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魔王さま、祭りをスピーチで締めくくる

「魔王さま、今日は本当にありがとうございました」


 広場で笑い合う村人たちをぼんやり眺めていると、唐突にアマレットが頭を下げて言った。

 さっきよりは余裕ができていたオレは、いくぶんハッキリした口調で返す。


「あらたまって、いきなりどうした?」


「いえ、私なんかのお話を聞いていただいたり、森へ連れて行っていただいたりしたのに、きちんとお礼を言ってませんでしたから」


「自分の領民が困っているんだから対応するのは当たり前だろ」


「そんなことないです! 帝国の徴税吏員さんや監察官さんが来た時はお願いしても、持ち帰って検討する、とか言うだけで何かしてくれたことなんてありませんでした。そんなのなのにすっごく偉そうだから、村のみんなもよく怒ってたんです」


「まあ、帝国からみれば中心から離れた村だし、そんなもんだろうな。だけどオレはここに住居を構えているし、親父殿にも好きなようにやれと言われているから、オレのやり方でやらせてもらうぞ」


 そう言うとアマレットは優しく笑うのだった。


「やっぱり魔王さまがここに来てくれて良かったです……村のみんなは怖がっていたみたいでしたけど、おじいちゃんが今日の祭りの準備の前に、魔王さまは優しい方だって説明したんです」


「ああ、村長が言ってくれたのか。ここに顔を出した時、あまりに反応が違っていたんで何事かと思ったよ」


 オレは今までの村人の怯えた顔を思い出し、苦笑いしてしまう。

 するとアマレットは首を横に振った。


「いえっ、それもあるかもしれないですけど。やっぱり森にいた魔獣を退治していただいたのが大きいと思います。それからここの近くに住んでいるおばあちゃんを治してもらったのも……おばあちゃんが急に元気になったのでみんな驚いていました!」


