魅了体質
「好かれる体質って…なに?モテ体質ってこと?俺…?」
「まあ、簡単に言うと、そうなるかの」
しれっとした顔でじいちゃんが肯定する。
「す、すごい…俺にそんな隠された力が…って、なに訳わからんことを言ってんだよじいちゃん」
じいちゃん、髪の毛が薄くなっていくのに比例して、ボケが進行していってんじゃないのか?
俺に呆れたような目で見られてもなお、じいちゃんはどもりながら話を続ける。
「い、いや、嘘じゃない、本当にお前はそういう体質なんじゃ!」
老人が孫相手に必死に説得にかかる姿ほど、哀愁を誘うものもないな。
「いや、にわかに信じられない話だろ、そんなの。その話が本当なら、ペローナが俺にいきなり求婚してきたのも、その体質のせいだってことか?」
「そ、そうですよガズン殿!私はフルール殿を一目見た瞬間に抑えきれない気持ちが体の奥から溢れてくるのを感じたのです!あれは運命の恋!運命の出会い!!間違いありません!!!」
こいつ、さっきまで少しは落ち着いたと思ってたら、また暴走してるじゃねえか…
早く出ていってぇ…
「まぁ、まぁ、二人とも落ち着くのじゃ。これは本当の話なんじゃ。それに生まれ持った体質という訳でもなく、後天的にそうなってしまったものなのじゃよ。自覚がないのは当たり前じ。フルールよ、お前以前に町に降りたとき以外に、未婚の女性と話すような機会なんぞあったか?」
じいちゃんにそう言われて俺は初めてその事実に気付く。
こんな山奥での生活だから、人と関わることは確かにそう多くはないが、まったくないわけじゃない。
木こり同士のコミュニティだってあるし、じいちゃんが作った燻製や腸詰め、工芸品なんかを買いに商人が来る事だってある。
その中には、女性がいることだって、珍しくはなかった。
だが、確かに今まで俺が出会ったことのある女性は、おそらくであるが、全員が既婚者だった。
そう言われて押し黙った俺を見て、じいちゃんは話を続ける。
「わしはお前と連れ立って町に降りた時に、まだ年端もいかん女の子から言い寄られるお前の姿をみて、これ以上騒ぎにならんよう、それから以後は町に連れ出すことをしなかったんじゃ」
じいちゃんが頑なに俺を町に連れて行かなかったのは、騒ぎになることを避けてのことだったのか…
ん??
でも、それだけで俺が未婚者に好かれる体質だなんて、分かるものなのか…?
「なぁ、じいちゃん。それだけじゃ…」
俺がそう疑問を呈そうとすると、じいちゃんが言葉を被せてくる。
「もちろん、それで決め付けた訳じゃあない。その後、お前が風邪を引いて寝ているときに、たまたま買い付けにきていた行商人の一人娘がお前の姿を見て、同じように騒ぎ始めたんじゃ。わしは同じようなことが二度続いたことで、お前に何か女難の相が出ているんじゃないかと思い、調べ始めた」
マジか…全然知らんかった…
俺って自分の知らない間に、全然知らない女から求婚されてたのか…
「それから色々なおなごを会わせてみた。赤子、少女、適齢期の女性、老女、未亡人、行き遅れた女子、お前に気付かれんように、馴染みの商人に連れてきてもらい、その反応を伺ってみたんじゃ」
うわぁ…全然気付かんかった…
じいちゃん恐るべし…
「そうこうする内に、一つの仮説ができあがった。それは、お前の体質は、未婚の女性のみを激しく魅了してしまう…いや、違うか。婚姻の有無というよりは、もっと具体的な…おそらくは未婚というよりも、性交渉の経験がない乙女にのみ、好かれてしまう体質なんじゃろう」
な、な、なにぃーーーーーー!!!!
つまり、なんだ、あれか!!!
俺って、処女からだけ、めちゃくちゃに好かれちゃう体質ってことか!!?
なんだそりゃ!?
「それも、今日のことで、もう一つ仮説が立ったわ」
じいちゃんにはまだ続きがあるようだ。
「今日のことって、そこで床にうずくまってる変態騎士のことか?」
そういって俺は床で丸まって何かぶつぶつと(私の初恋は偽者だったというのか…そんなはずはない…この気持ちがフルール殿の体質のせいなわけがない…これは本物の愛だ…そう、神が私に与えた試練に違いない…大丈夫です女神様…私は自分を信じております…)呟いているペローナを見る。
ええ…怖いんだけど…
「うむ。わしが何度か試みたときには、ここまで極端に行動に走ることはなかったんじゃ。少なくとも、王宮に仕えるような騎士が取り乱して求婚するような極端な体質ではなかったんじゃ」
ふむ。確かに、今回のペローナみたいな人間が今までも来ていたとすれば、俺だって気付くはずだ。
てことは、今回は特にその体質が効いてるってことか。
「で、その今回のことで分かったもう一つの仮説ってのは、なんなんだよ?」
俺はさらに先を促す。
俺はこれからずっと町に降りれなかったり、人前に出られない生活なんて、嫌だ。
今回のが特別だっていうのなら、その理由さえ分かれば、少しは人並みの生活だってできるかもしれないのだ。
そう思い、じいちゃんを急かした。
「ずばりな、モモイロの木、ではないかと思う」
「モモイロの木…?それが、どう関係すんだよ?」
「今まで商人に連れてきたもらって試したのは、全てこの山小屋近辺のみじゃった。今回ペローナ殿が居った場所を思い出してみい」
じいちゃんにそう言われて、俺はそのことにふと気付く。
そう、あの場所は、俺たちしか知らないモモイロの木の群生地だ。
今までのケースと違うのは、周囲にモモイロの木が多くあるということ。
「わしはお前を赤ん坊の頃から面倒を見ておる。そしてお前の魅了体質は、思えば歳をとるごとに強まってきているような気がする。そして、今回の一件じゃ」
そういや、前に町に降りるちょっと前からだなぁ、風呂焚きが俺の仕事になり始めたのって…