魔王さまの野望
「ははは! 勇者よ、幾度の敗北を乗り越え、よくここまで来たな!」
「魔王よ! 今度こそお前を倒す!」
暗く広い部屋の中で、二人の男が向かい合っていました。
美しく光り輝く剣を手にした勇敢な若者と、おぞましい暗闇をまとうローブを着た老人。
魔王と呼ばれた老人は玉座に座ったまま、口元に恐ろしい笑みを浮かべて言いました。
「威勢だけは買ってやろう。だが、何度来ようとも無駄だ。返り討ちにしてくれるわ!」
勇者と呼ばれた若者は力強くそれに応えました。
「私はもう以前とは違う! 強くなった! そして、今回は心強い仲間たちもいる!」
若者の後ろには仲間たちが控えていました。
彼らは武器を携え、勇者の側に並び立ちました。
魔王は笑みを浮かべたまま言います。
「有象無象がどれほどいたところで、この力の差はくつがえるものではない。だが、それでもやるというのなら相手になってやろう!」
魔王がゆっくりと立ち上がると、それに合わせて周りの空気が重苦しく淀みました。
しかし勇者たちはそれに恐れることなく武器を構えました。
「やってやる! いくぞみんな、これが最後の戦いだ!」
勇者が叫んで魔王に斬りかかり、壮絶な死闘の火蓋が切られたのでした。
苛烈な攻防をいくども繰り返し、勇者と仲間たちは、ついに魔王を追い詰めます。
「ぐうああ! ま、まさかこれほどの力を!? この世界の支配者たる私が負けるだと!」
魔王は膝をついて勇者を睨みつけました。
勇者はその視線に負けることなく、魔王に剣を突きつけました。
「観念しろ、魔王! お前の負けだ!」
「認めん、認めんぞ! この私が家畜どもに敗北するなど、あってはならないことだ!」
「私たちは家畜なんかじゃない! 私たちはお前を滅してお前の支配から解放されるんだ!」
勇者は力強く宣言しました。
魔王は悔しそうに勇者を見上げていました。
ですが突然、魔王は狂ったように笑い始めたのです。
「……くくく ははは はーはっはっは!」
「何がおかしい!」
不気味な魔王の笑いに、勇者たちは底知れぬ恐怖を感じて、一歩後ずさりました。
「ははは! 勇者とその仲間たちよ、この私を追いつめたことは褒めてやる。素直に認めよう、お前たちの力は私の力を上回っていた。だが私を滅することはかなわない」
「どういうことだ!」
「勇者よ、おまえがあの忌々しい女神の加護を得ているのと同じように、私も偉大なる邪神の加護を得ているのだ」
「なんだと!」
「私はよみがえる! 何度でも! クク、人族の寿命は短い……次はお前たちが年老いるのを待って、ことを起せばよい。家畜どもよ、つかのまの平和をかみしめるがいい! 私がよみがえったあかつきには、更なる恐怖による支配が待っているのだ! ははは! よろこべ! 税は百倍! 生け贄も百倍だ! 人族の未来を想像して、絶望しろ!」
なんということでしょう!
勇者はその恐ろしい未来を想像して愕然としました。
仲間たちも顔を青くして魔王を見ています。
ですが、そこに凛とした声が響きました。
「させません!」
その声の主は、勇者が教会で出会い、彼の仲間になった少女でした。
彼女が放った不思議な力が、魔王を包み込みます。
魔王はそれを振り払うことができず、取り乱して叫びました。
「なに!? この力はなんだ!」
「女神さまより授かった力です! この力であなたを永久に封印します!」
「なんということだ! 貴様は天使! 忌まわしい女神の手先め! 封印される前に貴様を殺してやるわ!」
魔王は残りの力を振り絞り、少女へと跳びかかりました。
突然のことに少女は微動だにできません。
そして魔王の鋭い爪が彼女へと届こうかという時、勇者の剣が爪を受け止めました。
「仲間はやらせない!」
「ぬぅっ!? 勇者め、邪魔をするな! ぐっ、ぐおお!」
封印の力が強まり、魔王は苦しみます。
ですが、魔王はそれ以上に人々へ苦しみを与えたのです。
自業自得です。
魔王の身体がだんだんと消えていくのを見て、少女は更に力を込めました。
「これで終わりです!」
「魔王よ! 人の世から消え去れ!」
「ぐおおおお! む、むねん!」
こうして邪悪な魔王を討ち滅ぼした勇者と、その仲間達は国へ帰り、大勢の人たちから歓迎されました。
そして魔王を倒した英雄として、王様からたくさんの褒美を与えられました。
その後、勇者と少女は、女神に祝福されて結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。
神聖エル帝国 女神教総本山 発行
『世界を救った勇者の物語』より 抜粋
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「これが帝国の小さい子どもたちがよく聞かされている物語か……」
オレは本を閉じて表紙を見た。
そこには人族の集団が、一人の魔族に向かって石を投げつけている絵が描かれている。
本のタイトルは『神聖エル帝国のプロパガンダ 〜なぜ帝国は我々魔族を憎み続けるのか〜』だ。
この本には、これまで帝国が自国民に行ってきた、魔族についての印象操作の手法が紹介されている。
オレたち魔族は、人族の国である神聖エル帝国とは仲がよろしくない。
とは言え、お隣の国のことなので関心は高いのだろう、この本は我が国でベストセラーになった。
この本では以下のように考察されている。
帝国に住む者は、幼い頃から先程のような物語を何度も何度も聞かされる。
すると成人する頃には、魔族を恐れ憎む、立派な帝国民が出来上がる、というわけだ。
……100年も昔なら、魔族と人族の関係も悪くはなかったんだけどな。
オレは本を閉じてため息を吐いた。
オレは魔王だ。
オレには野望がある。
それは、後世にまで残る偉業を行うこと、だ。
大魔王であるオレの父は、バラバラだった魔族たちをまとめ上げて、国を築いた。
先輩魔王である長兄は、国の機能を高め、我が国を、人族の国と対等の地位にまで引き上げた。
彼らの行いは、まさに偉業だ。
オレも魔王たちの末席を汚す者であるからには、彼らの行ったことに匹敵する偉業を行いたい。
『魔族と人族が、手と手を取り合って生きてゆける世界』をつくること。
匹敵する偉業といえば、もうこれくらいしかあるまい。
だが、具体的に何をすればいいのかは、さっぱり分からない。
うんうん唸って考えるが、今のオレでは、いくら時間をかけたところで答えは出なかった。
それでも本の表紙を睨みながら悩んでいると、ふと、ある言葉が頭に浮かんできた。
『悩むくらいなら剣を振れ』
幼い頃からの教師の言葉だ。
それはオレの頭のなかで、冷たく厳しい調子で再生された。
悩むことは時間がかかる上に成果はゼロ、だが本当にやるべきことは無数にある、ということだ。
うだうだと考えこんでしまうオレには金言だ。
オレは頭を切り替えて、本をしまい、明かりを消した。
「オレにはまだまだ時間があるんだ。やれることからやっていけばいいか」
そう呟いて床についた。
魔王の朝は早い、さっさと寝て明日に備えよう。
目を閉じたオレは、あっという間に夢の中へと沈んでいった。