 アマレットは両手を広げ、自信たっぷりに宣言する。


「だから、みんな魔王さまに感謝してます。もう絶対怖がったりしません!」


 そんなことは分かるものか、と最初は思った。

 だが、明確な理由がなくても彼女の嬉しそうな顔を見ていると、そういうことにしておいてもいいと思えてくるから不思議だ。


 彼女のせいで今日は散々な日だったが、彼女や、ここにいる村人たちの笑顔を見ていると、確かに今日のオレは悪くなかったと思えた。


「そうか……他人に認められるというのは、なかなか嬉しいものだな」


 正直に言うと、オレはこの一ヶ月間、村人に避けられ続けて辛かったのだ。

 だが、それを口に出すのは魔王として情けないことだと思い、平気な風を装っていた。


 魔王という大任を与えられ、オレは意気込んでいた。

 だが、上手くいかない現実を前に、気力を失いつつあったのかもしれない。


 これまでのオレは偉業を行うことばかり夢見て、何か行動を起こしたわけではなかった。

 だが、目の前にあった小さな問題を解決することで、村に笑顔が広がった。

 彼らの笑顔を見ていると力が湧いてくる。熱い気持ちが湧き上がってくる。


 魔王として、領主として、最初の一歩を踏み出した。それをようやく実感できた。


 オレは胸の奥にこみ上げるものを感じて、目頭が熱くなる。

 こんなにも気持ちが高ぶったのは久しぶりだ。

 これも酒が入っているせいだろう、きっと。


 オレは気持ちの高ぶりを、アマレットに見せないようにして言った。


「ちょっと酔いを覚ましたいな。水をもらえないか?」

「あっ、はい! すぐにお持ちします」


 オレは走っていくアマレットを見送った。


 一人になったオレは、椅子に深く腰掛け、空を仰いだ。

 広場の焚き火は、真っ暗な空をユラユラと照らす。

 そこにはキラキラと星たちが映り込み、その周りを火の粉が不規則に踊っていた。


 ああ、いい夜だ。本当にいい夜だ。


 オレがしばらく気分に浸っていると、村長がニコニコしながらやってきた。


「魔王さま、ちょっとよろしいですかな?」


「なんだ? 酒ならもう勘弁してくれ。オレはあまり酒に強くないんだ」


「いえいえ、そうではないんです。そろそろいい頃合いなので、村の者へ魔王さまのお言葉を頂けないかと思いましてな」


「要はスピーチか? やったことはないが、簡単なものでいいなら、酒が入っている今ならできるぞ」


「やって頂けますか! ではではあちらまでお願いします」


 村長に案内されて焚き火の近くまで行く。

 促されて用意してあった台の上に乗ると、村長は村人たちに大声で呼びかけた。


「みなのもの、注目じゃ! 魔王さまからありがたいお話をしていただく。心して聞くように!」


 そうするとざわめきが収まり、広場中の村人たちがこちらを向く。

 緊張を意識していない今のうちに話してしまいたい。

 オレは咳払いをひとつする。

 そして普段から言いたかったことを話すことにした。


「ここのところ魔族と人族は争っているが……」


 そんな入り出しで話し始めた。


「最近の研究では、我々の祖先は同じなのだと聞く。実際、人族、魔族の違いも大してない。魔族は、人族よりほんの少々魔術が得意で、耳の形が違うってだけなんだ」


 村人たちは真剣な表情でオレを見くれている。

 オレの気持ちは伝わるだろうか。


「性格だってそんなに違わないはずだ。人族の間では、魔族は凶暴だとか、残酷だとか噂されているようだが、実際にはそんなことはない。オレが今まで見てきた魔族の中にはそんな奴はいなかった。だから、オレたちのことを恐れることはないんだよ」


 そこで言葉を切って村人たちを見渡す。

 村長やアマレット、それに数名の村人たちは頷いていた。

 それに勇気づけられて話を再開する。


「必要以上に怯えられると、むしろこっちが参ってしまう。それに自分で言うのも何だが、神聖エル帝国の貴族サマなんぞより、よっぽど話がわかると思うぞ」


 そう言うと村人たちは顔を見合わせて苦笑いをする。


 ふう、笑ってくれてよかった。スベらなくてホッとした。


「今日のことで分かってくれたと思うが、オレはこの村の人間に危害を加えるつもりなどない。帝国から孤立したイシロ村を上手く治めたいだけだ。だから何か困ったことがあれば――お前たちでは解決が難しい問題があったなら、オレに言ってくれ。納めてもらう税の分の働きは必ずする」


 村人たちの目には様々な感情が写っていた。

 期待、感謝、猜疑や困惑などが、ないまぜになって。

 だが総じては、好意的な感情だと思う。


 少なくとも、以前のような恐怖は感じられない。

 それは大きな前進だ。


「まあ、気軽に、というのはまだ難しいだろうから、まずは村長やアマレットを通してがいいだろうな。困ったことはそのままにせずに報告を頼むぞ。以上だ。今夜は祭りに招いてもらって感謝する。これからは部下のアビス共々、オレたちをよろしく頼む」


 そう言って締めくくると、はじめはまばらに、やがて盛大な拍手が広場に響き渡った。


 上手くやりきったようだった。

 オレは一息ついて台を降り、村長に話しかけた。


「今みたいなので良かったのか?」

「ええ、勿論ですとも! 村の者もよく分かったと思いますぞ」


 そうだといいな。明日からは巡回でも村人たちに声をかけても、まあ、大丈夫だろう。


「魔王さま、お疲れ様でした」


 村長の後ろにいたアマレットが、オレにコップを差し出した。

 そういえばアマレットには水を頼んでいたのだった。

 ありがたい、よく喋ったのでのどが渇いたところだった。


「ああ、ありがとう……ゴブッ!?」


 一気に飲んでむせてしまうオレ。

 だがこれはオレのせいではない。

 だって……


 これ、水じゃなくて酒じゃねーか!


「あっ、大丈夫ですか? そんなに慌てて飲むからですよう」

「大丈夫、大丈夫だ……」



 オレはアマレットに背中をさすられながら、今日はコイツのせいで貧乏クジを引きすぎだな、などと考えていた。


 だがこの時は知る由もなかった。

 アマレットと関わったばかりに、今日どころか、この先ずっと貧乏クジを引き続けることになろうとは。

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