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黄土色の熊

 「ペローナ殿、その怪我の理由は聞かん約束じゃが、一つだけ確認しておいてもいいかのう」

 

 町に向かって進み始めた俺たち三人は順調に町との距離を縮めており、そろそろ山から森に差しかかろうというときに、じいちゃんがそんなことを言い出した。

 

 「なんだよじいちゃん。事情を突っ込んで聞くのはやめようって話をさっきしたばかりじゃねえか」

 「詳しく何があったか話せと言うとるわけじゃない。これはここから森に入るにあたって、必要なこと、いわば確認じゃよ。ペローナ殿の傷は間違いなく矢によるもの。ということは、それを撃った人間がおる、それも王女様付きの騎士相手に向かって、じゃ」

 

 じいちゃんの言葉に、あらためて俺は気付かされる。

 そうなのだ。あまりにペローナの行動にインパクトがありすぎてすっかり忘れていたが、こいつあんな山奥で一人、傷だらけで休んでたんだよなあ…

 となると、当然それをやった奴がいるわけで。


 「それを撃ったやつは、ペローナ殿を仕留めたと思っているのか、それとも否か。もし仕留めきれていないのであれば、この森が町に通じる最短ルートであり、姿も隠しやすいの。また狙われる可能性は十分にある」

 なるほど。だからこそ、そいつが森の中にいる可能性があるかどうかを確認しておこうというわけだ。


 「そうですね…おそらく、その心配はないかと思います。奴らは私が矢を受けた瞬間を見ていますし、そのままこの山に逃げたのも見ていたはずです。それが三日前のことですから、もはや私は死んだと思われているでしょう」

 「三日前か…うむ、それであれば大丈夫そうじゃな。先ほども言ったが、この山は大爪熊や灰牙狼も出る。ペローナ殿は知らなかったようじゃが、ここまで追って来るようなものであれば、普通の知識として持っておるからの。すでにペローナ殿は魔物にでも喰われたと思っているじゃろうな」

 「ええ。なので私は町に入るとすぐに兵士の詰め所に向かいます。そこで馬を借り、王宮に戻ることにしますので、お二人とはそこでお別れをすることになるでしょう」


 こいつ騎士だけあって、馬なんかに乗れるのか。

 俺もじいちゃんに教わって、一応乗れることは乗れるけど、見た目よりも全然大変なんだよなー、あれって。初めて乗ったときなんか、全身筋肉痛になったんだよな。


 「フルール、警戒は怠るなよ。万が一、ということも、あるでな」

 じいちゃんは真剣な表情で俺に注意を促す。

 「分かってるよ、じいちゃん。じいちゃんこそ、町までもうすぐだからって、気を抜いて迷わないでくれよ」

 「誰にものを言うておる。わしも若い頃はアーリオ王国の『黄土色の熊』と呼ばれた男ぞ。戦場では一時も気を抜くことなんぞ、できんかったわい」


 いま、何か妙な単語がなかったか…??

 

 「じいちゃん…なに?黄土色の熊って…?」

 俺はプルプルと笑いを堪えながら、もう一度じいちゃんに確認する。


 「黄土色の熊…聞いたことがありますね。全身をミスリルの鎧を覆い、ミスリルの剣をふるったとききます。全身ミスリルでも野生の獣のごとく動き回る力と、その巨躯に恐れと侮蔑の意味を込めて、周囲の国々からそう呼ばれたと…あれはガズン殿のことだったのですか…」

 どうやらペローナは聞いたことがあるようだ。

 なんだよ黄土色の熊って。完全に馬鹿にされてんじゃねえか。


 「絶えず戦場に出ているため、ミスリルは常に土と埃と血にまみれており、それが全身黄土色に見えることが理由でしたか」

 「うむ…懐かしい二つ名じゃよ。どうじゃフルール。お前さえよければ、この二つ名、継がせてやってもよいぞ?お前にはその力は十分あるでの」

 

 じいちゃんはまたとんでもない事を言い出した。

 「い、嫌に決まってんだろ、そんな恥ずかしい名前!!それならペローナんとこの白銀狼のほうが500倍格好いいわ!!!!!」

 「な、な、なんじゃとおおおおお!!!!!黄土色の熊じゃぞ!!!!戦場では相手に黄土色の熊がおると知れば兵士の半分が逃げ、黄土色の熊と相対すれば周囲100mの兵士も一緒に逃げ出すという逸話すら残っておるんじゃぞ!!!!!!」

