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冒険者ギルド

 「フルール、これから町に入るんじゃ。念のため、顔の手ぬぐいを締めなおしておけ」

 港町キヌサを目前に、じいちゃんは俺に注意する。

 

 そう、俺は女に好かれる妙な体質のため、顔の半分をこうやって手ぬぐいで隠さないと、町に入ることすらできない。

 

 「分かったよ、じいちゃん。これでいいんだろう?」

 俺は手ぬぐいをしっかりと鼻より上の位置から巻きつける。

 これで俺の顔は、目より上でしか判別できない。

 これでも俺の体質の5割ちょっとしか防げないってんだから、面倒なもんだ。


 「うむ。大丈夫そうじゃな…さて、ペローナ殿。わしらは列に並んでからのんびりと入るつもりじゃ。だがペローナ殿は並ばずとも入れるじゃろう。おそらく、そこまでのんびりとしている暇もあるまい、ここでお別れといかんかな?」

 じいちゃんは、ペローナに向かってそう言った。

 

 こいつは何か理由があって一人山の中に隠れていたが、この国の王女様付きの騎士だってんだから、列を飛ばして町に入ることは容易いだろうし、事情は分からないが、ゆっくり列に並んでいる暇はないだろう。

 

 「そうですね…では、お言葉に甘えて、私はここで失礼させて頂きます。ですがその前に…あらためて、今回の一件、お世話になりました。我がグルコス家の名誉にかけて、このご恩は忘れません。必ず、近いうちにお礼に伺います」

 そう言って、丁寧に頭を下げた。

 こいつは曲がりなりにも王宮騎士だ。

 それが、元領主のじいちゃんはともかく、ただの平民である俺に向かって、だ。

 最初のインパクトが強すぎたけれど、立派な貴族であることが、それだけで分かる。


 「礼なんぞ、わしらは求めとらんよ。それに、こんな生活じゃ。金も入用ではないしの」

 「そうだぜペローナ。お前のおかげで俺は町に来ることもできた。御礼を言いたいのは、俺のほうなんだ。ありがとうな」

 俺はそう言って、右手を差し出す。

 

 「フ、フルール殿…あの、今度は本当に、このような無様な格好ではなく、きちんとした形でお会いしたいです…なので、やはり、あらためてお礼に伺わせてください」

 ペローナはやはり顔を赤くしながら、もじもじとそう言った。

 いや、俺の体質って、ほんと効くのな。


 「ま、俺の体質を知ってるお前が、そうまで言ってくれるんなら、また遊びに来いよ。待ってるからさ」

 俺は軽くそう返したのだが、ペローナは飛び上がる勢いで喜んだ。


 「本当ですか!?で、で、では、私との婚約を受けて頂けるということですねっ!?」

 「なんでそうなるんだ!?落ち着け!気合が足りないんじゃねえのか!?ほら、冷静に、気分を落ち着けて、はいヒッヒッフー、ヒッヒッフー…どうだ?」

 俺はどこかで聞きかじったことのある、落ち着ける呼吸法をペローナに教え、息を整えさせる。


 「ヒッヒッフー…ヒッヒッフー……失礼しました。どうやら、また取り乱したようですね。少し気を抜いただけでこのような失態・・騎士として失格ですね。次回にお会いするときまでは、より修行に励み、お見苦しいところを見せないようにします!」

 そう気合を入れる。

 ま、俺としちゃ助かる話しだ。せいぜい頑張ってくれ。


 「あ、それと、これを受け取ってください」

 そう言いながら、ペローナが差し出したのは魔法の収納袋だ。


 「え?でも、これお前ん家の大切なものなんだろ?もらえねえよ、こんなの」

 

 俺は固辞しようとするが、ペローナは笑ってこう言った。

  

 「いえ、これは預けるのです。次回、私が伺った際に返して頂ければ結構です。第一、この中には先ほどお二人が仕留められた灰牙狼が二匹も入っているのですよ。受け取って頂かなければ、私が困ってしまいます」

