにお前が魔術を使えるようになったら他の村人たちにも教えられるだろ? オレ一人で村人全員に教えるのは流石に難しいから、お前にも手伝ってもらえたらありがたい」
まあ、これはアマレットが魔術を使えるようになってからの話だ。
彼女が最初から諦めているようでは話にもならない。
「どうだ? まずは基礎からだけど、それだけでも昨日の防御陣も使えるようになる。そうしたら、魔獣程度なら身を守れるようになるぞ」
「私に……できるようになりますか?」
不安そうに聞く彼女にオレは真面目な顔で返してやる。
「お前の努力次第だな。だけどオレの見立てではいい魔術師になると思う」
「……魔王さまがそう言ってくださるなら、私、教わりたいです! 頑張ります! だからよろしくお願いします!」
彼女が真剣な表情でやる気になったのを見て、オレは満足して頷いた。
フフフ、これで計画の第一段階は完了だ。
アマレットがヤル気になればなるほど、計画の進みが早くなるだろう。
「ああ、こちらこそよろしくな。では木の実も手に入ったようだし村へ帰るとするか」
「はいっ、帰りましょう!」
オレは計画が進んだことに、アマレットは自分が魔術師になれることに、それぞれの喜びを胸に村へと向かって歩き出したのだった。