 「なーにが、逸話すら残っておるんじゃぞ、だよ!自分で言ってるだけじゃねえの!?第一俺はじいちゃんほどでかくないし、綺麗好きだからこの斧だってそんな土埃まみれにしねえよ!!!毎回新品かと思うくらいに洗ってやるよ!!!!…そうだ!どうせなら全身ミスリルの鎧だけくれよ。それを磨きに出して、この斧と合わせてさ、『金色の虎』ってのはどう???」

 「ぐぬぬぬぬぬ…!!!お前にはあの鎧はやらん!!!絶対にやらん!!!欲しいなら自分で注文して作れ!!!まあ、あれを作ろうと思うと金貨3000枚は必要じゃろうから、フルール君には30年経っても無理じゃろうなあ!??」

 じじいはそう言って、ガハハと笑う。

 

 こ、このクソじじい…

 可愛い孫の頼みだっていうのに、ちょっとからかっただけですぐ拗ねやがる。

 名前を骨川に改名したほうがいいんじゃないか?

 

 「お二人とも、仲がよろしくて結構ですが、もう森に入りますよ。できれば声を抑えていただきたいのですが…」

 ペローナが呆れたような顔でこちらを見る。

 くそう。仕方ないが、一時休戦といこうじゃないか。

 じじいも憮然としながらも、「仕方ない」といった顔だ。

 あ、これ、町に着いてもまだ拗ねてる顔だわ。


 「あれ?じいちゃん、鉈持ってないんか?」

 俺はじいちゃんの装備をあらためて見ると、鉈がどこにもないことに気付く。

 その代わりに、背中にある斧と、腰に差している剣が目立つ。これが、おそらく黄土色の熊(笑)の由来となった剣だろう。

 手入れされているため、黄土色というよりは金色に近いが。


 「今回は、この剣を持ってきておるからのう。ま、理由は後で分かるからの」

 そう言ってじいちゃんはズンズンと森の中に入っていく。





 「二人とも、止まれ…」

 先頭を行くじいちゃんが、片手で後続の俺たちを制する。


 全身から、ヒリヒリするような気配を感じる。


 「じいちゃん、どっちだ?」

 「左右両方、じゃな。おそらくは灰牙狼。機を狙っておるぞ」

 じいちゃんは鋭く周囲を観察している。

 普段は馬鹿なことばかり言っているじいちゃんだが、こんな時のじいちゃんの言うことは、100%当たる。

 「フルール、左を頼むぞ」

 「分かったよ、じいちゃん。ペローナ、俺とじいちゃんに間に入ってろよ」

 俺とじいちゃんはペローナを挟むように、左右を警戒する。

 

 「お二人とも、私も戦えます。フルール殿、手助けいたします」

 ペローナはそう言って、腰から長剣を抜き、俺と並び立つ。

 

 「お前怪我してんじゃん。それに、灰牙狼と戦ったことないんだろ?悪いけど、見といてもらったほうが、助かるわ」

 俺は斧ではなく、鉈を構え、そう言い放つ。

 その言葉にペローナは若干不満そうではあるが、己の体のこともあり、しぶしぶ後方に下がる。

 

 

 近づいてきているのが分かる…

 

 距離はおよそ、あと200…

  

 150…

 

 100

 

 50


 目の前の藪が揺れる。


 「来るぞ!ちゃんと下がってろよ!!」

 「はい!信じています!」

 いい返事だ。


 そう思ったのと同時に、目の前から灰色の獣が飛び出してくる。

 

 でかいやつだ。

 灰牙狼はだいたい3mくらいの大きさが一般的だが、こいつは4m近くある。

 その名のとおり、全身が灰色の毛で覆われており、名前にもある特徴の牙は口から大きくはみ出ている。あの牙で噛まれると人間など寸断されてしまうだろう。

 

 灰牙狼はそのまま口を大きく開け、自慢の牙で俺の首元めがけてくるが、俺はそれを寸前で半身になってかわす。

 だがそれは、俺の後ろにいるペローナに、灰爪牙に向かうことを意味する。

 一瞬、ペローナが怯えたような表情を見せるが、俺は体を捻りながら、手打ちで鉈を首を薙ぐように切る。

 