 むう。

 そうまで言われると、こちらとしても断るわけにもいかない。

 そう思い、俺は魔法袋を受け取る。


 「分かったよ。では、預からせてもらう。必ず、また取りに来いよ」

 「もちろんです!必ず、お会いしに行きますからね!」

 

 俺たちは再会の約束をし、別れた。

 ペローナは町の入り口に立っている兵士に声をかけ、それからすぐに町の中へと入っていく。

 これから、あの傷の原因となった何かへの対応に追われることになるのだろう。

 次に会うときは、もっと元気な姿で会いたいものだ。





 俺とじいちゃんは30分ほど列に並び、ようやく町の門までたどり着いた。

 港町キヌサは、そんなに大きい町ではないが、やはり海産物を取り扱う数少ない町ということと、アーリオ王国で唯一のモモイロの木の原産地であるため、人の出入りはかなり激しい。

 

 周囲を見渡すと、並んでいるのは町民に商人、冒険者に貴族と、幅広い。

 ただその中に、明らかにまだ『乙女』であろう人物もちらほら見えるため、用心して俺は目が見えるぎりぎりまで手ぬぐいを上げる。

 いまのところ、俺のせいで騒ぎになるようなことは起こっていないことに、少しホッとする。

 まあじいちゃんが、俺のことが見えないようにしっかりと隠してくれてるのが大きな理由なんだけど。

 さすが、黄土色の熊。役に立つぜ。


 「次、こちらへ」

 そうこうしてる内に、門番が俺とじいちゃんに向かって声を掛ける。

 門番のその顔は、見知った人物に対して向ける表情だ。

 

 「ガズン殿、おかえりなさい」

 「遅くまで大変じゃな、トルベ」

 

 門番はトルベというらしい。

 兵士らしく、体は日に焼けて真っ黒で、鍛えられているであろう身体が鎧の上からでも分かるほど盛り上がっている。


 「そちらは、前におっしゃっていたお孫さんですか?」

 トルベは俺のほうを見て、そう言った。


 「うむ、孫のフルールじゃ」

 「フルールです。初めまして、トルベさん。いつもじいちゃんがお世話になっています」

 俺は丁寧に頭を下げる。


 「いやいや、ガズン殿にお世話になっているのは、こちらのほうだよ。ガズン殿はこの近辺の凶悪な魔物退治にいつも協力してくれていてね、この町きっての冒険者なのさ」

 トルベはまるで自分のことのように、誇らしげに胸を張る。


 「これこれ、わしは冒険者ギルドに登録しておるわけじゃないぞ。ただ、この周辺で魔物がはびこると、わしの生活が立ち行かなくなるから、退治するだけのことよ。それに、いい稼ぎになるしのう」

 じいちゃんは、ニヤっと笑い、そう返した。


 「勿体ないですねえ。ガズン殿が冒険者登録しておけば、今頃2級や3級に手が届いているんじゃないですか?」

 「わしはやりたいようにやるだけよ。ほれ、後ろが詰まっておるぞ。入場許可証をはようくれんか」

 じいちゃんにそう急かされて気付いたのか、トルベは慌てて許可証を発行してくれた。





 「あやつは仕事熱心な男でな、いつもわしを冒険者ギルドに登録させようとするのよ。強い冒険者は、その数だけ町の防衛力をあげることに繋がるからのう」

 「へえ、じいちゃんって、やっぱりここの冒険者と比べても強いんだ?」

 「そうじゃのう。よく言われる冒険者のランクでいうと、単純な戦闘だけでいうとそこらの2級程度はあるじゃろうの。ただ、冒険者という職業は、ただ魔物を仕留めとけばええという訳でもないからの。わしには合わんのよなあ」

 「なるほどねえ。俺もじいちゃんに聞いただけだけど、冒険者ギルドってのは色々と制約もあるんだろ?最初はもっと自由な職業かと思ってたよ」

 

