魔王さま、飲酒する、酔っ払う
「おお、やってるな」
アマレットに手を引かれて広場の近くまで来ると、村人たちのざわめきが聞こえ始めた。
広場の中心には大きめの焚き火があり、周囲をオレンジ色に照らしている。
焚き火の周りには村人たちが集まり、飲んだり食べたりしながら談笑していた。
「なあ、やっぱり帰ったほうがよくないか? オレが顔を出したせいで祭りが台無しになってしまったら、さすがのオレも立ち直れないぞ」
オレが尻込みしていると、一緒についてきたアビスが、額に手を当てため息を吐く。
「何を軟弱なことを……どのような反応をされようと、統治者らしい振る舞いをすればいいのです。ほら、ボサっと立ち止まっていないでサッサと行ったらどうですか」
「そうですよ、いまさら帰るなんてダメです。久しぶりのシシ鍋だから、きっとみんな魔王さまに感謝してるはずですよ」
アマレットもそんなことを言って、オレを広場の中心へ引っぱっていこうとする。
「おい待て、アマレット。ちょっと待ってくれ! まだ心の準備が……」
「みなさ〜ん! 魔王さまを連れてきました!」
彼女はオレを無視して叫ぶと、広場中の視線がオレたちに集まった。
ドキドキしながら村人たちの反応を待っていたが、オレの予想とは違う反応が返ってきた。
「やあ! 主役の登場じゃ!」
「アマレットよ、良くやったぞい!」
「いよっ! この色男っ! 千両役者!」
いったい何が起こっているというのか?
酒が入っただけでこうも変わるものなのか?
オレは昼間とは違う村にいるのではなかろうか?
オレが混乱していると、村長が酒の入ったコップを両手に持ってやってきた。
「ようこそ、魔王さま! いらしてくださって感謝いたします。ささ、まずは一献。アビス殿もどうぞどうぞ」
オレとアビスは勧められるままに酒をあおった。
なかなか強い酒だ。
アルコールの匂いがノドから鼻へと抜けていき、体が一気に熱くなる。
オレは酒に強くない。
おそらくは、すでにオレの顔は赤くなり始めていることだろう。
「おおっ、いい飲みっぷりですな。ささ、もう一杯飲んで下され」
更に注がれた酒もあけてしまうと、今度は数名の村人たちがそれぞれ酒を持ってやってくる。
「魔王さま、ワシらの持ってきた酒も飲んでくださらんかの?」
「ああ、もらおう」
「こりゃありがたい。さ、どうぞ」
それも一気に飲み干すと、すぐさま隣の男が進み出る。
「おう、一息とは流石ですな。私の酒もグイッといってください」
こんな調子で次々とやってくる村人だが、三杯ほど飲んだところで、オレはフラフラになっていた。
「村長のお酒はとても珍しいものですね。旧帝国のものですか?」
アビスの方を見ると、酒について村長に聞いているところだった。
オレにはそんなことまで分からなかったが、アビスは詳しいのだろう。
村長は嬉しそうに答えた。
「おお、アビス殿には分かりますか? 仰るとおりですわ。私が若い頃にさるお方から頂いたものでしてな。何かの祝いの時に開けようと残しておったんですわ」
「やはりそうですか。旧帝国時代のものでしたら最低でも50年もの、ということになりますね」
「ハッハッハ、そんなものではありませんぞ。頂いた時すでに50年ものでしたから100年近いですな」
「素晴らしい……! これほどまでにまろやかなお酒は初めてです」
「気に入って頂けたようですな。まま、もう一杯どうぞ」
二人のやり取りを、ぼうっと眺めていたオレだったが、やってくる村人も途絶えたので、その場から離れた。
……頭がガンガンする。
休憩できそうな場所を探すと、焚き火から少し離れた場所に空いているイスを見つけた。
オレは千鳥足でそれに近付き、ドスンと座った。
働かない頭で、どうして村人たちの反応がこんなにも変わったのかを考えていると、目の前にお椀がスッと差し出された。
「魔王さま、イノシシのお肉です」
「アマレットか、すまんな」
オレは差し出されたお椀を受け取ろうとする。
絶賛酩酊中のオレは、危うくそれを落としそうになったが、アマレットがすんでのところでキャッチした。
「セーフ! セーフです! 魔王さまもう酔っ払っちゃったんですか? お顔が真っ赤ですよ」
アマレットが屈みこんでオレの顔をのぞき込み、彼女の大きな瞳に、オレの焦点の合わない瞳が写り込んだ。
それを見ながら言う。
「うるさいおれはさけにつよくないんだよ」
自分ではハッキリ言ったつもりだったが、思いの外、呂律が回っていないので驚いた。
アマレットはオレの様子を見ながら、頭を傾けて言った。
「魔族の方はお酒には酔わないのかと思っていました。魔王さま、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃないです。仕方ないですね〜。私が食べさせてあげますね」
彼女は嬉しそうに言って、箸で掴んだ肉をオレの口元に押し付けてきた。
オレはそれから逃れようと顔をそむけるが、彼女は執拗に肉を食べさせようとする。
おかげでオレの口元はベタベタになってしまった。
「ほら、早く口を開けてください。落としちゃいますよ」
あまりにしつこいので諦めて口を開くと、その瞬間を逃すまいと、大きな肉の塊がオレの口の中に放り込まれた。
「ほら、美味しいでしょ? 村のみんなも大絶賛ですよ」
彼女はそんなことを言うのだが、酔っ払っていたせいなのか味はよくわからなかった。
咀嚼しているとアマレットは次の肉を用意する。
まてよ、これは恋人同士で食べさせるやつじゃないのか?
俗にいう『あーん』とかいうやつだ。
今更そんなことが頭に浮かぶ。
だが、頭が働いていないオレは考えるのも面倒になっていた。
アマレットの箸が近づいてくる。
口を開く。
そこに肉が放り込まれる。
よく噛んで飲み込む。
そんな作業を繰り返していくうちに、イノシシの肉に含まれていた魔素が体中に染み渡っていった。
そのおかげもあってか、オレの気分もいくらかマシになっていく。
そしてだんだんと頭がハッキリしてくると、さっきまでやっていた『あーん』を思い出し身悶えするのだった。
お酒は二十歳になってから