 すると、灰牙狼はその勢いのまま、地面に突っ込み、それきり動かなくなった。


 「終わったぞ。悪い、ペローナ。少し怖かったよな」

 俺は素直に謝罪をする。

 この狼は直線的な動きが多いため、こうやって半身でかわして横から攻撃すれば、比較的簡単に仕留めることができる。

 もちろん、狼だけあってそのスピードは普通の冒険者程度が対応できるものじゃないが。


 「あ、いえ、ありがとうございました、フルール殿。その、本当にお強いですね」

 ペローナは心なしか、顔が赤くなっている。

 やはりまだ俺の体質の効果が出ているようだ。


 「まあ小さい頃からじいちゃんと山の中を歩き回ってるし、このくらいは全然普通だよ。おーい、じいちゃん。終わったぞー」

 俺はじいちゃんに声をかける。


 あちら側では、灰牙狼の首を素手でへし折り、右手にぶら下げているじいちゃんの姿がある。


 「あちらもまた…人間技ではありませんね…」

 「じいちゃんが魔物に剣を使うところなんて、見たことないからなあ」

 

 そんなじいちゃんが今回は剣を持ってきている。

 これはどういうことだろうか?


 「こっちも終わっとるぞ。フルール、持てるな?」

 「持てるけど、どうすんだ?町で皮でも剥ぐのか??」

 じいちゃんが聞いてるのは、この巨大な狼を持っていけるか?という意味だ。

 ただ、この狼、肉は食えない。

 よって、冬に防寒具として使うために皮でも剥ぐのかと思い、聞いてみた。


 「お前は知らんじゃろうが、町では灰牙狼は高く売れるぞ。このサイズだと、うまくいけば冒険者ギルドに討伐依頼が出ているかもしれん。じゃから一応全部持っていくぞ」

 じいちゃんはそう言いながら、ズルズルと灰牙狼を引っ張っていく。


 「それなら俺も切らなきゃよかったよ…」

 俺は首元を鉈で切りつけたため、血がかなり目立つが、仕方ない。

 俺もそれに続くように、引っ張ろうとすると、ペローナがそれを止める。


 「あ、少しお待ちください、フルール殿。それをそのまま運ぶつもりですか?」

 ペローナがそう聞くのも当然だろう。

 なんせ、俺たちの後をつけるように、血の線が引かれるのだから。

 血は、魔物を呼び寄せることもある。

 

 「うーん、俺も嫌なんだけど、町まではもうすぐだし、大丈夫だと思うぞ?心配しなくても」

 俺はペローナを安心させるようにそう言った。


 「いえ、心配はしておりません。お二人がいれば、何を心配することがありましょうか。そうではなく、良ければこの収納袋をお使いください」

 ペローナはそう言いながら、懐から袋を取り出した。


 「ほう、収納の魔法袋か。便利なものを持っておるのう」

 魔法袋か…確か、我が家にもあったっけ?

 普段全然使っていないから忘れていたけど、確か見た目の大きさよりも、ずいぶんとたくさんの物が入る、魔法で編まれた袋のことだ。 


 「ええ、これは私の家に代々伝わるもので、家宝とまではいきませんが、大切なものです。その狼くらいのサイズであれば十分収納できますし、汚れませんから、使って下さい」

 「いいのか?そんなもの、使わせてもらっても?」

 「もちろんです。お二人にはご迷惑ばかりかけていますので、少しくらいは私も役立たせて欲しいのですよ」

 ペローナは苦笑しながら、そう言った。

 そういうことなら、ありがたく使わせてもらおうか。

 俺は、収納袋の口に狼の頭を突っ込むように入れると、スルスルっと灰牙狼が収納されていく。

 

 「ガズン殿も、どうぞ」

 ペローナは、もう一匹の灰牙狼も収納するよう、じいちゃんに呼びかける。


 「ありがたい。ではお言葉に甘えて…」

 じいちゃんも、片手で持っていた獲物を、収納していく。

 普段使ってなかったけど、便利な袋だな。

 たぶん、じいちゃんは俺を鍛える名目で、使わせてくれなかったんだろうな…

 くそ、もっと楽させてくれても、いいのに…



 「二人とも、あと少しで町に着くぞ。最後まで警戒を怠らんようにな」


 じいちゃんの言葉に前のほうを見ると、ようやく町が見えてくる。

 

 あれが、港町キヌサだ。

ブックマークありがとうございます。

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