 そうなのだ。冒険者といえば聞こえはよいが、魔物退治以外にも町の手伝い、防衛、雑務など幅広い能力が求められる。

 もちろん、冒険者としてのランクを上げれば、富と名声が手に入るため、ダントツで人気の職業ではあるのだが、それだけ大成するのはごく僅かなのだ。


 「でもさ、冒険者ってのも、意外と大したことないのか?」

 「ほっ?なぜそう思うんじゃ?」

 じいちゃんが意外そうな顔でそう聞いてきた。


 「だってさ、ペローナが言ってたじゃん。灰牙狼は4級冒険者が集団で倒すような相手だって。冒険者ってのは10級から始まって、1級が一番強いんだろ?真ん中より上のレベルの連中が、あの程度の魔物に集団でかからないと倒せないなんて、ちょっとがっかりだよ」

 そうなのだ。

 ペローナの情報を元にすれば、俺が簡単に倒せるあの灰牙狼は、4級冒険者が集団でようやく倒すような相手らしい。

 正直俺の力量からすれば、その程度なの?、と思ってしまうのだ。


 「それは単純に考えすぎじゃぞ、フルール。それこそ灰牙狼じゃが、4級冒険者であれば単独で十分倒せる相手じゃよ。ただ、冒険者というやつらは、万全を期すために、グループで行動する習性がある。魔物を倒してそれで終わりではない。依頼はいくらでもあるんじゃから、次の依頼に影響しないよう、安全に倒すには集団が理想であるということじゃ」

 

 じいちゃんは俺を諭すようにそう言った。


 「ほれ、そうこうしている間に、見えてきたぞい」

 

 そう言われて、前方を見ると、そこには三階建ての大きな建物がある。

 酒場も併設しているのだろう。ガヤガヤと賑やかな声が聞こえてくる。

 思えばもう時刻は夕方だ。

 仕事終わりの冒険者が、今日の成果を肴に、エールを浴びるように飲んでいる姿がありありと想像できる。


 「あれが冒険者ギルドか。あそこで灰牙狼を売るんだな?」

 「そうじゃな。それと、討伐依頼が出ていないか確認じゃな。わしは冒険者じゃないが、報酬はギルドを通せば、誰でももらうことができるからの」


 じいちゃんはそう言いながら、冒険者ギルドの扉を開け、中に入っていく。


 俺もそれに続いて中に入る。


 すると、中にいたのは20人ほどの冒険者だろうか、こちらを確認するように視線を向けてくる。

 その中には剣呑な視線も含まれていたが、じいちゃんは気にせずズンズン進んでいく。


 「おう、そうじゃ。フルールよ、お前、せっかくじゃし冒険者登録しとけ」

 突然じじいがこのようなことを言い出した。

 

 「あ?なんで?俺、冒険者なんかなりたくないんだけど」

 俺はよく通る声でそう返した。


 その言葉は、当然周りにも聞こえてしまう。

 そうするとその場にいた全ての冒険者が、睨むように俺を見る。

 彼等にとってみれば、自らが命を賭けて取り組む仕事を馬鹿にされたようなものだ。


 だが、俺にとってはそんなもの関係ない。

 いつだって素直なフルール君だ。

 

 「まあそう言うな。わしは登録しておらんが、登録しておくことで、若い者にはなにかと便利な特典もあるんじゃ」

 じいちゃんは有無を言わさないような顔つきで、俺を促す。

 

 こうなったときのじいちゃんは、俺が何をいっても無駄である。

 仕方なく、俺は受付に向かう。

 受付では二人の職員が対応していた。


 一人は40歳ほどだろうか。

 恰幅の良いおばさんで、笑顔で冒険者の対応をしている。

 列には2人しか並んでいないので、すぐに対応してくれそうだ。


 もう一人を見る。

 こちらはまだ若い女の子だ。

 歳は、おそらく俺とほとんど変わらないだろうが、とてつもなく顔立ちが整っている。

 だが、おばさんとは対照的に、一切笑顔がない。

 それだけでなく、事務的な言葉しか発しておらず、淡々と作業しているような印象だ。

 だが、目の前には5人ほど並んでいる。

 

 よし、おばさん側だな、これは。

 俺はうんうんと頷きながら、おばさんの前に並ぼうとしたのだが…



 「そこの方…あの、冒険者登録なら、私が対応します…どうぞこちらへ来てください…」


 行列を作っていたほうの若い職員から、そう声を掛けられたのだった。

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